ホーム開幕戦。1回のオモテで一死もとれずに内野陣がピッチャーの周りに集まっている時の絶望感
夕暮れへと向かう光がまだ柔らかく、街のざわめきが少しずつ球場の方へ吸い寄せられていく頃。ナイターの幕開けにはまだ間があるのに、空気はすでに「これからの楽しみ」を予感させてふくらみ、ファン胸をそわそわと揺らしていた。。外壁の出入り口付近には仮設のステージが組まれ、ファンの流れを吸い寄せるように人垣ができている。その壇上に、私たちスカーレット・フレアが並んでいた。
今日の初仕事――トークショー。
試合前の余興のひとつ、と言ってしまえばそれまでだけど、美咲と夏実にとってはデビューの場。足元がまだ慣れないハイカットの白スニーカーで壇上に立ちながら、内心は冷や汗タラタラだ。
進行役はもちろんリーダーの紅子。マイク片手に軽快なツッコミとボケを繰り返しながら、観客の笑いを攫っていく。さすが場数を踏んできた人は違う。美咲と夏実はというと、紅子に振られた質問に素直に答えるだけで精一杯だ。
「どうしてスカーレット・フレアに?」
「趣味は?」
「将来の夢は?」
まるで学校の自己紹介を延々とやらされている気分。なのに、不思議と笑顔は作れていた。
「ホーム開幕戦って言われて、まっさきに思い浮かべるのは今から16年前。ウチがまだ小学生のときやったかなぁ。その日のウチは試合開始からちょっと遅れて球場入りしたんやけど、いきなりノーアウト・満塁のピンチで内野陣がピッチャーの周りに集まってたんや。7回や8回ちゃうで。1回のオモテやで。あの時は、ホンマ絶望したで。待ちに待ったホーム開幕戦でいきなり見せられた光景が『これかい!』って。案の定、その年レッドブルズは最下位やったなぁ……」
いつのまにか、根っからのレッドブルズファンである紅子の独演会と化すステージ。しかし、そんな中でも、観客席の最前列から美咲に対して「美咲ちゃん、かわいい!」「オープン戦で見たよ!」と声が飛んでくる。頬が熱くなるけれど、それに応えられる自分にちょっと驚いた。
――けれど。
分かっていた。ここに集まった人たちの本当のお目当ては、美咲でも夏実でも、紅子さんですらない。
今日のトークショーの主役は、あくまでも新規加入の美咲と夏実。それにひきかえ、鏡花は壇上の端で控えめに佇むだけ。
でも、ただそれだけで、視線を総ざらいにしてしまう。観客の声援の大半は、彼女の名を呼んでいた。「鏡花さーん!」「今日もきれいー!」。紅子や美咲たちが必死にしゃべっている横で、彼女はほんの少し微笑んで相槌を打つだけ。その仕草だけで主役を食ってしまうのだから、もはや才能とかそういう次元ではない気がする。
内心、ちょっと悔しい。でも、同じくらい見惚れてしまう。
そういえば紅子さんが言っていた。「鏡花はなぁ、他球団のチアどころか東京のモデル事務所からもスカウト来てるんやで。全部断っとるけどな(あと、某フリマサイトでレッドブルズのどの選手のサインボールよりも鏡花のサイン色紙のほうが高値で取引されれていることも教えてくれた)」あまりに自然に溶け込んでいるから忘れそうになるけど、鏡花さんって実はとんでもない人なんだ。芸能界に行けばもっと華やかな舞台に立てるだろうに、どうしてレッドブルズ――しかも、あの「球界の排泄物」呼ばわりされている最下位常連チームのチアに?
その理由を考えようとしたけれど、壇上に飛んでくる「鏡花さーん!」の声援にかき消されてしまう。横で夏実が「すごい人気だな……」と目を丸くしているのが、妙に現実的でおかしかった。
観客の歓声、春の午後の風、そして胸の奥でざわつく疑問。
私のデビュー戦は、思った以上に複雑な感情で幕を開けていた。




