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Aランクパーティの雑務係をクビになった俺、ギルドで才を見出されサブマスターになる

作者: モコナッツ
掲載日:2026/04/19

「お前、今日でクビな」


 ダンジョン帰りの酒場で、七年組んだ友人はそう言った。


 俺は手にしていた書類の束を止めた。

「……は?」


「だからクビだって。もうお前の雑務、いらねえんだよ」


 リーダーのラグは椅子にふんぞり返り、わざとらしく肩をすくめた。横には最近つるむようになった、身なりのいい男がいる。腹の出た体に派手な上着。商会の人間だと聞いていた。


 そいつが、にやにや笑う。

「いやあ、冒険者さんってのは意外と無駄が多い。帳簿、補給、宿の手配、遠征の段取り、そういうのは全部まとめて外に出した方が安いんですよ。うちなら格安で請け負えます」


 ラグは鼻を鳴らした。

「そういうのを金で買えるって話だよ。分かるか? 俺はもう一人の冒険者じゃねえ。Aランクパーティのリーダーで、経営者でもあるんだ。情で金は払えねえ。パーティの為に、より安く、より効率よく回せるならそっちを使う。当然の話だろ」


 商会の男が満足そうにうなずく。

「さすがラグさん、話が早い」


 ラグは得意げに脚を組んだ。

「いつまでも昔の付き合いだなんだで食わせてもらえると思うなよ。使えない奴は切る。使える奴は使う。それだけだ」


 その言葉で、胸の奥がすうっと冷えた。


 やっぱりそうか。

 こいつは何も分かっていないんだ。


 人を切ることを経営だと思っている。コストを下げることだけが合理化だと思っている。だからこんなにも軽い。


「不当解雇だろ」


 俺がそう言うと、ラグは肩を揺らして笑った。

「好きに言えよ。だが決定は変わらねえ。今月限りで切る。部屋も返せ。取り分もここまでだ」


 商会の男が追い打ちみたいに言う。

「まあ、次は身の丈に合った仕事を探すことですね」


 パーティメンバーを見回したが、誰も何一つ言わなかった。ただ節目がちに、少し目線を落としただけだった。


 俺はトントンと手にした書類をまとめた。この仕事を投げ出さない事が、最低限の矜持(きょうじ)だった。

「……分かった。脱退手続きは自分でやる」


「おう。せいぜい次の仕事でも探せよ、無能」


 七年分の記憶が、ひどく安っぽく見えた。


 その足でギルドへ向かった俺は、脱退手続きを申し出た。


 窓口にいた女性職員は、事情を聞くうちに眉をひそめた。整った顔立ちに柔らかい声をした、美人の受付だった。


「……少し、お待ちください」


 彼女は奥へ引っ込み、しばらくして戻ってきた。

「ギルド長がお会いになるそうです」


「俺に?」


「はい。こちらへ」


 通された部屋で、厳格そうな男が机越しに俺を見た。ギルド長のガルドだ。噂通り、威圧感のある人だった。


「君がラグの元パーティメンバーか」


「はい」


「スキルなし、現場は補助程度。だが、事務作業は得意みたいだな」


 机の上には、見覚えのある帳簿の写しが置かれていた。パーティ活動の報告書と収支記録。毎回ギルドに提出していたものだ。


「ギルドで保管していた記録を見た。遠征計画は堅実、報告は正確、収支のズレもほとんどない。Aランクパーティにしては珍しく、事務処理が異様に整っている。内側を回していたのは君か?」


「……はい」


 ガルドは淡々と続けた。

「ラグのパーティは評価こそ高かったが、事務面の信頼も含めて上位だった。だからギルドとしても扱いやすかった。だが、君が外れたなら話は別だな」


 俺は言葉を失った。


 あの帳簿を、ちゃんと見ていた人がいたのか。


 先ほどの受付の女性が、そっと口を開く。

「……前から、あのパーティは態度の割に、報告だけはやたら整っているとギルドでも噂でした。今日の脱退届を見て、やっと理由が分かりました」


 ガルドが腕を組む。

「紹介が遅れたな。こいつは娘のエリスだ。今は受付主任をやっている」


 俺は少し驚いて、隣の女性を見た。


 エリスは軽く会釈した。

「改めまして、エリスです」


 ガルドは話を戻す。

「ちょうど今は人手が足りん。君さえよかったら、うちのギルドで働く気はあるか」


「……俺が、ですか」


「そうだ。冒険者として芽が出なかったことと、仕事ができることは別問題だ。この書類を見れば、君の人柄はよく分かる」


 胸の奥で、何かが揺れた。


 ついさっきまで、俺は不要だと切り捨てられたばかりだった。だが目の前の男は、俺の仕事を見て価値を判断している。


「やります」


 気づけば、そう答えていた。


 こうして俺は、ギルド職員になった。


 三年は、あっという間だった。


 最初は書類整理と報告の確認から始まり、やがて依頼の振り分け、新人教育、補給体制の見直し、評価制度の再編まで任されるようになった。戦果だけではなく、報告の正確さ、違反歴、死亡率、離脱率まで含めてパーティ評価に反映する仕組みを整えた。無茶な遠征は減り、依頼事故も減った。現場の腕だけで威張っていた連中は嫌がったが、多くの冒険者は助かった。


 その結果、俺はサブマスターに任命された。


「剣で守れる命には限りがある。だが、仕組みで守れる命は多い」


 任命の日、ギルド長はそう言った。

「お前の力でそっちを守れ」


 あの日、酒場で切られた俺には想像もできなかった場所だった。


 一方で、ラグのパーティは落ちていった。


 最初に表に出たのは、小さな綻びだった。補給品の手配ミスで遠征が一日遅れ、そのせいで依頼主との契約更新を逃した。次に、治療費の精算を巡って後衛が脱退した。提出報告も遅れが増え、書類の数字には簡単な足し引きのミスまで混じるようになった。


 昔は固定だった仲間も、いつしか入れ替わりが激しくなっていた。死んだ者、逃げた者、喧嘩別れした者。看板のAランクだけは辛うじて保っていたが、もう中身は別物だった。


 そしてある日、とうとう管理の杜撰さが命取りになった。


 本来なら二日で戻るはずだった中層遠征で、補給の記録漏れが起きた。回復薬の予備も、帰還用の魔石も足りなかった。撤退判断も遅れ、後衛の一人が帰ってこなかった。


 報告書には「事故」とだけ書かれていた。


 だが、残された記録を見れば分かる。あれは事故じゃない。崩れた土台の上で無理を重ねた末の、必然だった。


 そして半年後。


「ですから、勤務中ですのでお引き取りください」


 昼の窓口で、きっぱりとした女性の声が響いた。


 書類を抱えて向かうと、エリスの前にラグが立っていた。


 派手な装備に高そうな剣。見た目だけなら相変わらずAランクらしい。だが目の下には隈があり、以前ほどの余裕は見えない。


「そんな固いこと言うなよ、エリスさん。今夜どうだ? Aランク冒険者と飯なんて悪い話じゃないだろ」


「お断りします。先日も申し上げましたが、業務の妨げです」


「三回目だぞ。そろそろ根負けしてもいい頃だろ」


 周囲の空気がぴりつく。


 俺は二人の間に入った。

「ラグ。職員への執拗な勧誘は就業妨害だ。窓口から離れろ」


 ラグが俺を見て、顔を歪めた。

「……なんだ、お前か」


「警告する。これ以上続けるなら処分対象だ」


 ラグの視線が俺の職員章に落ちる。サブマスターの印を見て、露骨に苛立った。


「はっ。裏方が偉そうに」


「裏方かどうかは関係ない。組織にいるならルールは守れ」


 エリスが静かに続ける。

「迷惑です。お帰りください」


 ラグのこめかみがぴくりと動いた。

「うるせえんだよ」


 次の瞬間、胸ぐらを掴まれて、乱暴に突き飛ばされた。背中が柱に当たる。周囲から悲鳴が上がった。


 だが俺は倒れず、制服の乱れを直して立ち上がる。

「冒険者ラグ。ギルド施設内における暴力行為により、規定第八条に基づき三か月の活動停止処分を言い渡す」


「はあ? ふざけんな。そんなもん――」


「俺が立案し、ギルド長が承認した規定だ。知らないとは言わせない。掲示も通達も済んでいる」


 ラグの顔がさらに歪む。


「なお、処分はそれだけじゃない」


 俺は用意していた書類束を机に置いた。

「お前のパーティについて、上納金の申告漏れ、ドロップアイテムの過小報告、換金記録との齟齬(そご)が確認されている。監査部にはすでに証拠を提出済みだ」


 ラグの動きが止まる。

「……何の話だ」


「俺が抜けた直後から、提出帳簿の数字が明らかにおかしくなった。昔ほど整っていないから逆に分かりやすかった。高額アイテムの報告数と市場流通量、補給費、遠征利益率。三年分の資料もある」


「でたらめだ!」


「なら監査で潔白を証明すればいい」


「黙れ!」


 逆上したラグが剣を抜いた。


 鋼の刃が、昼の光を鈍く弾く。


 誰かが息を呑み、誰かが悲鳴を上げた。


 そこで、低い声がホールに響く。


「そこまでだ」


 ギルド長だった。


 階段の上から降りてきただけで、場の空気が変わる。ラグの手が止まる。だが、もう遅い。


「職員への暴力、処分通告への反抗、監査対象案件への威嚇。加えて今の抜剣。言い逃れはできん」


 ギルド長は俺の出した書類を確認し、短くうなずいた。

「証拠は十分だな。冒険者ラグ。貴様の登録は本日付けで抹消する」


「待て! 俺はAランクだぞ!」


「だから何だ」


 一喝で、ラグは口を閉ざした。


「ギルドは強いだけの者を守る場所ではない。秩序を守り、正しく働く者を守る場所だ。貴様のように力を笠に着る者は不要だ。除籍とする」


 警備職員が一斉に動き、ラグを取り押さえる。ラグはなおも暴れながら、俺を睨みつけた。


「てめえ……最初から狙ってやがったな!」


 俺は、まっすぐラグを見返した。


「上ばかり見て、足元を捨てた結果だ。仲間も道具みたいに扱って、最後は死人まで出した。全部お前の自業自得だ」


 ラグは言葉を失った。


「経営者を名乗るなら、もっと信用は大事にしろ」


 何か言い返そうと口を開きかける。だが、出てきたのは掠れた息だけだった。


 そのまま警備職員に引きずられるようにして、ホールの外へ連行されていく。


 静まり返った空間に、ようやく息を吐く。


「怪我はないか」


 ギルド長が問う。


「大丈夫です」


「なら報告書を出せ。簡潔にな」


「はい」


 俺が答えると、ギルド長はわずかに口元を緩めた。


「……後任は安泰だな」


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。


 ギルド長はざわつくホールを見渡したまま続ける。

「剣で前に出る者はいくらでもいる。だが、組織を回せる者は少ない。俺が退いた後も、このギルドは回る。そう思わせるだけの働きを、お前はもうしている」


 胸の奥が、熱くなった。


「光栄です」


「慢心はするな。だが誇れ。お前が積み上げたものは、本物だ」


 そこでギルド長は、ちらりとエリスを見た。


「……エリスは、いい男を選んだな」


「父さん!」


 エリスが顔を赤くする。


 思わず固まる俺を見て、ギルド長は鼻を鳴らした。

「何だ。その顔は」


「い、いえ」


「ならいい。仕事も人も、見る目を違えるな。それだけだ」


 ポン、と俺の方に手を置いて、ギルド長は去った。


 残った俺は、少しだけ肩の力を抜いた。長かった。追放された日から三年半。やっと、終わったのだと思った。


「……お疲れさまでした」


 隣で、エリスが小さく言った。


「ありがとうございます。先輩もご無事で」


「はい。助かりました」


 それから少し間を置いて、エリスは俺を見た。いつもの落ち着いた表情なのに、どこか少し違う。


「今週末、ご予定はありますか?」


「え?」


 唐突で、間の抜けた声が出た。


 エリスは少しだけ視線を逸らし、それでも続けた。

「もし空いているなら、お時間をいただけませんか。……伝えたいことがあるんです」


 心臓が一つ、大きく鳴った。


 ラグの件が片付いた直後だというのに、今度は別の意味で落ち着かない。


「……空いてます」


 そう答えると、エリスは少しだけ笑った。

「よかったです」


 その笑みは、いつもの業務用のものより、ほんの少しだけ柔らかかった。


 追放されたあの日、俺は全部失ったと思っていた。


 でも今なら分かる。


 努力を踏みにじられても、それを積み上げ直した先に、ちゃんと届く場所はある。


 そしてたぶん――今度の週末、俺はその先を知ることになる。


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