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後悔

〝あーあ、どうして、わたしはいつもああなんだろう……〟


 コンビニの自動ドアをくぐった瞬間、暖房の熱気が顔にかかって思わずため息がもれる。たいした用もないのに勢いで飛び込んでしまったのだが、美咲は一歩足を踏み入れた途端に、ひとりで自己嫌悪の渦に沈み込んでいた。


 とくに目的もなく菓子パンやスナックの並ぶ棚まで歩き、視線はチョコレートコーナーを漂っているが、心の奥では別の記憶がざわめいていた。


 物心ついた時からアイドルに憧れていた。テレビの中で歌って踊る彼女たちに夢中になり、恋をするように胸をときめかせた。気づけば、世間一般の遊びやゲームよりも歌とダンス。学校帰りも、休日も、練習ばかりしていた。それが努力だなんて思ったこともなかった。ただ楽しかった。ただ「もっと上手くなりたい」と思って続けていただけだった。


 そして東京で育った美咲は、当然のようにオーディションへと足を踏み入れた。ライバルの子たちは皆かわいく、きらびやかで、自信にあふれていた。自分だって負けてはいない。むしろ「これならわたしのほうが上かも」なんて、こっそり思う瞬間さえあった。


 ――けれど、現実はとことん残酷だった。


 いざ自分の番になると、急に心臓が早鐘を打ち始め、全身からべったりとした汗が吹き出す。声は喉に貼りつき、ようやく出せたと思えば震えてかすれて、別人の声みたいに頼りなかった。得意なはずのダンスでも、頭が真っ白になり、足はもつれて、情けなく尻もちをつく。何百回練習した振り付けも、まるで記憶の穴に落ちたみたいに消えてしまった。


 ――わたしって、あがり症なんだ。


 その事実を突きつけられるまで、時間はかからなかった。回数をこなせば克服できるはずだと信じ、何度も挑戦した。だが、むしろ最初の失敗がフラッシュバックして、パフォーマンスはどんどん縮こまり、力の一割も出せなくなる。


 繰り返される落選通知。重ねるたびに、夢よりも不安の方が濃くなっていった。そんな折、父の転勤で東京を離れることになった。大阪への引っ越しは、夢に区切りをつける格好の理由だった。


 だから今、ここにいる。高校生の美咲は、夢を封印し、夏実という気の合う親友と、休日に歌やダンスを楽しむ。それで十分――そう自分に言い聞かせている。


 それなのに。


「もう一度、オーディションを受けてみろよ」

 

 彼女の目は、美咲が「もう二度と見ない」と決めたはずの光景を映していた。スポットライトの下で輝く舞台。ステージに立つ夢。美咲の心の奥底に、まだ燻っている火種。

 

 夏実はそれを分かっていて、あえて言葉にしたのだ。


〝美咲は、もう一度目指せるんじゃないの?〟


 言外にそう告げられた気がして、胸がぎゅっと掴まれた。


 本気で心配しているのだと分かっている。夏実の性格を考えれば、わたしを無理やり引っ張ろうとするつもりもない。ただ――彼女は願っている。わたしが再び舞台を夢見てくれることを。


 だからこそ、怖かった。


 その期待に向き合えば、再び、あの耐えがたい挫折を味わい、自らの限界を思い知らされるかもしれないーー。そう思った瞬間、体が勝手に拒絶して、声を荒げて、あの場から逃げ出してしまった。



 たった一言で、胸の奥に隠していた「まだやりたい」という未練が疼いてしまう。八つ当たりみたいに夏実に声を荒げてしまったのは、そのせいだ。彼女がただ心配してくれているだけなのは分かっているのに。


 〝ほんと、最低だな、わたし〟


 俯きながら菓子棚に手を伸ばす。そこには夏実の好物のチョコレート菓子。レジに持っていく手の震えは、冬の寒さのせいか、それとも罪悪感のせいか。


 せめてこれくらいは、謝罪のしるしになるだろうか。


 いや、なるといいな。

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