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赤井寺市

「あー! 吉田さん、ごちそうさま! ありがとございまーす!」

「ご、ごちそうさまでした……」


 デザートまでぺろりと平らげた夏実と美咲は、店の外でそれぞれ礼を言った。胃袋は満たされたが、美咲の胸の奥はまだざわざわしている。


「水原さん」


 突然、名前を呼ばれ、びくっと肩を震わせた美咲は、思わず声を裏返す。


「は、はいっ!」


「おいしかったですか?」

「……はい」


 吉田は笑みを浮かべてうなずいた。その表情は30代くらいの男性に向かって大変失礼な表現だが、田舎のおじいちゃんと話しているかのような安心感を与えてくれる。


「それじゃあ、吉田さん。約束どおり、例の場所へ行こっか!」


 夏実は満腹の笑顔を全力で輝かせる。


「はい。行きましょうか」


 吉田が歩き出すと、2人もぞろぞろ後を追う。


「ね、ねえ夏実。例の場所ってどこ?」


 美咲は慌てて耳打ちする。食後にどこかへ行くなんて話、初耳だ。


「あれー? 美咲には言ってなかったっけ?」


 夏実はわざとらしく首をかしげ、にやりと白い歯を見せる。


〝絶対わざとだ……〟


 1年近く友人をやってきて、もう分かる。この顔は「なにか企んでます」のサインである。問い詰めても絶対まともな答えは返ってこない。


「まあ、すぐ分かるから大丈夫!」


 案の定、はぐらかされた。


 エレベーターで1階へ降り、ビルを出ると、吉田は近くのコインパーキングへ向かう。そこには銀色のワンボックスカーが待ち構えていた。


「それでは、どうぞ」


 促されるまま後部座席に乗り込むと、後ろにはダンボール箱が2つ。妙に無言で圧をかけてくる。


 エンジンがかかり、車は南へ走り出した。


〝あれ……北じゃないの?〟


 美咲は意外に思った。大阪には「キタ」「ミナミ」という二大繁華街がある。どちらも天王寺より北側にあるので、てっきりそちらに行くのかと想像していたのだ。だが、窓の外の景色はどんどん郊外へ。


 歩道の人影は減り、車の数ばかりが増えていく。高層ビル群は消え、目に入るのはチェーン店やガソリンスタンドの看板ばかり。やがて、車は大阪市の外を出て、さらに南に走る。


〝ここから南の方向って、住宅街しかないんじゃ……? ていうか、これほんとに大丈夫?〟


 不安が胃にじわじわ広がる。確かに吉田は人がよさそうに見える。でも、それは“表の顔”かもしれない。世の中には、外面だけは立派で裏で悪巧みする大人だってゴマンといるのだ。


 そして、もうかれこれ大阪市内を出て30分以上もの時間が経過した。


 後部座席の背後に積まれたダンボールに視線を向ける。


〝あれ、中身なに? 撮影機材? いや、まさか……〟


 どんどん妄想が膨らんでいく。


 そして、美咲は夏実の耳元で呟く。


「夏実、お願い! 『トイレ行きたい』って言って。そしたら逃げよう!」


「はあ? トイレ行きたいなら自分で言えよ。それに、もうすぐ着くから安心しろって」


「えっ!?」


 夏実の言葉どおり、車は巨大な屋外駐車場に入って停まった。


「着きました」


 吉田がドアを開けてくれる。美咲は夏実の背中に隠れるように車を降りる。


「ここは?」


赤井寺(あかいでら)市さ」


「赤井寺市……?」


「そう、大阪府の南東。南河内にあるベッドタウンだよ」


 夏実はさらりと説明するが、美咲にとっては初耳の地名だ。大阪に来て1年。そして、実は美咲は京都や神戸なら行ったことがあるが、大阪市より南は完全に未知の世界。


 そんな彼女の前に、コンクリートむき出しの巨大な壁が立ちはだかった。10数メートルの高さ。ところどころくすんでひび割れ、まるで西洋の城門のような重厚さだ。


 アーチ型のゲートには、アルファベットでこう記されている。


「Red Bulls Stadium」


〝え、スタジアム……?〟


 未知の空間に足を踏み入れる本能的なざわめきを感じながら、美咲はつぶやいた。


「ここは?」


「ここは赤井寺球場。大阪唯一のプロ野球チーム――『大鉄(だいてつ「)レッドブルズ』の本拠地さ!」


「大鉄レッドブルズ……」


 聞き慣れない名前。だが「大鉄」といえば、あの大鉄電車。正式には「(だい)おおさか電気鉄道」。営業距離は日本一、とくに奈良や三重などでは、JRよりも影響力が強い関西一円を走る巨大私鉄だ。


「ちなみにさっき飯食ったあべの雲翔楼も、大鉄グループが建てたんだぜ。そして、その大鉄を親会社に持ちプロ野球に参加して70年以上、それがレッドブルズ。ここが本拠地ってわけ!」


 夏実は胸を張って語る。


「でも、なんでわたしたち、ここに来たの?」


 美咲が問いかけると、夏実は数秒だけ沈黙し、にやりと口角を上げた。


「決まってんだろ。美咲はまだ踊り足りないって言ってただろ? だから、この球場で踊るんだ!」


 目が点になる美咲を尻目に、夏実は堂々と宣言したのだった。

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