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昼食

「それでは、行きましょうか」

「はーい!」


 吉田の柔らかな提案に、夏実は元気いっぱいに返事をした。まるで近所のおじさんにジュースでも奢ってもらうかのような気軽さである。


 あべの雲翔楼の館内は休日の賑わいでごった返していた。家族連れや観光客、買い物帰りの人々でエレベーター前には長蛇の列。展望台行きの直通便はすでに行列で埋まっており、待ち時間の表示は「45分」と光っている。だが3人は、そこまで昇らず15階のレストランフロアで降りることにした。


 フロアには和洋中そろい踏み。目移りするほどの看板とサンプルが並んでいる。吉田は丁寧な声で問いかけてきた。


「なにか希望はありますか?」


 美咲はショーウィンドウの前で足を止め、洋食屋のディスプレイに目を奪われる。テカテカ光るデミグラスソース、真っ白な陶器に盛られたオムライス。〝うわぁ、美味しそう……〟と思ったが、遠慮が先に立って言い出せない。


 その沈黙をものともせず、夏実がぱっと口を開いた。


「洋食屋! 肉! 即決!」


 こうして、美咲の心の奥を読んだかのように、昼食は洋食屋に決まったのだった。


 昼食時の店内は8割ほど席が埋まり、活気に包まれている。運よく窓際の席が空いており、3人はそこに腰を落ち着けた。


「わぁ……綺麗」


 窓の外に広がる景色に、美咲は素直に声をもらす。ビル群の先に、かすむように連なる生駒山。青空が一枚の絵のように広がっている。


「なー、今日は本当に遠くまで見えるな!」

 夏実の言うとおり、ここには風は吹いていないはずなのに、窓越しの景色だけで頬をなでる風を感じる気がする。


「私、大阪に引っ越してきてもうすぐ1年だけど……実は、ここ来たの初めてなんだよね」

「へー! よかったじゃん。ちなみに、あたしも初めてだわ」


「え? 夏実って、大阪生まれ育ちでしょ?」

「大阪生まれ大阪育ちだと意外と、こういうとこ来ないもんなんだよ。通天閣すら登ったことないしな」

「ええっ……ほんとに?」

「美咲だって東京いた時、スカイツリーや東京タワー行ったか?」

「……1回もないかも」

「ほらな!」


 なんだかんだで説得力がある。そんな話をしているうちに、前菜のサラダとスープが運ばれてきて、美咲と夏実はあっという間に平らげた。


「それで、おふたりは高校のご友人なんですか?」


 静かにこちらを見守っていた吉田が、やわらかな声で問いかけてきた。


「うん! 美咲は東京から引っ越してきて、同じクラスになったんだ」


 夏実が即答してくれる。人見知りな美咲にはありがたい。こういう時、夏実はいつも矢面に立ってくれるのだ。


「あの公園にはよく行かれるんですか?」


「うん。休日はだいたいダンスかカラオケ。美咲はアイドルがほんと好きでさ。あたしが止めないと、日が暮れるまで踊ってるんだ。それにあたしが付き合わされてるって感じ」


 吉田は相づちを打ちながら笑みを浮かべる。その眼差しは柔らかいけれど、どこか観察されているような妙な緊張感を、美咲は覚えていた。


 そこへ、鉄板にのったアルミホイル包みがサーブされる。店員が器用にナイフで開くと、ぶわっと白い湯気が顔を包んだ。


「わぁ……」


 デミグラスソースの香りと、肉汁が弾ける音。美咲は思わず笑顔になり、ナイフを入れた。


〝んー、美味しい❤〟


 期待を裏切らない味に、思わず心の中で小さく叫ぶ。隣では夏実が「うまいうまい!」とご機嫌にライスをかき込んでいる。


 けれど、気になるのは値段だ。セットにはサラダもスープもコーヒーもデザートもついている。ランチにしては破格。3人分となれば……。


〝なんで、この人は……わたしたちにご飯を奢ってくれるんだろう?〟


 向かいの吉田は、柔和な笑顔のまま2人の様子を見守っている。やましい気配はない。けれど、理由がわからないこと自体が落ち着かない。


 その時――。


「……あれが、そうなのね」

「よく恥ずかしくないわねぇ」


 テーブルの横を通りすぎた年配の女性2人組が、怪訝そうな視線を投げてきた。美咲の耳に、ひそひそ声がしっかり届く。


〝え……?〟


 頭の中で嫌な想像が膨らんでいく。


〝これって……パパ活に見られてる!?〟


 血の気がすっと引いた。スーツ姿のおじさんと、女子高生ふたり。親子には見えない。世間の目には、そう映るのだ。


〝ち、違うもん! 違うんだけど……違うって説明できない!〟


 心臓がバクバクして、スプーンを持つ手が小刻みに震える。


「美咲、どうした?」


 夏実が怪訝そうに覗き込む。美咲は小声で訴えた。


「ね、ねえ……これ、変に思われてるんじゃ……」


「あー、大丈夫大丈夫!」


 夏実はあっけらかんと笑い飛ばす。


「美咲が心配してることなんか起こらないから。安心してメシ食え!」


 そう断言されると、かえって不安が増すのはなぜだろう。けれど、夏実の頼もしさに引っ張られるように、美咲はどうにかフォークを口に運ぶのだった。

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