夕暮れ時の橋の上、アンタと俺と、二人きり
ある夏の日、夕暮れ時の橋の上
「どうすりゃいいんだ……」
深くため息をつき虚空の夕空を見上げた。
最愛の恋人に裏切られて以来、俺はずっとこの調子。生きる気力を失っていたんだ。
空しい孤独感と過去への未練にただ苦しめられていた。
「…ここから飛び降りて死のう…」
うん、そうしよう。
俺を裏切るだけのこんな世界にいるなんて、もうたくさんだ。
そう思って橋の上から身を乗り出した。
「…けっこう高いな」
ビビるなよ俺。これくらい高くないと死ねないだろ。
「よし…逝こう」
決心した。俺はこれから死ぬんだ。
「父さん母さん…最後まで親不孝な馬鹿息子でゴメン」
そうつぶやいた時だった。
「おい、お前。なにやってんの?」
誰かが後ろから声をかけてきた。
(こんな大事な時に…!)
構わず無視する。
「ちょっ…何?まさか飛び降りるとか?うわ〜マジでぇ?」
ちょっと頭にきた。
「うるせぇな、お前!!俺は今から…!」
そう怒鳴って後を振り返った時、そこにいる男を見て俺は一瞬言葉を失った。
「あ、ゴメン。怒った?」
「か……か……」
「ん、何?俺の顔に何かついてる?」
「か…」
「河童だァーーーーーー!!!」
俺は橋の上で河童に出会った。
「役場に届けたら賞金がでるやつだ!!」
混乱のあまりツチノコと混同してしまった。
「でねぇよ賞金なんて…それツチノコだろ?」
「あ、そ…そうだっけ?いや、それよりもなんでこんな橋の上に河童が?!!」
「河童は川の近くに住むもんだろうがよ」
「そうだけど!それはそうだけれども!この現代になんで河童がいるの?!」
「……あ?俺ら河童が時代遅れだっつっんてのか?」
「あ…いやその…そういう意味じゃなくて…河童見るの初めてだし…今までいると思って無かったから…」
「…まぁ最近はタマちゃんやらなんやらが出てきたおかげで、すっかり川のマスコットの座から引きずり降ろされたからな。マスコミの取材もからっきしだし…知らなくて当然だわ」
「マ…マスコミの取材とかあったんすか」
「あったり前だっつーの。『特集!川辺の水生動物』とか『専門家に聞く現代の河川敷き』とかさ。週刊メダカの学校新聞にコラムも書いてたんだぜ?」
「結構タレント性あるんですね…」
「てかお前は何やってたの?」
「…え?」
「この橋の上で何やってたの?って聞いてんの。まさか…マジで飛び降りる気だったとか?」
「……ええ、そうなんです。今日は死のうと思ってここにきたんです」
「うっそ、マジでー?勘弁してよー。最近ゴミでただでさえ川が汚れてんだからさ…そこに水死体はシャレにならねーって。てか死ななくていいじゃん別に」
「あなたには分かりませんよ、俺の気持ちなんて…。一番尽くした、一番大事な人に裏切られたんですよ?どれだけ苦しいか…こんなに苦しむなら、死んだほうがマシだ」
「バカヤロウ!!」
バシーン!
河童に殴られた。
「痛っ!」
「現実から逃げてどうすんだよ!」
「なんだよ…河童が知ったふうな口を聞くなよ!お前ら河童はずっと川の中で呑気に生きてりゃいいんだろけど、俺達人間は仲間に裏切られたり傷つけあったりしながら生きなきゃならないんだよ!すごく苦しいんだよ!」
「バカヤロウ!!」
バシーン!
「痛っ!」
二回目。
「お前は何も分かってねぇよ…世の中にいるのはお前だけじゃないんだ。オケラだってアメンボだってミジンコだって他の人間達だってみんな現実に苦しみながら生きてるんだ!現実から逃げてるのはお前だけなんだよ、なんでそれが分からないんだ!」
「……」
「俺ら河童だってそうさ…人間達が川を開発したり埋め立てたりして何回も何回も住家を追いやられた。やっと居場所を見つけても肌が緑色だとか、クチバシがついてるだとか、そんな理由で酷い差別を受けてきた…それでも必死で生きてきたんだ。例えどれだけ現実が残酷でも、例えどれだけ人に裏切られてたとしても、誰が諦めていいなんて言ったんだ?生きろよ…生き続けろよ…お前がどこの誰かなんて知らない…だけどな、誰もお前の死体なんて望んでねぇんだよ!!」
「河童…」
「お前がどれだけ苦しんだかなんて、確かに俺には分からない…でも、明日は必ずやってくる。夜明けをつげるあの鮮やかな朝日を、自分からすてるなんて馬鹿げてるぜ」
「…河童、ゴメン。俺が馬鹿だったよ!俺、生きるよ!」
「ああ!生きろ!明日に走るお前の姿は、きっと輝いてるぜ!」
「ありがとう河童!それと、さっきはあんなこと言ってゴメン」
「いいんだよ、気にするな。でも次に俺の仲間に会う時は優しく声をかけてくれ…あいつら、結構淋しがりやなんだ」
「うん…わかったよ…河童、俺、お前に出会えてよかった」
「ハハ…照れるな。そんな大したもんじゃないって…。じゃぁ、俺は仕事があるから、これで…」
「ああ、気をつけてな!」
河童が歩き去ろうとする後姿を見て、俺は最後にもう一言話し掛けた。
「…なぁ河童、最後に質問していいかな?とっても大事なことなんだけど」
「いいぜ、何だ?」
「テメェ、その背中のジッパーなんだ」
「……背ビレだよ」
ごまかしきれてなかった。