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言葉が通じない暴君皇帝の運命の番として召喚されました〜炎を鎮めたら冷徹な彼が甘々になりました〜  作者: 水凪しおん


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第3話「触れられない距離」

 窓から見える空の様子が、季節の移り変わりを静かに教えてくれる。

 この離宮に閉じ込められてから、すでに何度かの月が満ち欠けを繰り返していた。

 毎日のように同じ使用人が食事を運び、時折、衣服の替えや日用品が補充される。

 使用人との間に会話は成立しないが、彼らが交わす短い言葉の響きから、少しずつこの世界の言語の規則性のようなものを感じ取れるようになってきている。

 「食事」や「水」、「待つ」といったごく短い単語の音だけは、なんとなく聞き分けられるようになった。

 しかし、それ以上の複雑な会話は依然として不可能であり、孤独な生活に変わりはない。

 唯一の変化といえば、数日に一度、あの男がこの離宮の敷地内にある中庭を訪れるようになったことだ。

 窓から見下ろす中庭には、白い石造りの東屋があり、男はいつもそこへ一人でやってくる。

 そして、何をするでもなく、ただじっとこちら側の窓を見上げているのだ。

 今日もまた、窓辺に立つと、東屋の柱にもたれかかるようにして立つ男の姿が見える。

 距離が離れているため表情までは読み取れないが、その立ち姿からは重い疲労感がにじみ出ているように見える。

 部屋の扉には鍵がかけられているが、中庭へ続くバルコニーの扉だけは開けることができた。

 バルコニーに出ると、心地よい風が頬を撫でる。

 男はバルコニーに姿を現したこちらに気づき、姿勢を正した。

 その時、不意に男の体が大きく揺らぐ。

 男は片手で頭を押さえ、苦痛に顔を歪めて東屋の柱に手をついた。

 遠目からでもわかるほど、男の肩が激しく上下に波打ち、荒い呼吸を繰り返している。

 あの夜の庭園で見た、空気を歪ませるほどの強烈な圧迫感が、男の体から再び立ち昇っているのが見える。

 男の周囲の空気が陽炎のように揺らめき、中庭の木々の葉が不自然にざわめき始める。

 心配になり、バルコニーの手すりから身を乗り出す。

 男は柱にしがみつくようにして痛みに耐えているが、その柱の石の表面が、彼の握力によってひび割れていくのが見える。

 このままでは彼が倒れてしまうのではないかという焦りが胸を占める。

 周囲を見渡しても、護衛の兵士や使用人の姿はない。

 部屋の中へ戻り、扉を叩いて助けを呼ぼうとするが、外からは何の応答もない。

 再びバルコニーへ戻ると、男は片膝をつき、地面に手をついて荒い息を吐いていた。


 『誰か、助けて』


 声にならない叫びを心の中で上げながら、どうすることもできずに手すりを強く握りしめる。

 その時、ふと気がつく。

 バルコニーの脇にある太い蔦が、中庭まで続いている。

 危険だとわかっていながらも、体が勝手に動く。

 蔦に手をかけ、足を引っ掛けて、ゆっくりと壁面を下り始める。

 石の壁は冷たく、蔦の棘が手のひらをかすめて鈍い痛みを走らせるが、そんなことを気にする余裕はない。

 足が中庭の柔らかい土に触れた瞬間、転がるようにして男の元へ駆け寄る。

 近づくにつれて、男から発せられる熱気が肌を焼くように押し寄せてくる。

 呼吸が苦しくなり、足取りが重くなるが、それでも歩みを止めない。

 男の目の前までたどり着き、地面に膝をつく。

 男は目を固く閉じ、額には玉のような汗を浮かべていた。

 その顔は青ざめ、唇は苦痛に歪んでいる。


 「大丈夫ですか」


 自分の口から、思わず日本語の言葉がこぼれ落ちる。

 男はこちらの声に反応し、重い音を立ててまぶたを開く。

 黄金色の瞳が、焦点を結ばないまま虚空をさまよい、やがてこちらの姿を捉える。

 その瞳の奥には、猛獣のような敵意と、それを上回るほどの恐怖が入り混じっていた。

 男の苦痛を少しでも和らげたいという思いから、思わず手を伸ばす。

 指先が男の熱を持った頬に触れようとした瞬間。


 「触れるな」


 男の口から、耳をつんざくような鋭い怒声が響いた。

 言葉の意味はわからなくても、それが明確な拒絶の言葉であることは痛いほどに伝わる。

 男はこちらの手を激しく払い除け、弾かれたように後方へと飛び退いた。

 弾かれた手の甲が赤く腫れ上がり、じんじんと痛む。

 男は荒い息を吐きながら、こちらを射殺すような鋭い視線で睨みつける。

 その瞳には、先ほどの苦痛とは違う、明確な拒絶の光が宿っていた。

 男は何かを吐き捨てるように言い放つと、ふらつく足取りのまま、こちらに背を向けて中庭から去っていく。

 残されたのは、男の体から発せられていた熱の残滓と、払い除けられた手の甲の痛みだけだ。

 男を助けたいという思いから行動したのに、結果的に彼を怒らせ、拒絶されてしまった。

 地面に座り込んだまま、男が消えていった方向をただ見つめている。

 中庭に吹き込む風が、熱を持った体を冷たく冷やしていく。

 どれだけ手を伸ばしても、決して触れることのできない深い溝が、二人の間にあることをまざまざと見せつけられた気がした。

 男の黄金色の瞳に宿っていた恐怖の色が、いつまでも脳裏に焼き付いて離れない。

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