妻さえいなければ
タイトルまんま不快な内容です。
苦手な方はお避け下さい。
結婚したら幸せになると思っていた。
息子と手を繋いで笑いながら俺の前を歩く妻がうざい。
妻さえいなければ。
「ねぇ、靴下は脱ぎっぱなしにしないで洗濯のカゴに入れてって何度言ったらわかるの?」
「後でやろうと思ってたんだよ」
「置きっぱなしのペットボトルだって、誰が片付けてると思ってる?」
「後で捨てようと思ってたのに」
「ゴミはあーちゃんがイタズラしちゃうといけないからすぐに捨ててって言ってるでしょう」
「わかってるよ、うるさいなぁ」
前は何も言わずに片付けてくれていたのに、子どもが産まれた途端「自分の事は自分でやって」だの、自分の洗濯物だけは畳んでくれだの言って家事の手を抜くようになった妻。
この前なんか「子どもと一緒に寝落ちした」とか言って、俺の晩飯を用意しなかった。
文句を言えば「冷蔵庫から出してレンチンするくらい自分で出来るでしょう」とか言って不貞腐れてめんどくさい。
それが妻の仕事だろうと言いたくなった。
見た目だって今は見る影もない。付き合ってた頃はネイルとかして指の先まで気を使っていたくせに、今は「あーちゃんにファンデが着くといけないから」とか、あーちゃんをダシにして化粧までサボってる。
素顔がやばいってわからないのか、俺が黙ってるのをいい事に、女としている事をさぼり過ぎだ。
だから俺が他の女を好きになるのは当然の事だと思う。
。。。
会社で新事業立ち上げを担当する事になり、協力会社の担当者に「こちらは助っ人です」と、冗談混じりに紹介されたのが彼女との出会い。
左手の薬指に光る指輪。既婚者でありながら、サラサラと風に靡く手入れの行き届いた長い髪。髪をまとめる指先も、光を纏ったように輝いて見えた。
たわいもない話から、地元が同じだとわかる。
「え?〇〇屋、知ってるの?」地元では有名なうどん屋だ。
「はい、昔よく行きました。もしかしてどこかですれ違ったことがあるかもしれませんね」と笑う彼女。
俺だけに向けられたその笑顔には、俺に対する好意が滲んでいた。
「やっと運命の人に会えた」と心から思った。
その日の仕事の後、食事に誘うと「他のみなさんも一緒に行きましょう」と、他者を気遣う優しさに感心してしまう。
その後も何度かみんなで食事に行ったが、そろそろ二人きりで語りたい。だから彼女が一人になった時を見計らい声をかけた。
「今度は二人で食事に行きませんか?」
「お誘いありがとうございます。でも、私、仕事とプライベートは分けたいので…すみません」
困った顔が可愛い。
「…そうだよね、わかった」
ぺこりと頭を下げて皆んなのところへ戻って行く彼女を見送りながら、彼女の真意を読み取る。
「それって俺との付き合いはプライベートでって事だよね?」
たぶんこれは秘密の恋。彼女の望みを叶えようと俺は動き出す。
当たり前だけど会社のデータを見ることは出来ない。だから仕方なく彼女が退社するのを待って家まで後をついて行く。
「彼女はここに住んでいるのか…」
閑静な住宅街の一軒家。彼女が家に入ると部屋に暖かい明かりが灯った。
「これから夕食の準備かな…。それかお風呂かもしれない」
…脱衣所で下着を脱ぎ、風呂に入る彼女を想像した。
ゆっくり湯船に浸かり、今日の疲れを癒して欲しいと願う。
「おやすみ」
彼女におやすみのキスするイメージをしながら、俺はその場を離れた。
一方で俺の自宅。
妻の方が先に帰っているくせに、部屋が散らかったままだった。
うっかりあーちゃんのおもちゃを踏んで足が痛い。
絵本を手にしたまま、布団からズレたところであーちゃんと一緒に寝ている妻。
寝る前に部屋くらい片付けろよ。
こいつさえいなければ、今すぐにでも彼女と結婚出来たのに。出会う順番を間違えた。運命とはなんて残酷なんだろう。
だらしなく眠る妻を放置して、風呂に入る。
湯船に浸かって彼女のことを思いだす。
「家もわかったし…」明日から会社の帰りにちょっと寄ろう。
自由に彼女の顔が見れるのだとあれこれ想像すると、ずぼらな妻のことなんてどうでも良くなった。
翌朝、喉が痛いと言う妻の馬鹿さ加減に腹が立った。
「ちゃんと布団で寝ないからそうなるんだよ。俺とあーちゃんに風邪うつさないように気をつけてよ」
一言言って家を出る。
風邪をうつされたら困るので、それから数日は妻のことを避けるようにして過ごした。
。。。
あれから俺は彼女の望み通り、仕事とプライベートは分けるように接している。
みんなの前では極力彼女には接しないように。でも、二人きりになった時は恋人の時間を楽しむように声をかける。そんな秘密の時間を味わっていた。
しかし最近は彼女が一人になることがほとんどない。彼女は何をするにも担当者から離れる事はなく、また、担当者も彼女から離れない。
「チッ、俺と彼女の仲に嫉妬してんのかよ」
担当者の邪魔が入り、なかなか彼女と接触することが出来ない日が続いたある日。担当者から「彼女は別の仕事に移った」と聞かされる。
新しい助っ人として現場に来たのは使えなさそうな男だった。
会えない日々で彼女に寂しい思いをさせてはいけないと思い、今日は退社後に彼女が使う駅で待ち合わせをすることにした。
帰宅を急ぐ人が溢れる駅。そんな人混みの中からでも、彼女は光って見える。
「おかえりなさい」
改札から出てきた彼女に手を振る。
「サプラ〜イズ」
俺を見つけた時の驚いた彼女の顔。嬉し過ぎて声も出ない様子だ。
「突然で驚いた?今日は会えなかったから…顔が見たくなって」
待ってる間に冷めてしまった缶コーヒーを彼女に渡そうとしたが、彼女は受け取らなかった。
「…………なんで…ここに…」
「何でだと思う?愛の力…かな?(笑」
「…どうして私が使う駅を知っているんですか?あの、私結婚しているんです。だからこういうの迷惑なんです」
「あ、気にしないで。俺も結婚してるから。さ、家まで送るよ」
「家も知っているんですか?!」
「当たり前でしょう」
「今すぐ主人に迎えに来てもらいますので送って頂かなくても大丈夫です」
彼女が震える指で何処かへ電話した。
「わざわざご主人を呼ばなくても俺が送ってあげるよ?」
後ずさる彼女と手を繋ごうと思って手を伸ばす。
「やめてください!!これ以上近づくと警察を呼びますよ!!」
騒ぎに気づいた周りの人が携帯のカメラをこちらに向けはじめ、誰かが呼んだのか駅員が走ってくるのが見える。
サプライズは彼女を必要以上に驚かせ過ぎてしまったようだった。
「ごめんごめん。驚かせちゃったね、また日を改めるね」
またねと手を振り急いでその場を去った。
なんとなくやるせない思いで家に帰ると、妻と子どもがいなかった。真っ暗で暖房もついてなく冷え切った部屋。
電気をつけてみると、やけに部屋がさっぱりしている。
いつもは足元に散らばっているあーちゃんのおもちゃが一つもない。そしてテーブルの上には封筒が一つ。中を見てみれば記入済みの離婚届。
「はあ?なんのつもり?」思わず声が出た。
それと、事務的なメモのような手紙。
「これ以上あなたと結婚生活を続けるのは無理です。離婚します。慰謝料と養育費、財産分与などの話し合いは、後日弁護士のもとですることになります。何かあれば私ではなく弁護士に連絡してください」
足元にパラリと落ちた弁護士の名刺を踏みつける。
すぐに妻に電話して、妻が出ると同時に今まで我慢してきたことをぶつけた。
「離婚なんて何勝手に決めてんだよ!慰謝料なんてこっちがもらいたいくらいなんだよ!俺から離婚を言うなら納得出来るけど、なんでお前が切り出すんだよ!ふざけるな!………!……!……!!…」
一通り言いたいことを言うと、電話の向こうから低い声がした。
「君の言い分はよくわかった」
電話に出たのは義父だった。
「っあ…お、お義父さん、、、あの、違うんですこれは…」
「娘を幸せにすると言う君を信じて託した私の…今の私の気持ちが君にわかるか?娘は返してもらう。そのためならどんなに時間をかけても構わない。君もその覚悟でいてくれ」
そう言われ電話は切られた。
言い訳さえさせてもらえず、なんて一方的なんだろう。けれど義父を相手に敵うわけないと頭を抱えた。でもしばらく考えていたら彼女の笑顔が浮かんだ。そうだ、離婚すれば…彼女と結婚出来るんだ。
なんだ、じゃあ離婚でいいか。財産分与だって俺より妻の方が年収が高いんだし、もしかしてこれは美味しい離婚かもしれない。
俺はペンを取るとすぐに離婚届に書き込んだ。
明日の朝1番で役所に出そう。そうすれば晴れて自由だ。俺が独身に戻れば彼女もきっと旦那さんと別れてくれるはず。
出社前、役所に寄り離婚届を提出する。
これで自由。
「彼女へのプロポーズはどうしよう。花束を用意して…」などなど久しぶりに楽しい気持ちで会社に急ぐ。
「今日は直接彼女の家に向かう事にしよう…」駅は人が多すぎて良くなかった。
昨日の失敗を反省しつつ自分のデスクに座ろうとした時、上司に呼び出された。
「どういうつもりで協力会社の社員さんの家を調べたんですか?向こうから苦情が入ってますよ。これ、君だよね」
上司に動画を見せられる。
昨日の駅での騒動がもうネットに拡散されていた。
「少し前から君が彼女に付き纏っている、行動が行き過ぎていると苦情が入っていたんです。こちらも調べてから対応するつもりでしたが、その前に昨日の騒ぎが起きてしまいました。もう言い訳出来ないですよ」
「付き纏いなんて誤解ですよ。彼女と私は愛し合っているんです」
「君の中で彼女とはどういう関係だと?」
「彼女との出会いは運命です。彼女と俺は愛し合っているんです」
「君も彼女も既婚者ですよ」
「わかっています。ただ、出会うのが遅かっただけです。それと俺は妻とは離婚しました。さっき役所へ離婚届を提出しています。だからもう独身なんです。近いうちに彼女にプロポーズするつもりです」
ちょっと興奮してしまった俺に驚いた様子の上司が、落ち着けとばかりに掌をこちらに向けた。
「こんな事言いたくないけれど。君のしている事はストーカー行為に当たるんですよ」
「ストーカーではないです!彼女は俺を受け入れ、愛してくれています!」
「…本気で言ってるの?」
「逆に嘘でこんな事言うと思いますか?」
それからしばらく話し合いを続けたが、彼女は運命の人だと何度言っても理解してくれない。
そしてしばらくの自宅謹慎を告げられた。
家に戻りこれからどうしようかと考えていると、ちょうどよく元妻の弁護士から連絡が来たので、会社の不当な扱いを相談した。
全ての話しを聞いたくせに「仕事の依頼であれば別の弁護士に頼んでください」と拒否され、妻に対するモラハラの慰謝料などの説明を聞かされる。
「ちょっと待ってください!俺はモラハラなんてしていません!妻は家事をサボっていたんです!」
「あなたは家事を手伝いましたか?」
「家事は女がやるべきです。俺は仕事が忙しくて出来ないんです」
「共働き、しかも小さなお子さんがいる家庭なら、夫として、父親として手伝うのが当然なんですよ。あなたはそれを放棄していますよね?それから、先程話された内容の確認もしないといけません。場合によっては慰謝料が変わってきますので、またこちらから連絡します」
数日後。妻側の弁護士から、慰謝料と養育費の一括振り込みの請求をされた。共有財産の財産分与分から支払ったため、俺の手元に1円も入らない。それどころか足りない分を借金するはめになった。
そして会社から厳重注意と、地方転勤を命じられた。
部署を移動したせいで給料も下がってしまい、今も借金返済が苦しい。
なんでこんな事になったんだ?
俺から全てを奪ったのは元妻だ。
今日もまた、8年前の出来事をなぞるように思い出し、あの時と同じ事を自分に問う。
8年もの間、毎日同じように思い返し、何度も何度も考えたが元凶は元妻意外考えられなかった。
金も子どもも家庭も彼女も、俺から全てを奪ったのは元妻だ。
元妻をどうしても許せない。
元妻さえいなければ俺の人生はこんな事にならなかった。
妻さえいなければ。
妻さえいなければ、今頃彼女と幸せな家庭を築いていたはずだ。と。




