第1話 猫屋敷の足軽猫
【育成作品】
よく来てくれたにゃ。
お前は誰だって?
俺はニャ之介。
この作品の主人公……らしいにゃ。
これは作者が「面白そう!」だけで書き始めた、育成中の作品だにゃ。
眠いところを起こされて、前説までやらされているにゃ。
まったく迷惑な話だにゃ。
……え?
「ちゃんと読者さんに挨拶しろ」って?
やばいにゃ。
今のは聞かなかったことにしてほしいにゃ。
というわけで、気軽に楽しんでいってくれたら嬉しいにゃ。
屋久島、白谷雲水峡。
緑の苔が、森の奥までびっしり広がっている。
透き通った清流の音が、さらさらと耳に心地いい。
そんな美しい大自然の真ん中で――。
その少年は、盛大にヨダレを垂らしていた。
「うにゃぁ……あと十時間は寝るにゃ……」
大きな岩の上で丸くなっているのは、ニャ之介。十三歳。
頭には、ぴくぴく動く猫耳。
お尻からは、やる気のなさそうな尻尾がだらんと垂れている。
この島にひっそり暮らす、猫人族の生き残りだ。
トコトコトコ。
そこへ、三毛猫のミケがやってきた。
口には、近所の生け簀から盗んできた、丸々太った生魚。
ミケはニャ之介の前で立ち止まると――。
べちんっ!
魚を、ニャ之介の顔面に叩きつけた。
「ふにゃうっ!?」
ニャ之介は飛び起きた。
鼻先では、まだピチピチと魚が跳ねている。
「……ミケ。またお前、よその生け簀から盗んできたにゃ?」
ミケは「にゃーん」と胸を張った。
反省ゼロ。
むしろ、ちょっと誇らしげだ。
その直後。
森の奥から、地鳴りのような足音が響いた。
「こらあああああ! ニャ之介! ミケ! また泥棒したなあああ!」
バキバキと枝を踏み折りながら現れたのは、白髪交じりのじいちゃん、源蔵だった。
拳を振り回しながら、ものすごい勢いで走ってくる。
「俺は寝てただけだにゃ! 犯人はこの三毛猫にゃ!」
「うるさい! 猫の罪は飼い主の罪じゃ!」
「俺、飼い主じゃないにゃ! たぶん同居人にゃ!」
「なら同居責任じゃ!」
「そんな言葉あるのかにゃ!?」
じいちゃんの雷が落ちた。
その結果、ニャ之介は飯抜きで屋根裏掃除をすることになった。
「ひどいにゃ……。俺は被害者なのに……」
埃まみれの屋根裏部屋。
ニャ之介は死にそうな顔で、ハタキを振っていた。
「だいたい、なんで俺が掃除なんか……。一生だらだらして過ごしたいにゃ……」
ガタゴト。
古い木箱を動かした、その時だった。
奥の隙間から、一冊のボロボロの本が床に落ちた。
「……なんだこれ?」
表紙には、かすれた文字でこう書かれている。
『三千家名録』
ニャ之介は首をかしげた。
「じいちゃんの落書き帳かにゃ?」
パラパラとめくる。
中は、見事なまでに全部白紙だった。
「なんだ。つまらんにゃ」
閉じようとした、その瞬間。
一番最後のページにだけ、ぽつんと墨文字が書かれているのが見えた。
【猫屋敷】
「ねこやしき……?」
ニャ之介が何気なく、その文字に指で触れた。
その瞬間。
カッ!!!
視界が、真っ白な光に包まれた。
「……にゃ?」
気がつくと、ニャ之介は見知らぬ場所に立っていた。
目の前には、雲を突き抜けるほど大きな黄金の城。
そして――。
「「「ニャ之介様ーーーーー!!!」」」
地鳴りのような大歓声。
視界いっぱいに広がっていたのは、何千匹もの猫の大軍勢だった。
甲冑を着た大名猫。
屋根の上を飛び回る忍者猫。
扇子を持った姫猫。
丸太みたいな腕をした力持ち猫。
見たこともない猫たちが、みんな目を輝かせてニャ之介を見上げている。
「「「天下統一、おめでとうございますにゃーーー!!!」」」
「て、天下統一……?」
ニャ之介は、ぽかんとした。
そして次の瞬間、顔をぱあっと輝かせた。
「やったにゃ! これで世界一広い場所で、誰にも邪魔されずに一生昼寝し放題だにゃーーー!」
わああああ!
猫たちが一斉に盛り上がる。
ニャ之介も両手を上げて、調子に乗る。
だが、その時だった。
ゴゴゴゴゴ……!
空が真っ黒な影に覆われた。
天の裂け目から、重々しい声が響く。
『百八の名を集めよ――』
「ふにゃっ!?」
ニャ之介は、勢いよく跳ね起きた。
そこは、元の屋根裏部屋だった。
「……変な夢見たにゃ。猫がいっぱいで、城があって、天下統一で……」
「お、目が覚めたか」
階段から、じいちゃんが顔を出していた。
なぜかニヤニヤしている。
ニャ之介は、手元の本を突き出した。
「じいちゃん、この本なんなの? 触ったら変な夢見たにゃ」
「おお、見つけたか。それは『三千家名録』じゃ」
「だから、なんなのさ?」
「知らん」
「は?」
じいちゃんは頭をかきながら、平然と言った。
「わしも途中までしか知らん。まあ、少しずつ埋めていけば、その夢の意味も分かるかもしれんな」
「めんどくさ。嫌だにゃ。俺はここで一生だらだらする」
ニャ之介は、本を床に放り出そうとした。
その時だった。
フワリ。
本が勝手に宙に浮いた。
そして、一ページ目がひとりでに開く。
真っ白だった紙に、じわぁ……と墨がにじんだ。
そこに浮かび上がった文字は――。
【猫屋敷】
ガタガタガタガタ!
今度は床板が揺れた。
「ひゃあ!? 次は何にゃ!?」
床の隙間から、何かがぞろぞろと這い出てくる。
頭に小さな陣笠をかぶった、二十センチほどの小さな猫たちだった。
一匹。
二匹。
三匹。
四匹。
五匹。
ぴったり五匹。
ミニ猫たちは、ニャ之介の前でびしっと整列した。
「おお。猫屋敷の足軽猫じゃな。お前の最初の軍じゃ」
「足軽猫!? 小さっ! 弱そう! いらないにゃ!」
「まあまあ、そう言うな。足軽猫は猫屋敷軍の基本中の基本で――」
じいちゃんの声が、そこで止まった。
「……ん?」
じいちゃんは、足軽猫を一匹ずつ数えた。
「一、二、三、四……五」
そして、目を見開いた。
「ご……五匹じゃとおおおおお!?」
「うるさいにゃ!」
「わしの若い頃は、足軽猫だけで百匹はおったぞ!? 猫屋敷軍、弱体化しすぎじゃろ!」
「知らないにゃ! 俺のせいにするなにゃ!」
じいちゃんは、よろよろと後ずさった。
「猫屋敷軍、まさかの人手不足じゃ……!」
「じいちゃん?」
「わしは……もう……だめじゃ……」
ばたん。
じいちゃんは、その場で大げさに倒れた。
「じいちゃーーーん!?」
足軽猫たちは、倒れたじいちゃんの上に登り始めた。
「登るなにゃ! そこ山じゃないにゃ!」
一匹は、眠そうにじいちゃんの腹の上で丸くなった。陣笠には『ねぼ』。
一匹は、じいちゃんの懐からせんべいを探していた。陣笠には『くい』。
一匹は、ぶるぶる震えながら、じいちゃんの袖に隠れている。陣笠には『びび』。
一匹は、なぜかじいちゃんの頭に突撃していた。陣笠には『とつ』。
最後の一匹は、ミケの歩き方を真似して、とことこ後ろをついて歩いている。陣笠には『まね』。
「名前ついてるにゃ……。でも、やっぱりいらないにゃ!」
その日の夜。
ニャ之介は布団に入り、ようやく一息ついた。
「あー、疲れたにゃ」
変な本は見つけるし。
変な猫は出るし。
じいちゃんは五匹しかいないって騒いで倒れるし。
「あれ、本当に大丈夫だったのかにゃ……」
下の階から元気な声が聞こえてくる。
「ニャ之介ー! 明日は屋根裏の続きじゃぞー!」
「元気じゃねえかにゃ!!」
ニャ之介は枕に顔を埋めた。
「あー、疲れたにゃ。さあ、寝るにゃ」
ふかふかの布団に包まれ、目を閉じる。
その瞬間。
トスッ。
トスッ。
トスッ。
トスッ。
トスッ。
「……にゃ?」
目を開けると、足軽猫たちが布団の上に乗っていた。
ねぼは腹の上。
くいは枕元。
びびは脇の下。
とつは足元。
まねは顔のすぐ横。
ぎゅうぎゅう詰め。
めちゃくちゃ重い。
完全に身動きが取れない。
部屋の隅では、ミケが「バカだねぇ」と言いたげな顔でこちらを見ていた。
「ちょっと、どくにゃ……重いにゃ……眠れないにゃ……」
足軽猫たちは、気持ちよさそうに喉を鳴らすだけ。
しまいには、ねぼがニャ之介の口の上に肉球をぷにゃっと乗せた。
暗闇の中。
ニャ之介は白目をむきながら、ぽつりと言った。
「……天下統一って、まず布団を取り返すところからかにゃ……」
ここまで読んでくれてありがとうだにゃ。
現在の戦況を報告するにゃ。
・布団 占領された
・足軽猫 増殖中
・じいちゃん 復活済み
・俺 眠い
かなりまずい状況だにゃ。
応援をもらえると、
作者が調子に乗って続きを書くらしいにゃ。
俺は寝たいんだけどにゃ。
それじゃ、また次回だにゃ。




