第2話「硝子の鳥籠」
ふかふかとした厚みのある絨毯が、足の裏を柔らかく包み込む。
壁には見事な風景が織り込まれたタペストリーが飾られ、天井からは複雑な意匠の水晶が連なる照明がぶら下がっている。
部屋の隅に置かれた大きな長椅子は、触れるだけで指が滑るような最高級の絹で覆われていた。
豪華な調度品で満たされたこの部屋は、間違いなく高貴な身分の者が使うための場所だ。
しかし、どれほど美しく飾られていても、出入り口にある重厚な木製の扉は外側から鍵がかけられており、自由に外へ出ることはできない。
あの夜、男と遭遇した庭園で座り込んでいたところを、武装した数人の者たちに取り囲まれた。
言葉が通じないまま強引に腕を引かれ、この離宮の一室へと押し込められたのだ。
窓から外を覗き込むと、遠くに広がる街並みと、それを取り囲む高い城壁が見える。
ここは広大な城の敷地内にある、隔離された塔のような場所らしい。
部屋には定期的に、銀色の盆を手にした使用人らしき若い男が食事を運んでくる。
運ばれてくる料理はどれも色鮮やかで、芳醇な香りを漂わせているが、喉を通るものはすべて砂のように味気なく感じる。
使用人に話しかけようと試みても、彼は怯えたような顔で視線を逸らし、小声で何かをつぶやくだけで足早に部屋を出て行ってしまう。
言語の壁と、自分がどのような立場に置かれているのかわからない恐怖が、真綿で首を絞めるように心をすり減らしていく。
柔らかな長椅子に体を沈め、両膝を抱え込む。
窓から差し込む陽の光は暖かいはずなのに、体の芯には常に冷たい氷の塊が居座っているような寒さを感じる。
誰もいない部屋の中で、自分の呼吸音だけが規則的に聞こえる。
不意に、重厚な木製の扉の向こう側で複数の足音が止まる気配がした。
ガチャリという金属音とともに鍵が外され、ゆっくりと扉が開く。
立ち上がり、部屋の奥へと後ずさりながら扉の方を警戒する。
扉の隙間から姿を現したのは、あの夜の庭園で出会った黄金色の瞳を持つ男だ。
今日は黒い軍服ではなく、深紅の生地に金の刺繍が施された、さらに威厳のある衣服を身にまとっている。
男の背後には、護衛らしき数人の兵士が控えているのが見えた。
男は部屋の中へ足を踏み入れることなく、扉の敷居の前に立ち止まる。
その黄金色の瞳が、部屋の奥で身構えるこちらを静かに見据える。
庭園で出会った時のように空気が歪むほどの熱気はないが、それでも男の周囲には触れれば火傷をしそうなほどの強い圧迫感が漂っている。
男の視線に射抜かれた瞬間、背筋に冷たい汗が伝う。
しかし、同時に不思議な感覚が胸の奥に広がった。
男の瞳の奥底に、冷徹な氷の奥に隠された、ひび割れそうなほどの強い痛みの色が見える気がするのだ。
男は何も言わず、ただこちらを見つめ続けている。
その視線は鋭く冷たいが、どこか迷子になった子供が助けを求めているようにも錯覚させる。
『どうして、そんな顔をするの』
心の中でそう問いかけるが、言葉を声に出すことはできない。
男の視線が、こちらの震える指先や、強張った肩のラインをなぞるように動く。
男は敷居を越えて部屋の中へ入ろうとするそぶりを何度か見せるが、そのたびに目に見えない壁に阻まれたかのように足を止めた。
男の手の甲には太い血管が浮き上がり、見えない何かを力強く握りしめているかのように、拳が固く結ばれている。
数分の沈黙が、永遠のように長く感じられる。
やがて、男は短く息を吐き出し、眉間にしわを寄せる。
そして、背後に控える兵士に向かって何かを短く命じる。
兵士が一礼すると、男は再びこちらに冷たい視線を一瞥し、扉を閉めて背を向けた。
バタンという重い音とともに扉が閉ざされ、再び外側から鍵がかけられる金属音が響く。
部屋には再び深い静寂が戻り、男が残していったかすかな残り香だけが空気を漂っている。
焦げた鉄のような、それでいてどこか甘く切ない不思議な匂いだ。
緊張の糸が切れ、長椅子の上に力なく崩れ落ちる。
男はなぜわざわざ様子を見に来たのか。
なぜ部屋の中へ入ってこようとしなかったのか。
そして、なぜあの黄金色の瞳の奥に、あれほど深い悲しみと痛みが隠されているように見えるのか。
わからないことばかりが頭の中をぐるぐると回り、疲労感だけが体に蓄積していく。
柔らかな絹のクッションに顔を埋め、目を閉じる。
閉じ込められたこの豪華な鳥籠の中で、自分がこれからどうなってしまうのか、何の希望も見出せないまま時間だけが過ぎていった。




