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第1巻:如月令嬢は『砂場の卵焼きを諦めない』~リメイク~  作者: アリス・リゼル


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20/22

第2話『甘い重石の並べ方』 ~section9:朝焼けの味覚と、消えない栞~

 東の空を覆っていた分厚い夜の(とばり)が、まるで巨大な刃物でゆっくりと切り裂かれるようにして、その亀裂から強烈な黎明の光を漏らし始めていた。

 月見坂市における『朝』という現象は、新市街と旧市街とで、全く異なる物理的な表情を見せる。

 新市街の幾何学的な高層ビル群は、その壁面を覆う何万枚もの特殊強化ガラスが太陽の光を正確な角度で反射し、街全体が巨大なプリズムのように、冷たく、そして暴力的なまでの眩しさを放ち始める。都市を統べる論理が、気温の上昇とともに街路樹の散水スプリンクラーを一斉に稼働させ、無菌状態の清潔なアスファルトを人工的な虹で彩っていく。そこには、ただ計算し尽くされた『完璧な朝』のプログラムが実行されているだけだ。

 しかし、僕たちが今立っているこの旧市街の境界線――国道十六号線を跨ぐ、酸化鉄にまみれた古びた歩道橋に差し込む光は、それとは決定的に異なっていた。

 無数の傷とサビに覆われた鉄の支柱や、ひび割れたコンクリートの階段。それらの不規則な凹凸の表面を、赤みを帯びた朝焼けの斜光が舐めるように這い上がり、長年蓄積された都市の汚れや泥臭い人間の痕跡を、容赦なく、しかしどこかひどく優しく照らし出していく。


 その朝の光は、階段に残された『十一個の赤いジャムの瓶』をも、鮮烈に浮かび上がらせていた。

 一番上の十二段目は、ぽっかりと口を開けたような空席のままだ。

 しかし、残された十一個の瓶は、ただの未来の廃棄物ではなく、確かな質量を持った『記憶の重石』として、ドロリとした赤い果肉の影を階段に長く、そして美しく伸ばしている。


「……あぁ……、あぁ……っ」


 僕の数メートル先。

 冷え切ったアスファルトの上にへたり込んだ初老の男は、如月さんの言葉によってもたらされた圧倒的な情動の救済に、ただ肩を震わせ、声にならない嗚咽を漏らし続けていた。

 彼の油まみれの手の中には、彼自身が昨日この場所に置き、そして今日という日に削り取られるはずだった『五月一日』のジャムの瓶が、すがりつくようにして強く抱きしめられている。

 規定の糖度にわずか一パーセントだけ満たなかったという物理的事実。それゆえに完璧な新市街のシステムからゴミとして廃棄される運命にあった、不完全な果糖の塊。

 それが、システムから切り捨てられようとしている彼と娘の泥臭い記憶と、これ以上ないほどに完璧な共鳴を起こした『本物の重石』であると。

 如月瑠璃という、他者に決して共感しない孤高の天才鑑定士が、その冷徹な物理的観察眼と情動の視座をもって、絶対的な真実として定義づけたのだ。


 僕は、歩道橋の冷たい鉄の欄干に背中を預け、ズキズキと熱を持って脈打つ大腿四頭筋の激痛に耐えながら、その光景を静かに見つめていた。

 筋肉が千切れるような遅発性筋肉痛の痛みは、今も僕の下半身を容赦なく支配している。しかし、胸の奥で渦巻いていた、あの息が詰まるような絶望感と、システムに対する無力感は、朝の冷たい空気とともに少しずつ霧散していくのを感じていた。


 如月さんは、泣き崩れる老人を急かすことも、慰めの言葉をかけることもせず、ただ静かに、その漆黒のコートの裾を朝風に揺らして立ち尽くしていた。

 彼女の少し後方には、雑賀さんが、彫刻のように微動だにせず控えている。雑賀さんの視線は、周囲の安全確保を完璧にこなしながらも、決して老人の尊い情動の時間を物理的に阻害しないよう、極めて繊細な配慮をもって空間を支配していた。


 やがて。

 老人の嗚咽が、少しずつ、穏やかな波のように引いていった。

 彼は、涙と泥でぐしゃぐしゃになった顔をゆっくりと上げ、朝日に照らされた巨大な鉄の歩道橋を、眩しそうに見上げた。

 その眼差しには、深夜に僕たちが見た、あの何かに追われるような狂気や、未来が削り取られていくことへの底知れぬ恐怖は、もう存在しなかった。

 そこにあるのは、自らの執念のルーツを認められ、そして、どうしても逃れられない巨大な物理的現実を、ようやく直視する覚悟を決めた人間の、静かで深い諦観(ていかん)だった。


「……解体されるんだな。……本当に、この歩道橋は」


 老人は、ひび割れた声で、独り言のように呟いた。


「左様。五月十二日、午前零時。……どれほど強大な質量を持つ重石を乗せようとも、都市を統べる物理的な解体の力学を覆すことはできん。この巨大な鉄の建造物は、間違いなくお主の目の前から消え去る」


 如月さんの宣告は、相変わらず氷のように冷酷で、一切の希望的観測を許さないものだった。

 しかし、老人はもう、その言葉に絶望して泣き叫ぶことはなかった。

 彼は、自らの手の中に包み込んでいる『五月一日』のジャムの瓶へと、ゆっくりと視線を落とした。赤いプラスチックの安っぽい蓋。チープなイチゴのイラストが描かれた紙のラベル。どこにでもある大量生産品でありながら、世界でただ一つ、彼と娘の不完全な記憶を肯定してくれた、たった一パーセントの不純物。


「……娘は、本当に不器用な子だったんだ」


 老人は、誰に語りかけるでもなく、ポツリポツリと、その重く閉ざされていた記憶の扉を自らの手で開け放ち始めた。

 朝の冷たい風が、彼の油の匂いを微かに僕の鼻腔へと運んでくる。


「妻を早くに亡くして、男手一つで育てたせいかもしれない。……料理なんて全く教えてやれなかった。それでもあの子は、私が夜勤明けでこの旧市街のドブ臭いアパートに帰ってくると、いつも不格好な手料理を作って待っていてくれた」


 老人の親指が、ジャムの瓶のガラスの表面を、慈しむように撫でる。


「ある日、スーパーで見切り品の安いイチゴをたくさん買ってきたことがあった。……二人で、見よう見まねでジャムを作ろうとしたんだ。鍋で煮詰めて、砂糖をドバドバと入れて……。でも、あの子は途中で砂糖の分量がわからなくなってしまってね。……結局、保存食にするには全然砂糖が足りなくて、水っぽくて、ひどく酸っぱいジャムができあがった」


 老人の口元に、かすかな、本当に微かな微笑みが浮かんだ。

 それは、この完璧なスマートシティの論理では決して計測することのできない、泥臭く、しかし何よりも尊い『人間の幸福』の形だった。


「失敗作だった。売り物になんて到底ならない、不完全なゴミみたいな出来損ないだ。……でも、あの子は、その酸っぱいジャムをトーストにたっぷり塗って、『お父さん、美味しいね』って……本当に嬉しそうに笑ってくれたんだ。……あの子と一緒に食べたあの失敗作の味が……私にとっての、世界で一番美味しいもののルーツだったんだよ」


 老人は、ゆっくりと、震える手を赤いプラスチックの蓋へと添えた。

 そして。

 彼は、自らを呪縛していた『重石』としての強迫観念を振り払うかのように、力を込めてその蓋を捻った。


 ――ポンッ。


 深夜の廃屋の暗闇でも、冷たい階段の上でもない。

 朝の光に満ちた旧市街の空の下で、真空状態に保たれていたガラス瓶の内部と、外の世界の空気が交わり、小さな、しかし確かな破裂音が響いた。

 それはまるで、システムによって廃棄されるはずだった五トンの不純物の中から、たった一つの命が産声を上げたかのような、鮮烈な音だった。


 瓶の口から、イチゴと砂糖を煮詰めた、あの強烈に甘い果糖の匂いが周囲に広がる。

 老人は、躊躇(ちゅうちょ)することなく、機械油と泥に汚れた自らの太い人差し指を、そのドロリとした赤い果肉の中へと深く差し込んだ。

 そして、指先にたっぷりと絡みついた『一パーセント足りない不完全なジャム』を、自らのひび割れた唇へと運び、口に含んだ。


 朝の風が、歩道橋の鉄柱を吹き抜ける音が聞こえる。

 新市街の方角から、始発の地下リニアが発する微かな低周波の振動が伝わってくる。

 僕も、如月さんも、雑賀さんも、誰も一言も発することなく、老人のその極めて個人的で、神聖な『味覚の確認作業』を見守っていた。


 老人は、口の中のジャムをゆっくりと味わい、目を閉じた。

 彼の油にまみれた深いシワの刻まれた顔が、微かに歪み、そして、これ以上ないほどに穏やかに解けていく。


「……あぁ」


 老人の口から、深い、本当に深い、魂の底から吐き出されるような溜息が漏れた。


「……酸っぱいな。……甘みが、少しだけ足りない。……ドロドロしていて、全然、完璧じゃない……」


 老人の目から、再び一筋の涙が溢れ出し、頬を伝ってコンクリートへと落ちた。


「でも……同じだ。……あの子と一緒に作った、あの時の、不器用なジャムと……まったく、同じ味がする……っ」


 一パーセントの糖度の不足。

 完璧な都市のシステムが『規格外の不良品』『廃棄すべきゴミ』として冷酷に切り捨てたその物理的な欠損が。

 彼にとっては、最愛の娘と過ごした最も幸福な記憶と寸分違わず一致する、奇跡の味覚だったのだ。


 老人は、もう一度指を瓶に入れ、ジャムを舐めた。

 彼は泣きながら、しかし、深夜の歩道橋で虚空に向かって呼び鈴を鳴らしていた時の絶望感に満ちた表情ではなく、どこか憑き物が落ちたような、柔らかで、静かな表情でジャムを味わい続けていた。


「……美味しいか、老人」


 沈黙を破り、如月さんが静かに問いかけた。


「ああ……。美味しい……。最高に、美味いよ……」


「そうか。ならば、そのジャムはもはや、この歩道橋をこの場所に繋ぎ止めるための『重石』としての役割を終えたということじゃな」


 如月さんの言葉に、老人はゆっくりと顔を上げ、頷いた。


「……そうだ。これは、重石じゃない。……私は、歩道橋がなくなるのが怖かった。あの子との記憶が、この街から完全に消去されてしまうのが恐ろしかったんだ。だから、重石を置いて、無理やりにでもしがみつこうとした……。でも、もう、いいんだ」


 老人は、階段に並んだ残りの十一個のジャムの瓶と、朝日に照らされた巨大な鉄の歩道橋を見上げた。


「このジャムの味が、私にあの子の温もりを、こんなにもはっきりと物理的に思い出させてくれた。……歩道橋が壊されても、鉄屑になっても……あの子と歩いたあの日の夕焼けは、私のこの舌と、この脳髄の奥底に、決して消えないデータとして刻み込まれている。……だから、もう、重石なんていらないんだ。……五月十二日、この橋が解体される事実を……私は、受け入れるよ」


 それは、一人の老人が、狂気に満ちた執念から解放され、冷酷な都市の現実を前にして、自らの魂の尊厳を取り戻した瞬間だった。

 解体を止めることはできない。

 しかし、彼がこの場所で娘と生きたという情動のルーツは、物理的な建造物が消滅しようとも、彼の内部で永遠に生き続ける。

 僕は、その泥臭くも圧倒的な人間の強さを前にして、思わず目頭が熱くなるのを抑えきれなかった。


「……ふむ。物理的な建造物の崩壊を受け入れ、自らの内部の記憶領域にデータを保存する道を選んだか。極めて論理的で、合理的な判断じゃ」


 如月さんは、老人の言葉を聞き届けると、小さく一度だけ頷いた。

 そして、彼女は背後に控える雑賀さんに向かって、一切の言葉を発することなく、軽く右手を差し出した。


 雑賀さんは、その無言の意図をコンマ数秒で完璧に読み取り、自らの漆黒のジャケットのインナーポケットから、ある『物理的な物体』を取り出し、如月さんの純白の手袋の上へと極めて丁寧に置いた。


 それは、新市街の住人たちが日常的に使用するような、薄型のタブレット端末やホログラムデバイスなどではなかった。

 分厚い、ざらついた質感の、深緑色の布張り表紙。

 そして、その傍らに添えられた、一本の黒く太い芯を持つ『鉛筆』。


「……如月さん。それ……」


「黙って見ておれ、サクタロウ。……老人よ、これを受け取るがよい」


 如月さんは、その分厚い深緑色の束――極めて上質な紙で束ねられた『スケッチブック』と鉛筆を、座り込む老人の目の前へと差し出した。


「これは……?」


「記録媒体じゃ。……ただし、新市街の巨大なサーバーに接続され、システムのエラーや最適化の名の下に、いつの間にか一括削除されてしまうような、脆弱なデジタルデータではない。……インクと黒鉛、そして植物の繊維という、純粋な物理的質量を持った、絶対にシステムに干渉されることのない『紙』の束じゃ」


 如月さんの言葉の真意を悟り、僕はハッと息を呑んだ。


「お主は、重石を下ろし、歩道橋の解体を受け入れると言った。それは正しい。過去の構造物にすがりつくのは、物理法則に逆らう愚行じゃ。……だが、記憶というものは、人間の脳細胞の劣化とともに、必ず欠損し、風化していく運命にある。それもまた、残酷な物理法則の一つじゃ」


 如月さんは、スケッチブックを老人の泥まみれの手の上に、半ば強制的に押し付けた。


「だからこそ、物理的な『記録』を残すのじゃ。……お主の娘との記憶を。この歩道橋の上から見た夕焼けの色彩を。彼女が笑った時の表情の筋肉の動きを。その不完全で酸っぱいジャムの味の記憶を。……この街のシステムが決して消去することのできない、このアナログな紙の束に、お主自身の物理的な手を使って、黒鉛の摩擦で刻み込むのじゃ」


「記録……。私が、あの子の記憶を、ここに……」


「左様。五月十二日の解体の日まで、まだ猶予はある。……お主は毎日ここへ来て、ジャムをずらしてカウントダウンをする必要などもうない。その代わりに、このスケッチブックに記憶を描き出し、言語化し、物理的な物体としてこの世界に定着させるのじゃ」


 如月さんは、朝の光を背に受けながら、そのアメジストの瞳で老人を真っ直ぐに射抜いた。


「お主にもう、過去を繋ぎ止めるための『重石』は必要ない。……これは、お主がこれから先、自らの足で新たな時間を歩んでいく中で、娘との記憶のページをいつでも正確に開くことができるようにするための……消えない『栞』じゃ」


 重石から、栞へ。

 未来を削り取るための狂気のカウントダウンから、過去を美しく保存するための創造のプロセスへ。

 如月瑠璃という鑑定士は、一人の老人が抱えていた途方もない絶望の質量を、ほんの少しの物理的な視点の変換と、情動の視座を用いた言葉によって、見事に昇華させてみせたのだ。


「栞……。私の、消えない栞……」


 老人は、自らの油にまみれた太い指で、その深緑色のスケッチブックのざらついた表紙を、まるで壊れ物を扱うように、本当に大切そうに撫でた。

 そして、スケッチブックと、胸に抱えたままの赤いジャムの瓶を両腕でしっかりと抱きしめ、如月さんに向かって、深々と、アスファルトに額がつくほどに深く頭を下げた。


「……ありがとう。……本当に、ありがとう……っ。私は、描くよ。……あの子が綺麗だと言ってくれたこの場所の景色を、私のこの手で、全部……残してみせるよ……っ」


 老人の声は、震えていたが、そこには確かな力が宿っていた。

 彼の涙が、朝日に照らされたアスファルトに落ち、小さな染みを作っていく。

 しかしそれは、もう悲しみの染みではなかった。


「感謝など不要じゃ。わしはただ、モノの真のルーツを解き明かし、不要なノイズを整理したに過ぎん。……その栞にどのような情動の情報を書き込むかは、お主自身の出力機能にかかっておる。せいぜい、黒鉛をすり減らすことじゃな」


 如月さんは、それ以上老人に言葉をかけることはなく、クルリと背を向けて、軽やかな足取りで僕たちの方へと歩き出した。


 朝の太陽が、新市街のビル群の向こうから完全に姿を現した。

 その強烈な光は、旧市街のくすんだ空気を一掃し、巨大な鉄の歩道橋全体を、まるで黄金色に燃え上がらせるように輝かせている。

 階段に並んだ十一個の赤いジャムの瓶も、太陽の光を内部で乱反射させ、もはや未来の不純物ではなく、一つ一つが美しい宝石のようにキラキラと煌めいていた。


「……如月さん。あのジャムの山がある廃屋へのダクトの横穴は、どうするんですか。あのまま放置しておくわけには……」


 痛む脚を引きずりながら、僕は如月さんに並んで歩きながら小声で尋ねた。


「愚問じゃな、サクタロウ。すでに由梨に指示を出し、我々が立ち去った直後に、如月コンツェルンのインフラ管理部門の特務班が極秘裏に急行する手はずになっておる。ダクトの穴は数時間以内に物理的に完全封鎖され、廃屋のジャムの山も、市のシステムに検知される前にすべて回収・焼却処理される。……あの数万の不純物が引き起こすエラーを放置すれば、この街の物流システムそのものが崩壊するからな」


「そう、ですよね。……でも、一つだけ」


 僕は、歩道橋の上でスケッチブックを胸に抱きしめ、朝日を浴びている老人の小さな背中を振り返った。


「あの老人が今持っている、あの『五月一日』のジャムだけは……回収しないんですね」


 僕の問いに、如月さんは歩みを止めることなく、ただ小さく鼻を鳴らした。


「回収する理由がない。……あれはすでに、システムの管理下にある廃棄予定のゴミではない。一人の人間の記憶という、極めて高密度な情動が宿った『ルーツの結晶』じゃ。……たった一個のガラス瓶の質量誤差など、この巨大な都市のシステムはノイズとして処理し、見逃すに決まっておる。……それに」


 如月さんは、漆黒のコートの懐から、純銀の懐中時計を取り出し、その冷たい表面を親指で軽く撫でた。


「この完璧で息が詰まるような街にも、あのような泥臭く、不完全で、酸っぱい一パーセントの引力が必要な時もある。……そういう物理的結論じゃよ」


 如月さんの横顔は、朝の光に照らされて、どこまでも透き通るように美しかった。

 僕は、大腿四頭筋の容赦ない激痛に小さく呻き声を上げながらも、不思議と、自分の足取りが昨夜よりもずっと軽くなっていることに気がついていた。


 完璧なスマートシティの片隅で、たった一つの不完全なジャムが、世界を救うこともある。

 その奇跡のような物理現象を、僕は今日、この目で確かに観測したのだ。

 朝焼けに染まる月見坂市の空の下、僕は孤高の天才鑑定士の背中を追いかけて、痛む脚を前へと踏み出した。



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