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言葉が通じない暴君皇帝の運命の番として召喚されました〜炎を鎮めたら冷徹な彼が甘々になりました〜  作者: 水凪しおん


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第5話「竜と人間」

 豪華な刺繍が施された絹の衣服の重みにも、ようやく少しずつ慣れ始めている。

 あの夜、皇帝の暴走する魔力を鎮めて以来、離宮での生活環境は目に見えて変化した。

 食事は質素なものから、見た目にも美しい宮廷料理へと変わり、衣服も手触りの良い最高級の布地で作られたものが用意されるようになった。

 部屋の扉には相変わらず外から鍵がかけられているが、数日に一度、あの銀髪の青年シオンが迎えに来て、皇帝の私室へと案内されるのが日課となっている。

 自分の存在が、皇帝の命を繋ぐための「薬」として機能していることは、言葉が通じなくても周囲の態度から容易に察せられる。

 今日もまた、シオンの先導に従って、石造りの広大な回廊を歩いている。

 窓から差し込む陽の光は徐々に弱まり、冬の足音が確実に近づいていることを冷たい風が教えてくれる。

 回廊の先から、きらびやかな衣装を身にまとった貴族らしき集団が歩いてくるのが見える。

 彼らはシオンの姿を認めると丁寧に頭を下げるが、その直後、後ろを歩くこちらに向かって露骨に軽蔑の視線を投げつけてきた。

 彼らが交わす小声の囁きは、言語の壁を越えて、明確な悪意となって肌を突き刺してくる。

 彼らにとって、強大で誇り高き竜の血を引くアルファの皇帝の傍らに、魔力すら持たない非力な人間のオメガがはびこっていることは、耐え難い屈辱なのだ。

 すれ違う瞬間に聞こえる、鼻で笑うような微かな音や、扇で口元を隠しながら見下すような視線の動きが、胃の奥を重く冷たくしていく。

 シオンは彼らの態度に気づいているはずだが、表情を崩すことなく、ただ黙々と前を歩き続ける。

 周囲から向けられる敵意と、誰とも言葉を交わすことのできない孤独が、足取りを鉛のように重くする。

 重厚な彫刻が施された皇帝の私室の扉の前に到着する。

 シオンが扉をノックし、低い声で許可を求めると、中から重々しい返事が聞こえてくる。

 扉が開かれ、薄暗い部屋の中へと足を踏み入れた。

 厚いカーテンが引かれた室内には、昼間であるにもかかわらず夜のような暗闇が広がっており、微かな香炉の煙だけが空気を漂っている。

 部屋の奥にある豪華な長椅子に、皇帝レオニダスが深く腰を沈めている。

 彼は黒い軍服の襟元をわずかにくつろげ、片手で額を押さえるようにして目を閉じていた。

 近づくにつれて、彼の体から微かな熱気と、焦げた鉄のような鋭い匂いが立ち昇っているのがわかる。

 今日もまた、内なる魔力の炎が彼を内側から焼き苛んでいるのだ。

 長椅子の傍らに音を立てないように膝をつき、彼の熱を持った手首にそっと自分の両手を添える。

 肌と肌が触れ合った瞬間、彼の体がわずかに強張り、次いで深く長い息が吐き出された。

 自分の体から澄んだ水のような冷たい波長が流れ出し、彼の血管を巡る荒れ狂う炎をゆっくりと鎮めていくのを感じる。

 レオニダスは目を閉じたまま、こちらの指先から伝わる冷気を貪るように、手首を預けてくる。

 彼の規則的な心臓の鼓動が、指の腹を通して直接伝わってきた。

 その鼓動は力強く、しかしどこか疲れ果てたような重苦しさを帯びている。

 薄暗い部屋の中で、ただ二人の呼吸の音だけが静かに重なり合っている。

 彼の苦痛を取り除くこの時間は、自分がこの見知らぬ世界で唯一存在を許されている理由であり、同時に誰かに必要とされているという奇妙な安堵感を与えてくれる。

 彼が時折見せる、痛みが和らいだ瞬間の無防備な顔を見るたびに、胸の奥に名状しがたい柔らかな感情が芽生え始めているのを自覚する。

 しかし、治療が終われば、彼は再び冷徹な皇帝の仮面を被り、一切の感情を排した黄金色の瞳でこちらを一瞥するだけだ。

 言葉を交わすこともなく、触れ合うのは治療の間だけという明確な線引きが、二人の間には厳然として存在している。


 『これでいいんだ』


 自分に言い聞かせるように心の中でつぶやきながら、彼の肌からゆっくりと手を離す。

 熱が引いた彼の体は落ち着きを取り戻し、呼吸も正常なリズムに戻っている。

 レオニダスはゆっくりと目を開き、立ち上がって執務机の方へと歩き出した。

 こちらを振り返ることは一度もなく、背中で退室を促しているのだとすぐに理解できる。

 立ち上がり、静かに一礼をして部屋を後にする。

 扉が閉まる重い音が、背後で冷酷に響き渡る。

 回廊に出ると、先ほどすれ違った貴族たちの嘲笑の響きが再び耳の奥に蘇ってくる。

 自分は彼にとって、痛みを散らすための便利な道具に過ぎない。

 どれほど波長が重なり合い、彼の痛みを共有できたとしても、種族という決定的な壁と、言葉という致命的な障壁が、真の理解を拒んでいる。

 冷たい石の床を踏みしめながら、離宮への長い帰路をただ俯いて歩き続ける。

 触れていた手のひらに残る彼の微かな熱の記憶だけが、今の自分を支える唯一のよすがだった。

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