第6話「優しき拒絶」
窓ガラスに打ち付ける細かい雨粒の音が、静寂な部屋に冷たいリズムを刻んでいる。
外の世界は完全に冬の様相を呈しており、中庭の木々は葉を落とし、灰色の空が重く垂れ込めている。
暖炉の火がパチパチとはぜる音を聞きながら、厚い毛布にくるまって長椅子に体を丸めている。
この数週間、宮廷内の空気は目に見えてピリピリと張り詰めていた。
離宮の窓から見える城の敷地内でも、武装した兵士たちの行き来が激しくなり、シオンの顔にも隠しきれない疲労の色が濃くなっている。
皇帝の傍らに身元不明の人間のオメガが置かれていることに対する貴族たちの反発が、もはや無視できない水準にまで達しているらしいことは、彼らの切迫した様子から十分に読み取れる。
扉の鍵が開く音がして、シオンが静かに部屋へ入ってくる。
彼は言葉を発することなく、ただ短く目配せをして、皇帝の私室へ向かう時間であることを告げる。
毛布を払い落とし、冷たい床に足をついて立ち上がる。
回廊を歩くシオンの背中はいつも以上に硬く強張っており、周囲の空気も刃物のように鋭く冷たい。
皇帝の私室の前に到着し、扉が開かれるのを待つ。
部屋の中に足を踏み入れると、いつものような香炉の甘い匂いはなく、張り詰めた氷のような緊張感が室内を満たしていた。
レオニダスは執務机の前に立ち、幾枚もの書類に目を通している。
今日は黒い軍服の上に重厚なマントを羽織り、髪も乱れなく整えられており、完全な皇帝としての威厳を身にまとっている。
彼の体から、魔力の暴走による熱気は全く感じられない。
治療の必要がないのに呼ばれたことに疑問を抱きながら、数歩だけ彼に近づく。
足音に気づいたレオニダスが、ゆっくりと顔を上げる。
その黄金色の瞳は、かつてないほどに冷たく澄み切っており、感情の欠片すら読み取ることができない。
まるで氷の彫刻を見ているような、背筋が凍るほどの冷徹な眼差しだ。
彼が何かを短く、鋭い声で命じる。
すると、部屋の隅に控えていた二人の兵士が静かに進み出て、こちらの両脇を固めるように立つ。
状況が理解できず、戸惑いながらレオニダスの顔を見つめる。
いつものように、ただ彼の熱を鎮めるためだけにここに呼ばれたのではなかったのか。
不安を打ち消すように、彼に向かって一歩踏み出し、手を伸ばそうとする。
「触れるな」
低く、しかし空間を震わせるほどの威圧感を持った声が、部屋の空気を一変させる。
意味はわからなくても、その言葉が完全な拒絶を意味していることだけは、心臓を直接握り潰されたような痛みとともに理解できる。
空中で止まった手が小刻みに震える。
レオニダスは机の上にあった小さな布袋を手に取り、それを床に向かって無造作に放り投げた。
布袋の中身がこぼれ落ち、きらびやかな宝石や金貨が石の床に転がって乾いた音を立てる。
彼は転がる金貨を冷たい視線で見下ろした後、再びこちらに視線を戻し、吐き捨てるように言葉を連ねた。
その声音には、軽蔑と、面倒なものを払い除けるような響きが含まれている。
「あなたはただの道具だ。役目は終わったから、これを受け取って消えろ」
言葉の壁を越えて、彼の冷酷な意志が直接脳内に流れ込んでくるような錯覚に陥る。
呼吸が浅くなり、視界の端が暗く点滅し始める。
彼にとって自分は、ただ痛みを和らげるための便利な薬であり、貴族たちの反発という面倒な事態を引き起こす厄介者に過ぎなかったのだ。
痛みを和らげる時に見せてくれた安らかな顔も、微かな波長の重なりも、すべては自分の思い上がりでしかなかった。
両脇の兵士たちが腕を掴み、強制的に退室させようと力を込める。
抵抗する気力すら湧かず、ただ呆然としたまま、冷たい黄金色の瞳を見つめ返す。
彼の瞳の奥に、ほんの一瞬だけ、微かな痛みの色がよぎったような気がしたが、それはすぐに冷徹な氷の壁の奥へと隠されてしまう。
乱暴に部屋から追い出され、重厚な扉が目の前で残酷な音を立てて閉ざされた。
突き放されたという現実が、冷たい冬の空気とともに肺の奥底まで入り込んでくる。
シオンが悲痛な顔をして何かを言おうと口を開くが、兵士たちに促されて無言で歩き出す。
離宮への帰路、雨はさらに強さを増し、窓ガラスを叩きつける音が耳障りに響く。
部屋に戻され、再び外から鍵をかけられると、張り詰めていた糸がふつりと切れた。
冷たい床の上にへたり込み、両手で顔を覆う。
彼が自分を突き放した本当の理由が、暴走する自分の魔力や貴族たちの刃から非力な人間を守るための、不器用で優しすぎる嘘だということなど、知る由もない。
ただ、彼に拒絶されたという事実だけが、胸の奥を鋭い刃物でえぐるように痛めつける。
手のひらに残る彼の幻の熱を求めて、冷たい自分の腕を強く抱きしめる。
誰にも届かない静かな泣き声が、雨音に混じって暗い部屋に溶けていった。




