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覚醒の証  作者: アカシ・セキ
本編(仮)
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1

一閃。風を切る音を聞いた刹那、喉元に冷たい感覚。

刀を握っていた右手は、相手の左手に壁に押し付けられて動かない。

目の前の男は口角を上げながら、喉元への力を強めていく。

必死に刀を握り直そうとするも、激しい手汗と意思に反して思わず手を開いてしまいそうな程の力に押さえ付けられているせいで、何とか今の体勢を維持するだけで精一杯だ。

鈍く光る刃が、紅く染まっていく。

「…!」

冷たい灰色の床を、紅く色付ける血。

男は俺が痛みに顔を歪めているのを、楽しそうに見下ろしている。

「立て。余はまだ遊び足りぬぞ。」

そんな呼び掛けに応える気力も体力も、もう残ってはいなかった。

首は熱く、息遣いは荒くなる。最早為す術はなく、死を覚悟した。

後悔と呼べる程のことはないが、最後に好きな人に好きとくらいは言っておけば良かったと思う。

「…ふん。何だこの程度か、つまらぬ。さらばだ。」

戦意喪失した相手に男は態度を急変させ、笑うのをやめて冷たく言い放った。

男がより一層右手に力を込めると、刃を紅く染めていた血は刃先から床に音もなく滴り落ちた。

いよいよかと眺めるのが精一杯で、もう全身の力は抜けている。

せめて今まで共に戦ってきたこの刀だけは離したくないと何とか握っているが、そんな思いも恐らくはささやかすぎて無駄な抵抗だろうと、内心自分を嘲笑する。

男が刃を右に素早く引いて、首を切り落とそうとした瞬間…。

「何…?」

男は、狼狽えていた。と言うのも、先程までと体勢が逆転しているからだ。

これには、自分でも驚いた。目の前の男は再び口角を上げると、舌なめずりをした。

「そうだ、そう来なくては。」

「…。」

腹を蹴り飛ばそうとする足を後ろへ跳んで躱すと、二人は向かい合った。

首はまだ熱を帯び、地面に紅い斑点を増やし続けている。

「…何のつもりだ。言っておくが、貴君がやめても余はやるぞ?」

刀を鞘に収めた相手に対し、再び氷点下の口調になる男。

「…お前、名は?」

「そんなもの、これから死ぬ奴が聞いてどうする?」

「倒す。」

再び燃え上がる闘志に任せて、いつものように名を訊ねる。

昔から本気で倒すと決めた相手の名は、覚えておくようにしている。

「良いだろう、ならば掛かってこい。我が名はアオリ、アオリ・セイだ。貴君は?」

「…アカシ・セキだ。」

先程から表情の変化が忙しいアオリと名乗った目の前の男は再び心底嬉しそうに笑い、剣を構えた。

同時に俺も荒れた息を深呼吸一つで鎮め、刀の柄に手を掛ける。そして…。

「では、今度こそさらばだ。アカシ。」

同時に動き出す、二つの影。一瞬で居場所を入れ替えた二つの影の一つが、床に崩れ落ちる。

「…な…に…?」

跪いたのは、アオリだ。

彼には相手が刀を抜いた瞬間は見えなかったようで、今自分が何故倒れているのか、理解ができずに戸惑っている様子だった。

「今…まさか、刀を抜かずに…?」

「そんな訳ないだろう。」

俺は、間髪を入れず言い放つ。

「では、どうやって…?まさか、こいつがゼロ・ファイターだとでも言うのか…?」

「…何のことだ?正直さっきの超常現象は、俺にもよく分からない。俺は、確かに負ける覚悟をした。だが、自分の潜在能力に救われたようだ。言ってみれば、運が良かった。それだけだ。」

この言葉に、嘘偽りはない。

ゼロ・ファイターというものが何なのかは知らないが、命の危険を感じたからなのか運良く潜在能力が開花したとしか自分でも言いようがない。

「…ただ、今のは超常現象ではないがな。」

この言葉も、本当だ。何故なら、俺は居合いを最も得意としているからだ。

この戦乱の世を今まで生き延びられたのはこの居合いがあったからと言っても過言ではないし、それだけの自信がある。

「…っ!」

尚も無理矢理立ち上がろうとして再び崩れ落ちるアオリに気付き、手を貸す。

「やめろ!何のつもりだ?」

アオリは俺の手を振り払い睨み付けると、息も絶え絶えに何とか自力で立ち上がった。

「何故殺さない?情けのつもりか?ならば、そんなものはいらぬ。さあ、戦いを続けるぞ。」

戦士としてのプライドを傷付けられたのが許せなかったのか、アオリはよろけながらも再び剣を構えた。

「やめておけ。今のお前では、もう戦えない。」

俺がその場から立ち去ろうと背を向けると、その後ろを怒号が追い掛けた。

「待て、逃げるのか?」

「…違う、立ち去るだけだ。」

「ふざけるな!敵に背を向けるということは、敵前逃亡も同じ。余を舐めるのも、大概にしろ!」

アオリは、最早激昂していた。

その怒りは収まるところを知らず、尚も怒鳴り散らすことをやめる気配はなかった。

「良いか?余を生かしておけば、また貴君を狙うぞ?それに、余はこうしてまだ立っている。先程倒すと言ったのは、嘘だったのか?この腰抜けが!」

「嘘ではないさ。ただ、俺は倒すと言っただけで殺すとは言ってない。」

それでも刀を収めないアオリに俺は大きいため息をつき、再び口を開く。

「…確かに、お前は強い。あのままでは、俺が負けてただろう。だからこそ俺は今より強くなって、いつかお前とまた戦いたい。俺を殺したいなら、何度でも来るが良い。その時に、再び受けて立とう。」

その言葉にようやくアオリは落ち着きを取り戻したようで、ぶっきらぼうに「…チッ…。感謝は、しないからな。」と吐き捨てた。

「別に、されたくもないからいい。では、また機会に。」

俺はそう言い残し、その場を立ち去った。

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