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前世最強の異能教師、異世界の天才たちを育てる ~一万八百の異能知識を教えたら、弟子たちが世界の常識を壊し始めた~  作者: パラレル・ゲーマー


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第6話 十五人の厄介者と、六歳の教師


 翌朝。


 王都の中心部から少し離れた場所に、重厚な石造りの巨大な校舎群がそびえ立っている。


 王国内における魔法教育の最高峰。


 王立魔法学園だ。


 朝の陽光の中、正門を抜けていくのは、選ばれた貴族の子弟を中心とした数多の生徒たち。


 学園指定の豪奢な制服を身に纏い、高価な杖や分厚い魔導書を抱えている。


 中には、肩に使い魔を乗せている者や、歩きながら簡単な風魔法で涼を取っている者、手のひらで小さな炎を弄びながら談笑している者もいる。


 魔法が日常に溶け込んだ、見事な光景だ。


 俺はその流れの端で立ち止まり、巨大な校舎を見上げていた。


 周囲を行き交う生徒たちの大半は十代半ばから後半。


 六歳の俺は、彼らの腰から胸くらいの身長しかない。


 俺の隣には、公爵令嬢のエレノアが、すでに学園の制服――ただしサイズを彼女に合わせて仕立て直した特注品――を身に纏って立っていた。


 彼女は俺の《特別選抜クラス》の『先行受講者』という名目で、正式にこのクラスへ籍を置くことになっている。


 つまり。


 王家から実証対象として預けられた十五人。


 そこへエレノアを加えた十六人が、今日からの俺の生徒だ。


「いよいよですわね、師匠!」


 エレノアは、まるで遠足に来た子供のように目を輝かせている。


「なんでお前が俺より楽しそうなんだよ」


「師匠の授業を王都でも受けられるのですもの。それに、他の才能ある方々と切磋琢磨できるのも素晴らしい経験ですわ」


「前向きなのは結構だけどな……」


 俺の方は、ようやく手に入りかけていたスローライフを思い出して遠い目になる。


(俺はただ、辺境で静かに暮らしたかっただけなんだが)


 校舎の廊下を歩き始める。


 すると当然のように、四方八方から視線が突き刺さった。


「ねえ、あの子誰?」


「制服着てないけど……迷子?」


「馬鹿。あれが噂の、ヴァルドスタ家の神童だよ」


「えっ、じゃあなんでエレノア様と一緒に……」


「特別講師って噂、本当だったの?」


 生徒たちだけではない。


 すれ違う教師陣からも、露骨に怪訝な視線やヒソヒソ話が漏れ聞こえてくる。


 まあ。


 気持ちは分かる。


 自分たちが働いている王国最高峰の教育機関に、突然六歳児が教師として送り込まれてきたのだ。


 俺だって逆の立場なら、まず正気を疑う。


 だが幸い。


 俺には国王直々の王命という、これ以上ない通行証がある。


 正面から俺の通行を阻もうとする者は誰一人としていなかった。


 俺たちの数歩前には、宮廷魔術師長から安全監督を命じられたらしい学園の初老の教師が、すでに胃を痛めていそうな顔で歩いている。


(……まだ何もしてないぞ、俺)


 今からそんな顔をされるのは心外だった。


          ◆


 その頃。


 王立魔法学園の本館から少し離れた別棟。


 設備自体は本館と遜色ない。


 だが、他クラスの生徒たちが普段使う動線からは明確に離された教室に、十五人の少年少女が集められていた。


 教室の空気は、最悪だった。


 当然だ。


 彼らは皆。


 自分たちが何のためにここへ集められたのか。


 そして、なぜ普通のクラスではなく、この隔離された別棟へまとめられたのか。


 薄々。


 あるいは明確に理解している。


「……要するに、厄介払いだろ」


 窓際の席で、苛立たしげに足を組んでいる赤髪の少年が吐き捨てた。


 マルクス・フォン・ドラグーン。


 十五歳。


 武門の名家、ドラグーン侯爵家の嫡男であり、学年でもトップクラスの炎魔法使いだ。


「《特別選抜》なんて、聞こえのいい綺麗な名前をつけてるだけだ」


「普通のクラスに置いておくと、教師が困る奴をまとめただけだろ」


 別の生徒が冷ややかに続けた。


 マルクスは本来なら、学園上位クラスの首席候補に名を連ねてもおかしくない。


 魔力量。


 炎魔法の出力。


 どちらも同年代では群を抜いている。


 問題は。


 その出力が高すぎること。


 そして、本人がそれを欠点だとはまったく思っていないことだった。


「強い炎を出せるのが俺の才能なのに、『普通の生徒に合わせて小さくしろ』だの『制御が足りない』だの……馬鹿馬鹿しい」


 教師から周囲への被害を抑えるよう指導されるたび、


『なぜ敵を焼き尽くす強さを、自分から捨てなければならない?』


 と反発。


 幾度となく衝突を繰り返してきた。


 マルクスの言い分にも、一理はある。


 強大な出力そのものは、紛れもない才能だ。


 ただし。


 味方や建物までまとめて焼き払うなら、それは戦力として扱いづらい。


 彼は弱いからここへ来たわけではない。


強すぎる方向が、既存教育の枠からはみ出した。


 そういう生徒だった。


 教室の別の隅。


 土魔法の名門グランツ伯爵家の令嬢、セシリアが、指先で紙片を舞わせている。


 数は十五枚。


 一枚目は円。


 二枚目は八の字。


 三枚目は机と机の間を縫うように。


 残りもすべて違う軌道。


 それを一枚も落とすことなく、同時に操っていた。


 彼女の指先から放たれる微細な風は、まるで十五本の透明な糸だ。


 これだけを見れば、明らかな天才。


 だが。


 彼女の実家は、代々強固な防壁やゴーレムを使役してきた土系統の名門である。


 何年家伝の術式を叩き込まれても、セシリアにはまともに石一つ動かせなかった。


 代わりに現れたのが。


 圧倒的な風への適性。


「……アタシは、グランツ家の不良品だとさ」


 セシリアは自嘲するように吐き捨てる。


 そして。


 十五枚の紙片を一斉に自分の掌へ着地させた。


 一枚のズレもない。


 風の精密制御だけなら。


 間違いなく、天才の領域だった。


 少し離れた席。


 大柄な少年が、自分の両手を怯えるように見つめている。


 オスカー・ベイル。


 彼の場合、問題は逆に分かりやすい。


 魔力量だけなら、並の教師を優に上回る。


 だが。


 小さな照明魔法を使えば、教室全体の視界を白く塗り潰すほどの閃光になる。


 コップ一杯分の水球を作ろうとすれば、小規模な洪水になる。


 必要な一滴を出そうとして。


 毎回、樽ごとひっくり返してしまう。


「……だから僕は、なるべく魔法を使わないようにしてるのに……」


 学園でつけられた評価。


『制御不能』。


 その隣。


 分厚い魔導書へ顔を近づけている、細身の眼鏡の少年。


 ルシアン・クロウ。


 筆記試験は常に首席級。


 魔法理論については、教師が黒板へ書いた論理の矛盾すらその場で指摘できる。


 だが。


 実技は壊滅的だった。


「知識だけなら、誰にも負けないんだけどね」


 ルシアンはページをめくりながら、自嘲気味に笑う。


 術式を知っている。


 理屈も分かる。


 なのに実際に魔法を使うと、どこかで崩れる。


 そんな連中が。


 十五人。


「……で?」


 誰かが、沈黙へ耐えかねたように言った。


「そもそも、誰が俺たちを教えるんだ?」


「噂は聞いたか? なんでも六歳のガキらしいぞ」


 教室に沈黙が落ちた。


「……は?」


「王家がわざわざ任命した《特別講師》なんだとよ」


「馬鹿にしてんのか?」


 マルクスが机をドンと叩いた。


「六歳って、まだ入学すらしてねえだろ」


「でも……」


 一人が少し声を落とす。


「あのエレノア・フォン・アイスバーグを、たった数日で化物みたいに鍛え上げた奴らしいぞ」


「……」


 その名前には、さすがに何人かが反応した。


 エレノア・フォン・アイスバーグ。


 彼女は入学前から、この学園でも「天才令嬢」として名前が知られていた。


 最近では。


 王宮で近衛騎士を相手に、攻撃魔法を使うことなく圧倒した。


 そんな信じがたい噂まで流れている。


「噂なんざ、いくらでも盛れる」


 マルクスは鼻で笑った。


「どうせ王家と公爵家の政治的な宣伝だろ」


「違いない」


 十五人の間には。


 一つだけ、完全に共通する感情があった。


自分たちは、得体の知れない六歳児の実証実験へ放り込まれた。


 反発するのも当然だった。


 ガチャ。


 その時。


 教室の扉が開いた。


 生徒たちの視線が集中する。


 最初に姿を現したのは。


 噂の渦中にある、エレノア・フォン・アイスバーグ。


「……アイスバーグ?」


 誰かが声を漏らした。


 この隔離クラスへ、本来なら首席を狙う側の超エリートが来る理由がない。


 だが。


 エレノアは教室を一瞥すると、扉を押さえたまま脇へ退いた。


 誰かへ道を譲る。


 そして。


 そこから入ってきたのは。


 六歳の。


 小さな少年だった。


「…………」


 静寂。


「……本当にガキじゃねえか」


 マルクスが呆れたように呟く。


「アイスバーグの弟?」


 誰かの囁き。


 エレノアの眉がピクリと跳ね上がる。


 前の彼女なら、その場で空気を凍らせて黙らせていたかもしれない。


 だが。


 俺は片手でエレノアを制した。


 十五人を軽く見回して。


「……席、空いてる?」


 そう聞いた。


          ◆


 俺は、そのまま教壇へ向かった。


 そこで。


 一つの極めて深刻な問題が判明した。


「…………」


 演台が高い。


 六歳児用に作られていない。


 当然だ。


 俺は演台の前で立ち止まり、見上げた。


「…………」


 十五人。


「…………」


 俺。


「師匠」


 エレノアが小声で囁く。


「わたくしが抱き上げましょうか?」


「やめろ」


 教師としての尊厳が初日に死ぬ。


 俺は近くにあった教員用の椅子へ意識を向ける。


《念動力》。


 椅子が音もなく床を滑り、俺の横まで移動。


 そこへヒョイと乗った。


「よし」


「……」


 これでどうにか、生徒全員の顔を見渡せる。


 何人かが目を細めていた。


(今……何も唱えずに椅子を?)


 そんな顔。


 まあ。


 今はそれでいい。


「アルヴィス・フォン・ヴァルドスタだ」


 俺は咳払いを一つ。


「今日から、王家の実証教育とかいう面倒な仕事で、お前らを担当することになった」


「……面倒?」


 マルクスが眉をひそめる。


「ああ。死ぬほど面倒だよ。俺は本来、田舎で働かず静かに暮らしたかったんだ」


「…………」


 全員がポカンとする。


 初手から、まるで教師らしくない。


 エレノアだけが後ろで、


「いつもの師匠ですわね」


 と満足そうに頷いている。


「で」


 俺は王宮で見せられた十五人分の資料を思い出した。


 王家から聞かされた説明。


『圧倒的な才能はあるが、既存の教育体系では扱い切れない生徒』。


 それが本音。


 そして。


 王家がつけた表向きの呼び名は。


『王国中から選りすぐった有望な生徒』。


(せっかくだ)


 俺は、その建前の方をあえて口にすることにした。


(こいつら自身が、自分をどう思ってるかも見ておこう)


「一応、王家の連中からは『王国中から選りすぐった、有望な生徒十五名』を集めたって聞いてる」


「…………」


 数秒。


「ハッ」


 マルクスが鼻で笑った。


「皮肉かよ。いい趣味してんな、先生」


「本当に“有望”なら、普通のクラスから追い出してこんな端っこの棟に隔離するかよ」


 セシリアも冷たく吐き捨てる。


「俺たちは、学園の教師が『扱いきれない』と匙を投げた連中だろ」


「…………」


(なるほど)


 予想通りだった。


 こいつらは。


 周囲から「問題児」扱いされているだけじゃない。


 すでに自分たち自身まで、


『普通の教育から外された者』


 として認識し始めている。


 魔法が本人の意思や自己認識へ強く左右される世界で。


 これは割と大きな問題だ。


「……そうなの?」


 俺はあえて小首を傾げた。


 そして。


 十五人の顔を改めて見る。


 魔力感知を広げ。


 今までの言動。


 資料。


 彼らから漏れる僅かな魔力の癖。


 それを一つずつ照合していく。


 マルクス。


『炎属性出力:極めて高い。制御難。教師との衝突多数』。


 確かに熱量は大きい。


 ただし。


 魔力を外へ出す時、力の方向が四方八方へ散っている。


(威力が高いんじゃない)


(威力を広げすぎなんだな)


 セシリア。


『家伝属性:土。本人適性:風。土術式習得困難』。


 さっきまで紙片を操作していた魔力の残滓。


 細い。


 正確。


 何より。


(十五個を全部別々に動かしてたのか)


 単なる風の強さではない。


複数対象の並列制御。


 そこが異常に高い。


 オスカー。


 魔力量は確かに巨大。


 だが。


 流量を調整する途中の段階がほとんど存在しない。


 ゼロ。


 次の瞬間。


 最大。


(蛇口じゃなくて、毎回ダムの水門を全部開いてるようなもんか)


 ルシアン。


 魔力そのものは普通。


 だが。


 目の動き。


 指先。


 思考から魔力が動き出すまでの遅延。


(こいつ、魔法を発動する前に考えすぎてるな)


 一つの術式に対して。


 あり得る誤差。


 例外。


 修正案。


 全部を同時に頭へ載せようとしている。


 そのせいで。


 実際に現実へ出力する段階で、自分から処理を詰まらせている。


「なんだよ」


 長時間眺められていたマルクスが、苛立ったように睨んでくる。


「いや」


 俺はポンと手を叩いた。


「意外と、いい魔法持ってるじゃん、お前ら」


「……は?」


 十五人が一斉に怪訝な顔をする。


 俺はマルクスを指差した。


「お前の炎。出力のポテンシャルだけなら、かなりいい線いってるぞ」


「……当然だ」


 一瞬だけ意表を突かれた顔をしたあと。


 マルクスは胸を張る。


「俺の炎は誰にも負けねえ」


「ただ、エネルギーの使い方が死ぬほど雑で下手くそ」


「あ?」


「だから周りまで焼くんだよ。そこ直せばかなり使える」


「……」


 次。


 セシリア。


「お前も、風の精密制御はかなり上手いな」


「……アタシ、土使えねえぞ」


「だから?」


「だからって……」


 逆に困惑される。


「土が使えないなら、風使えばいいじゃん」


「…………」


 セシリアが、本気で何を言われたのか分からないような顔になった。


 オスカー。


「魔力量、すごいじゃん」


「で、でも……暴発するし……」


「じゃあ暴発しないように、流す量を覚えればいい」


「そんな簡単に……」


「簡単とは言ってない。直せるって言ってる」


 ルシアン。


「術式知識もかなりある。構築速度も速そうだ」


「実技は学年最下位ですけどね」


「知識があるなら、あとはその知識を実際の出力へ繋げるところを直せばいいだろ」


「……」


 十五人の表情が。


 だんだん奇妙なものへ変わっていく。


 今まで彼らが受けてきた指導だって、全部が間違っていたわけではない。


 マルクスへ「周囲を巻き込むな」と教えるのは正しい。


 オスカーへ「制御できない大魔法を使うな」と止めるのも、事故防止として当然だ。


 家伝魔法を教えるのも、貴族教育としては普通だろう。


 ただ。


 彼らが欲しかったのは。


『お前のここが駄目だ』の続き。


 だったのだろう。


 では、どうすれば直る?


 長所はどこにある?


 何を伸ばせばいい?


 その答えまで辿り着く前に。


 教師と生徒の双方が疲弊してしまった。


 俺からすれば。


「ここ、良いじゃん。悪いところは直せば?」


 ただ、それだけの話だった。


(何だ)


 王家の連中が、


『扱いきれない問題児』


 なんて言うから。


 どんな地雷の集まりかと思ったら。


 魔力が大きすぎる。


 得意属性が家と違う。


 出力が高すぎる。


 理論先行。


 感覚型。


(全部、本人に才能がないんじゃない)


(今まで受けてきた教育方法と、本人の形が合ってないだけだ)


 小さな箱へ。


 大きすぎる才能を無理に押し込めようとした。


 だから。


 はみ出した。


 ただし。


 まだ断定はしない。


 俺も教師だ。


 資料を読んで。


 数分眺めたくらいで。


 全部分かった気になるほど馬鹿ではない。


(実際に動かしてみないとな)


 何より。


(こいつら、本当に将来俺の代わりに働けるくらい育つかな)


 そこが重要だった。


「よし」


 俺は椅子の上で姿勢を直す。


「最初に、このクラスのルールだけ決めるぞ」


 生徒たちが再び身構えた。


「俺の授業時間以外は、基本好きに行動していい」


「……は?」


「他クラスの授業を見に行きたきゃ行け。図書館で本を読むのも、訓練場で身体を動かすのも、友達と遊ぶのも自由」


「……」


「俺は生活指導の教師じゃない」


 もちろん、学園そのものの規則は守ってもらう。


 だが。


 授業時間外まで俺が管理するつもりはない。


「自主練も好きにしろ。ただし、何か危険な新術式を試すなら、俺か安全監督の教師へ事前報告しろ」


「なんで?」


「事故を起こされると、俺の自由時間が減る」


「理由そこかよ」


 どこかからツッコミが飛んだ。


 教室の空気が、ほんの少しだけ緩む。


「その代わり」


 俺は声音を一段落とした。


「俺の授業時間中だけは、俺の指示に従ってもらう」


「……やっぱりそれか」


 マルクスが挑戦的な笑みを浮かべる。


「当たり前だ。教師だからな」


「だがな、先生」


 マルクスが立ち上がる。


「六歳のガキの命令に、俺たちが素直に従うと思うか?」


「嫌?」


「嫌に決まってんだろ」


 エレノアがムッとした顔で前へ出ようとする。


 俺は片手で止めた。


「まあ、そうだよな」


「……あ?」


 マルクスが拍子抜けした。


「俺がお前らの立場でも、絶対に嫌だ」


「……」


「十五歳前後の学生が、突然普通のクラスから集められて、王家の実証実験に放り込まれた」


「……」


「そこへ現れた教師が六歳」


「自分で言うのかよ」


「事実だからな」


 俺は肩をすくめる。


「『今日から俺が先生だ。何も疑わず信用して命令を聞け』なんて言われても、無理だろ」


「…………」


 反発すること自体は。


 何も間違っていない。


 むしろ。


 何も考えず従われる方が、教師としては怖い。


「だから」


 俺は十五人を見る。


「まず、互いに確認しよう」


「何を?」


「実力」


「……実力?」


「ああ」


 俺は指を二本立てる。


「俺は、お前らが実際にどの程度魔法を使えるのか知りたい」


「……」


「お前らは、俺が教師として信用して指示を聞くに値するのか知りたい」


 なら。


 一番手っ取り早い方法。


「決闘でもするか?」


「…………は?」


 教室中が固まった。


          ◆


「誰と誰が決闘するって?」


 マルクスが信じられないという顔で聞く。


「俺と、お前ら」


「……俺か?」


「違う」


 俺は教室全体を指差した。


「十五人全員対、俺一人」


「…………」


 沈黙。


「は?」


 セシリアが呆れた声を出す。


「え……全員で?」


 オスカーが怯えたように尋ねる。


 ルシアンは眼鏡を押し上げながら、俺をじっと観察している。


「本気で言っているんですか?」


「本気」


 エレノアだけが。


 額を押さえて天を仰いでいた。


「ああ……また師匠の悪い癖が……」


「何が悪いんだよ」


「何でも最初に実戦で確かめようとなさるところですわ!」


 マルクスが机を蹴るように立ち上がった。


「舐めてんのか、ガキ!」


「いや」


 俺は平然と答える。


「一人ずつ相手にするより、まとめて見た方が早いから」


「……」


 別に挑発でも何でもない。


 本当に、その方が効率的なのだ。


「場所は第三演習場」


「……」


「生徒側は十五人全員。武器、杖、魔法、連携、全部自由」


「本当に?」


「ただし、当然学園の通常模擬戦規定には従え。致死攻撃や、わざと重傷を狙う攻撃は禁止」


「…………」


 マルクスが少しだけ眉を動かす。


 ルシアンがすぐに手を挙げた。


「質問があります」


「どうぞ」


「勝敗判定は?」


「俺に有効打を――」


「その『有効打』を判断するのは、あなた自身ですか?」


「……」


 俺は一瞬考えた。


「確かに。それは不公平だな」


「……あっさり認めるんですね」


「正しい指摘だからな」


 教師の威厳のために、間違った条件へ固執する意味がない。


「じゃあ、学園の模擬戦用備品を使おう」


 俺は案内役だった安全監督教師へ視線を向ける。


「《決闘用感応徽章》ってありますよね?」


「は、はい。ございますが……本当にやるおつもりで?」


「やります」


 学園の模擬戦で使用される、小型の魔道具。


 胸元へ取り付け。


 学園規定で「有効打」と判定されるだけの物理衝撃、魔力攻撃、武器接触を検知すると赤く発光する。


 最終判定は監督教師。


 対戦相手自身が審判をする必要はない。


「これを俺の胸へつける」


 俺は説明する。


「赤く光った時点で、お前らの勝ち」


「判定は?」


「監督の先生」


「……なるほど」


 ルシアンが頷く。


「それなら公平です」


「他に穴は?」


「あります」


 即答。


 いいな、こいつ。


「致死攻撃禁止という条件なら、マルクスの最大出力の炎魔法は使えません」


「……チッ」


 マルクスが舌打ちする。


「当然だろ」


 俺はマルクスを見る。


「これは『誰が一番でかい穴を開けられるか』を競う試験じゃない」


「……」


「俺へ一発入れる試験だ」


「だが、火力を抑えたら俺の長所が――」


「じゃあ、お前の炎って」


 俺は首を傾げた。


「相手を消し炭にする時しか役に立たないの?」


「――っ」


 マルクスが黙る。


「答えは明日見せろ」


「…………」


 赤い瞳が、少しだけ鋭くなった。


 これでいい。


 俺が今、答えを教える必要はない。


 考える時間はある。


「こっちも、お前らへ重傷を負わせる攻撃はしない」


「……勝ったら?」


 マルクスが聞く。


「そうだな」


 俺は少しだけ考える。


「勝ったら、今後俺の授業で、お前らへ訓練内容を強制しない」


「……何?」


 教室がざわめく。


「王命でこのクラスへ所属すること自体は、俺にも変えられない」


「……」


「だから俺の担当時間は、自主研究中心にしてやる。好きな魔法を好きな方法で研究しろ。俺は質問された時だけ答える」


「つまり……」


「実質自由」


 しかも。


「俺も仕事が減るから助かる」


「またそれかよ!」


 誰かが叫ぶ。


 だが。


 十五人にとっては破格の条件だ。


「じゃあ」


 マルクスが笑う。


「俺たちが負けたら?」


「俺の授業中は、俺の指示に従え」


「……」


「ただし、一生とは言わない」


 俺は指を一本立てる。


「最初の一ヶ月だけ」


「一ヶ月?」


「ああ。一ヶ月だけ、俺のやり方を試せ」


 その期間で。


 何の成果も出せなかったなら。


「その時は、また文句を聞いてやる」


「…………」


 十五人からすれば。


 かなり条件はいい。


 相手は一人。


 こちらは十五人。


 一発入れるだけ。


 負けても、一ヶ月。


 勝てば、ほぼ自由。


 ルシアンが再び口を開く。


「十五人全員で、いいんですね?」


「いい」


「魔法も連携も自由?」


「どうぞ」


「作戦を立てる時間は?」


「決闘は明日の放課後にする。丸一日ある」


 俺は付け加える。


「ただし、俺の能力についてエレノアから聞き出すのは禁止」


「なんでだよ!」


「試験前に答えを聞くな」


 エレノアが胸を張る。


「もちろん、わたくしは何一つお教えいたしませんわ!」


「敵側みたいな顔するなよ」


 まあ。


 こいつらも俺について、まったく何も知らないわけではない。


 エレノアを短期間で強化した。


 飛んできた氷弾を止めた。


 詠唱なしで椅子を動かした。


 噂としてはその程度。


 十分だ。


(俺が普通の六歳児じゃないこと自体は、もう王家にも知られてる)


 だから。


 強いことまで必死に隠す意味はない。


 だが。


(どこまで強いか)


(何種類の手札を持っているか)


(そこまで教える必要はない)


 しかも。


 明日の決闘は学園側の安全監督教師も見ている。


 報告は当然、宮廷魔術師長や王家まで上がるだろう。


(使う手札は絞る)


《異能ライブラリ》。


 一万八百もの異能。


 その存在へ繋がる情報を、わざわざ初日にばら撒く気はない。


 今回の目的は。


 俺の能力披露ではなく。


十五人の能力を見ること。


「いいじゃねえか」


 マルクスがニヤリと笑った。


「乗ってやるよ、その喧嘩」


「喧嘩じゃなくて実力試験」


「同じだろ」


 セシリアも、指先へ小さな風をまとわせる。


「アタシも乗るよ。六歳の神童サマがどれほどのモンか、見てみたいしね」


「ほ、本当にやるの……?」


 オスカーだけが不安そうだ。


 しかし。


「条件だけ見れば、こちら側が圧倒的に有利です」


 ルシアンが淡々と告げる。


「十五対一。一度の有効打で終了。しかも明日まで作戦時間がある」


「だろ?」


 俺は頷く。


「別に罠はないぞ」


「あなたがそれを言うと、逆に不安ですが」


「失礼な」


 そんな会話の中。


 この日初めて。


 十五人の間に共通の熱が生まれ始めた。


 理由は。


六歳の生意気な教師を倒す。


 という、あまり教育的ではないものだったが。


 それでも。


 初めて全員が同じ方向を向いた。


          ◆


 壁際。


 エレノアは十五人を眺めながら、何とも言えない顔をしていた。


「なんだよ、アイスバーグ」


 マルクスが挑発するように言う。


「心配か?」


「ええ。心配ですわ」


「安心しろ。お前の師匠だからって、怪我させる気は――」


「違いますわ」


「は?」


 エレノアが。


 十五人全員を見回した。


 少し。


 憐れむような目で。


「皆様の身の方が、ひどく心配ですの」


「…………」


「まあ……せいぜい、絶望しない程度に頑張ってくださいませ」


「余計なこと言うな」


 俺はエレノアの頭を軽く小突いた。


「いたっ!」


「初日から無駄にハードルを上げるな」


「事実を申し上げただけですのに……」


 俺が教室を出る。


 その後ろをエレノアがついてくる。


「師匠」


「ん?」


「本当に、十五人全員を同時に相手になさるのですか?」


「うん」


「いくら師匠でも、あれだけの才能を持つ方々が連携すれば、少しは勝負になるのでは?」


「勝負?」


「……?」


 俺は首を傾げた。


「別に、俺はあいつらと勝負がしたいわけじゃないぞ」


「では、なぜ決闘など?」


「一番手っ取り早く、あいつらの『全部』が見られるから」


 廊下の窓から。


 遠くに見える訓練場へ視線を向ける。


「攻撃する時、何を選ぶ」


「……」


「味方が狙われた時、どう動く」


「……」


「作戦が崩れた時、考え直せるか」


「……」


「焦ると何をする」


「……」


「得意技。苦手な距離。判断力。魔力出力。制御。処理能力」


「そして……」


「追い詰められた時に、どういう人間になるか」


 資料を見るだけでは。


 分からない。


 的へ魔法を撃たせるだけでも。


 分からない。


 実際に相手が動き。


 自分の予定通りにならない状況で。


 何を選ぶか。


 そこには、その人間の能力と性格がかなり出る。


「模擬戦ってのは、能力検査として情報量が多いんだよ」


「……なるほど」


 つまり。


 明日の決闘は。


 俺にとって。


十五人全員への第一次適性検査。


 それ以上でも。


 それ以下でもない。


「資料だけじゃ分からないことだらけだからな」


 俺は今日見た魔力を思い出す。


 圧倒的な熱量を持つ炎。


 十五枚を別々に操るほど繊細な風。


 壊れた水門のように溢れ出す巨大魔力。


 自分自身の思考量で術式を詰まらせる理論家。


 そして。


 まだほとんど見ていない、残り十一人。


(……結構、面白そうなんだよな)


「師匠」


「ん?」


「嬉しそうですわ」


「気のせい」


「いいえ」


 エレノアが断言する。


「一番弟子には分かります」


「何が?」


「師匠、新しいオモチャを見つけたようなお顔をなさっていますわ」


「人を玩具みたいに言うな」


 否定した。


 否定したのだが。


(……まあ)


 完全には否定できなかった。


          ◆


 俺が退室した後。


 特別選抜クラス。


「聞いたな」


 マルクスが教室の前方へ立つ。


 十五人を見回した。


「相手がどんな神童だろうが、一発入れりゃ俺らの勝ちだ」


「まず、役割を決めましょう」


 ルシアンが黒板へ向かった。


 チョークを走らせる。


「一人ずつ闇雲に突っ込めば、各個撃破される可能性があります」


「六歳児相手だぞ?」


「六歳児だからこそです」


 ルシアンは冷静だった。


「十五対一を、自分から提案した」


「……」


「少なくとも、普通の六歳児として考えるべきではありません」


「まあ、それはそうだな」


 役割が書き出される。


 火力。


 拘束。


 索敵。


 防御。


 撹乱。


 面制圧。


「セシリア」


「ん?」


「先ほどの紙片。いくつ同時に追えます?」


「今なら十五は余裕」


「なら、全員の位置把握を手伝えますか?」


「……面白いこと考えるじゃん」


 セシリアの目が細くなる。


「全員の周りに薄い風を置いておけば、少なくとも移動方向くらいなら拾える」


「お願いします」


「オスカー」


「ぼ、僕?」


「最大出力は禁止されています」


「う、うん」


「だからこそ、今回は広く撃つ必要があります」


「……え?」


「倒す必要はない。逃げ道を限定できればいいんです」


 オスカーが少しだけ考える。


「マルクス」


「分かってる」


「あなたも最大火力はいりません」


「チッ」


「目的は撃破ではなく、徽章への接触です」


「……分かってるって言ってんだろ」


 そう言いながら。


 マルクス自身も。


 すでに考え始めていた。


どうすれば、殺さずに自分の炎を最大限役立てられるのか。


 昨日までなら。


 考えもしなかった問い。


 十五人が。


 初めて一つの目的へ向かって、自分たちの得意分野を持ち寄る。


 ルシアンが、それを一つずつ整理していく。


 寄せ集めだった案が。


 少しずつ。


 即席とは思えないほど筋の通った連携へ変わっていった。


「六歳児一人に、十五人がかりだ」


 マルクスがニヤリと笑う。


「悪いが、徹底的にやるぞ」


          ◆


 翌日。


 王立魔法学園。


 第三演習場。


 広大な土のフィールドの一端に。


 十五人の生徒たちが並んでいた。


 杖。


 訓練用の武器。


 立ち上る魔力。


 昨日までの険悪な空気はない。


 少なくとも。


 今この瞬間だけは。


 十五人全員が、同じ相手を見ている。


 その正面。


 俺は一人で立っていた。


 胸元には。


 学園備品の《決闘用感応徽章》。


 白かった徽章が赤く発光した瞬間。


 俺の敗北だ。


 少し離れた安全区域。


 エレノア。


 そして。


 審判を務める、安全監督の教師。


 教師は俺と十五人を交互に見ながら、明らかに青ざめている。


「ルールは昨日説明した通り」


 俺は十五人を見る。


「この徽章へ有効打を通して、赤く光らせればお前らの勝ち」


「後悔すんなよ、先生」


 マルクスが杖の石突きで地面を叩く。


 ボッ。


 杖先へ炎が灯った。


 昨日より。


 明らかに小さい炎。


 だが。


 その熱は、むしろ昨日見た魔力より密度が高い。


(へえ)


 もう考えたか。


「それはこっちの台詞だ」


 俺は笑う。


 安全監督教師が。


 恐る恐る。


 腕を高く上げた。


「では――」


 十五人の魔力が一斉に膨れ上がる。


 セシリアの微細な風が、仲間たちの間を走った。


 ルシアンが全員を見る。


 オスカーが震える両手を握り締める。


 マルクスが笑う。


 そして。


 審判の腕が。


 振り下ろされた。


第一次適性検査――開始。

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