Aランクパーティの雑務係をクビになった俺、ギルドで才を見出されサブマスターになる
「お前、今日でクビな」
ダンジョン帰りの酒場で、七年組んだ友人はそう言った。
俺は手にしていた書類の束を止めた。
「……は?」
「だからクビだって。もうお前の雑務、いらねえんだよ」
リーダーのラグは椅子にふんぞり返り、わざとらしく肩をすくめた。横には最近つるむようになった、身なりのいい男がいる。腹の出た体に派手な上着。商会の人間だと聞いていた。
そいつが、にやにや笑う。
「いやあ、冒険者さんってのは意外と無駄が多い。帳簿、補給、宿の手配、遠征の段取り、そういうのは全部まとめて外に出した方が安いんですよ。うちなら格安で請け負えます」
ラグは鼻を鳴らした。
「そういうのを金で買えるって話だよ。分かるか? 俺はもう一人の冒険者じゃねえ。Aランクパーティのリーダーで、経営者でもあるんだ。情で金は払えねえ。パーティの為に、より安く、より効率よく回せるならそっちを使う。当然の話だろ」
商会の男が満足そうにうなずく。
「さすがラグさん、話が早い」
ラグは得意げに脚を組んだ。
「いつまでも昔の付き合いだなんだで食わせてもらえると思うなよ。使えない奴は切る。使える奴は使う。それだけだ」
その言葉で、胸の奥がすうっと冷えた。
やっぱりそうか。
こいつは何も分かっていないんだ。
人を切ることを経営だと思っている。コストを下げることだけが合理化だと思っている。だからこんなにも軽い。
「不当解雇だろ」
俺がそう言うと、ラグは肩を揺らして笑った。
「好きに言えよ。だが決定は変わらねえ。今月限りで切る。部屋も返せ。取り分もここまでだ」
商会の男が追い打ちみたいに言う。
「まあ、次は身の丈に合った仕事を探すことですね」
パーティメンバーを見回したが、誰も何一つ言わなかった。ただ節目がちに、少し目線を落としただけだった。
俺はトントンと手にした書類をまとめた。この仕事を投げ出さない事が、最低限の矜持だった。
「……分かった。脱退手続きは自分でやる」
「おう。せいぜい次の仕事でも探せよ、無能」
七年分の記憶が、ひどく安っぽく見えた。
その足でギルドへ向かった俺は、脱退手続きを申し出た。
窓口にいた女性職員は、事情を聞くうちに眉をひそめた。整った顔立ちに柔らかい声をした、美人の受付だった。
「……少し、お待ちください」
彼女は奥へ引っ込み、しばらくして戻ってきた。
「ギルド長がお会いになるそうです」
「俺に?」
「はい。こちらへ」
通された部屋で、厳格そうな男が机越しに俺を見た。ギルド長のガルドだ。噂通り、威圧感のある人だった。
「君がラグの元パーティメンバーか」
「はい」
「スキルなし、現場は補助程度。だが、事務作業は得意みたいだな」
机の上には、見覚えのある帳簿の写しが置かれていた。パーティ活動の報告書と収支記録。毎回ギルドに提出していたものだ。
「ギルドで保管していた記録を見た。遠征計画は堅実、報告は正確、収支のズレもほとんどない。Aランクパーティにしては珍しく、事務処理が異様に整っている。内側を回していたのは君か?」
「……はい」
ガルドは淡々と続けた。
「ラグのパーティは評価こそ高かったが、事務面の信頼も含めて上位だった。だからギルドとしても扱いやすかった。だが、君が外れたなら話は別だな」
俺は言葉を失った。
あの帳簿を、ちゃんと見ていた人がいたのか。
先ほどの受付の女性が、そっと口を開く。
「……前から、あのパーティは態度の割に、報告だけはやたら整っているとギルドでも噂でした。今日の脱退届を見て、やっと理由が分かりました」
ガルドが腕を組む。
「紹介が遅れたな。こいつは娘のエリスだ。今は受付主任をやっている」
俺は少し驚いて、隣の女性を見た。
エリスは軽く会釈した。
「改めまして、エリスです」
ガルドは話を戻す。
「ちょうど今は人手が足りん。君さえよかったら、うちのギルドで働く気はあるか」
「……俺が、ですか」
「そうだ。冒険者として芽が出なかったことと、仕事ができることは別問題だ。この書類を見れば、君の人柄はよく分かる」
胸の奥で、何かが揺れた。
ついさっきまで、俺は不要だと切り捨てられたばかりだった。だが目の前の男は、俺の仕事を見て価値を判断している。
「やります」
気づけば、そう答えていた。
こうして俺は、ギルド職員になった。
三年は、あっという間だった。
最初は書類整理と報告の確認から始まり、やがて依頼の振り分け、新人教育、補給体制の見直し、評価制度の再編まで任されるようになった。戦果だけではなく、報告の正確さ、違反歴、死亡率、離脱率まで含めてパーティ評価に反映する仕組みを整えた。無茶な遠征は減り、依頼事故も減った。現場の腕だけで威張っていた連中は嫌がったが、多くの冒険者は助かった。
その結果、俺はサブマスターに任命された。
「剣で守れる命には限りがある。だが、仕組みで守れる命は多い」
任命の日、ギルド長はそう言った。
「お前の力でそっちを守れ」
あの日、酒場で切られた俺には想像もできなかった場所だった。
一方で、ラグのパーティは落ちていった。
最初に表に出たのは、小さな綻びだった。補給品の手配ミスで遠征が一日遅れ、そのせいで依頼主との契約更新を逃した。次に、治療費の精算を巡って後衛が脱退した。提出報告も遅れが増え、書類の数字には簡単な足し引きのミスまで混じるようになった。
昔は固定だった仲間も、いつしか入れ替わりが激しくなっていた。死んだ者、逃げた者、喧嘩別れした者。看板のAランクだけは辛うじて保っていたが、もう中身は別物だった。
そしてある日、とうとう管理の杜撰さが命取りになった。
本来なら二日で戻るはずだった中層遠征で、補給の記録漏れが起きた。回復薬の予備も、帰還用の魔石も足りなかった。撤退判断も遅れ、後衛の一人が帰ってこなかった。
報告書には「事故」とだけ書かれていた。
だが、残された記録を見れば分かる。あれは事故じゃない。崩れた土台の上で無理を重ねた末の、必然だった。
そして半年後。
「ですから、勤務中ですのでお引き取りください」
昼の窓口で、きっぱりとした女性の声が響いた。
書類を抱えて向かうと、エリスの前にラグが立っていた。
派手な装備に高そうな剣。見た目だけなら相変わらずAランクらしい。だが目の下には隈があり、以前ほどの余裕は見えない。
「そんな固いこと言うなよ、エリスさん。今夜どうだ? Aランク冒険者と飯なんて悪い話じゃないだろ」
「お断りします。先日も申し上げましたが、業務の妨げです」
「三回目だぞ。そろそろ根負けしてもいい頃だろ」
周囲の空気がぴりつく。
俺は二人の間に入った。
「ラグ。職員への執拗な勧誘は就業妨害だ。窓口から離れろ」
ラグが俺を見て、顔を歪めた。
「……なんだ、お前か」
「警告する。これ以上続けるなら処分対象だ」
ラグの視線が俺の職員章に落ちる。サブマスターの印を見て、露骨に苛立った。
「はっ。裏方が偉そうに」
「裏方かどうかは関係ない。組織にいるならルールは守れ」
エリスが静かに続ける。
「迷惑です。お帰りください」
ラグのこめかみがぴくりと動いた。
「うるせえんだよ」
次の瞬間、胸ぐらを掴まれて、乱暴に突き飛ばされた。背中が柱に当たる。周囲から悲鳴が上がった。
だが俺は倒れず、制服の乱れを直して立ち上がる。
「冒険者ラグ。ギルド施設内における暴力行為により、規定第八条に基づき三か月の活動停止処分を言い渡す」
「はあ? ふざけんな。そんなもん――」
「俺が立案し、ギルド長が承認した規定だ。知らないとは言わせない。掲示も通達も済んでいる」
ラグの顔がさらに歪む。
「なお、処分はそれだけじゃない」
俺は用意していた書類束を机に置いた。
「お前のパーティについて、上納金の申告漏れ、ドロップアイテムの過小報告、換金記録との齟齬が確認されている。監査部にはすでに証拠を提出済みだ」
ラグの動きが止まる。
「……何の話だ」
「俺が抜けた直後から、提出帳簿の数字が明らかにおかしくなった。昔ほど整っていないから逆に分かりやすかった。高額アイテムの報告数と市場流通量、補給費、遠征利益率。三年分の資料もある」
「でたらめだ!」
「なら監査で潔白を証明すればいい」
「黙れ!」
逆上したラグが剣を抜いた。
鋼の刃が、昼の光を鈍く弾く。
誰かが息を呑み、誰かが悲鳴を上げた。
そこで、低い声がホールに響く。
「そこまでだ」
ギルド長だった。
階段の上から降りてきただけで、場の空気が変わる。ラグの手が止まる。だが、もう遅い。
「職員への暴力、処分通告への反抗、監査対象案件への威嚇。加えて今の抜剣。言い逃れはできん」
ギルド長は俺の出した書類を確認し、短くうなずいた。
「証拠は十分だな。冒険者ラグ。貴様の登録は本日付けで抹消する」
「待て! 俺はAランクだぞ!」
「だから何だ」
一喝で、ラグは口を閉ざした。
「ギルドは強いだけの者を守る場所ではない。秩序を守り、正しく働く者を守る場所だ。貴様のように力を笠に着る者は不要だ。除籍とする」
警備職員が一斉に動き、ラグを取り押さえる。ラグはなおも暴れながら、俺を睨みつけた。
「てめえ……最初から狙ってやがったな!」
俺は、まっすぐラグを見返した。
「上ばかり見て、足元を捨てた結果だ。仲間も道具みたいに扱って、最後は死人まで出した。全部お前の自業自得だ」
ラグは言葉を失った。
「経営者を名乗るなら、もっと信用は大事にしろ」
何か言い返そうと口を開きかける。だが、出てきたのは掠れた息だけだった。
そのまま警備職員に引きずられるようにして、ホールの外へ連行されていく。
静まり返った空間に、ようやく息を吐く。
「怪我はないか」
ギルド長が問う。
「大丈夫です」
「なら報告書を出せ。簡潔にな」
「はい」
俺が答えると、ギルド長はわずかに口元を緩めた。
「……後任は安泰だな」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
ギルド長はざわつくホールを見渡したまま続ける。
「剣で前に出る者はいくらでもいる。だが、組織を回せる者は少ない。俺が退いた後も、このギルドは回る。そう思わせるだけの働きを、お前はもうしている」
胸の奥が、熱くなった。
「光栄です」
「慢心はするな。だが誇れ。お前が積み上げたものは、本物だ」
そこでギルド長は、ちらりとエリスを見た。
「……エリスは、いい男を選んだな」
「父さん!」
エリスが顔を赤くする。
思わず固まる俺を見て、ギルド長は鼻を鳴らした。
「何だ。その顔は」
「い、いえ」
「ならいい。仕事も人も、見る目を違えるな。それだけだ」
ポン、と俺の方に手を置いて、ギルド長は去った。
残った俺は、少しだけ肩の力を抜いた。長かった。追放された日から三年半。やっと、終わったのだと思った。
「……お疲れさまでした」
隣で、エリスが小さく言った。
「ありがとうございます。先輩もご無事で」
「はい。助かりました」
それから少し間を置いて、エリスは俺を見た。いつもの落ち着いた表情なのに、どこか少し違う。
「今週末、ご予定はありますか?」
「え?」
唐突で、間の抜けた声が出た。
エリスは少しだけ視線を逸らし、それでも続けた。
「もし空いているなら、お時間をいただけませんか。……伝えたいことがあるんです」
心臓が一つ、大きく鳴った。
ラグの件が片付いた直後だというのに、今度は別の意味で落ち着かない。
「……空いてます」
そう答えると、エリスは少しだけ笑った。
「よかったです」
その笑みは、いつもの業務用のものより、ほんの少しだけ柔らかかった。
追放されたあの日、俺は全部失ったと思っていた。
でも今なら分かる。
努力を踏みにじられても、それを積み上げ直した先に、ちゃんと届く場所はある。
そしてたぶん――今度の週末、俺はその先を知ることになる。




