プロ野球史上最低の3年連続開幕投手
試合の流れは、相変わらず救いがなかった。
レッドブルズのピッチャーは、さっきから四球と被安打を交互に出している。スコアボードの数字だけが着実に増えていき、観客席からはため息とも怒号ともつかない音が断続的に響いた。
そして、無情にもマイクを通した声が場内に響く。
『お客様にお願い申し上げます。グラウンド内に物を投げ入れないでください――』
うぐいす嬢の澄んだ声が、なんとも虚しくスタンドにこだまする。
どう考えても「お願い」ではなく「警告」だった。
控室のモニター越しにその光景を見つめながら、美咲はため息を飲み込んだ。
――お願いされないとわからないの? この人たち。
それでも、紅子はモニターを見ながらポテチをつまみ、まるで日常茶飯事みたいな顔でぼそりとつぶやく。
「ピッチャーは中村かぁ……」
紅子のつぶやきに美咲が質問する。
「いま投げてる中村選手って、どんなピッチャーなんですか?」
「かつては三年連続開幕投手も務めてたりした事もあるベテラン投手なんやけど、とにかく調子の波が激しくてな。とくに今みたいにストレートが走ってないと、決め球のストライクからボールになるフォーク見逃されて、とたんにカウントが厳しくなってストレートを狙い撃ちされるんが、お約束や」
この“お約束”という言葉に、すべてが凝縮されている気がした。
「ちなみに、開幕投手と務めていた三年間のシーズン成績は7勝8敗、8勝9敗、8勝14敗。うちは密かに『プロ野球史上最低の三年連続開幕投手』って呼んどる」
気が滅入りそうな空気をなんとか変えたくて、美咲は話題を試合展開から紅子自身に変える。
「紅子さんは、いつくらいからレッドブルズを応援してたんですか?」
「いつから、かぁ……」
紅子はポテチの袋を膝に置き、遠くを見ながらぽつりと言った。
「うちは球場から徒歩5分のとこに住んどる、生粋の赤井寺市民やからなぁ。気づいたら、球場におった感じや」
その“気づいたら”の軽さに、美咲はちょっと笑ってしまう。
「それで、ちょうど5年前にな、チアリーディングチーム作るっちゅう話が出て、冷やかし半分でオーディション受けたら、なんか受かってもうて。気づいたらリーダーや」
紅子は肩をすくめ、悪びれもせず笑った。
「気づいたら」が多い人だな――と美咲は心の中でツッコミを入れる。
どうやら、彼女の人生は“気づいたら流されていた”で構成されているらしい。
「でも、すごいですよね。ずっとチームを支えてるって」
「すごないすごない。うちなんか、ただの地元のおばちゃんや」
紅子は笑いながら、飲みかけのペットボトルを掲げる。
「それに、南河内のおっさんどもは気性が荒いからなぁ。あいつら、応援っちゅうより八つ当たりしに来とるだけや」
紅子は少し間を置いて、くくっと笑った。
「せやけどな、うちのジーさんが言うとった。これでもマナーはだいぶ良くなったほうや、って」
「……え?」
思わず聞き返す美咲。
「昔は負け試合になると、メガホンだけやなくてビール瓶も投げ込むアホがおったらしいわ」
「び、ビール瓶!?」
「そうそう。昭和やからガラス瓶やで。あの頃のピッチャーは、物理的にも命がけやったらしい」
紅子はまるで笑い話のように言うが、美咲には全く笑えなかった。
今でもスタンドからは「ボケ!」「死ね!」なんて野次が飛び交っている。
――これで“マシになった”の?
脳内で「令和」と「昭和」を比較しようとしたが、どっちもアウトな気しかしなかった。
紅子はモニターを見ながら、苦い笑みを浮かべる。
「でもな、美咲。うち、あの荒っぽさも嫌いやないねん」
「えっ?」
「なんやろなぁ……令和のいまどき、どの球場もファンのマナーがよくなって、こんな現代基準で『アウト』なファンがみられる場所なんて赤井寺球場くらいなもんや。昭和の体験できるテーマパークと考えれば、おもろいっちゃあ、おもろい」
紅子は捨て鉢気味ケラケラ笑う。その笑い方があまりにも自然で、美咲はちょっと呆れながらも、なぜか安心してしまう。
――この人、本当に根っからの赤井寺の人なんだ。
負け癖も、乱暴なファンも、全部ひっくるめて愛してる。
それが紅子という人の強さなんだろう。
ただ、美咲はひとつだけ確信していた。
自分はこの先どれだけこのチームを応援しても、
「メガホンを投げて愛を伝える」タイプには、絶対になれないだろうということを。




