一員
そして、美咲たちスカーレット・フレアは、声援を送ってくれるわずかな観客に手を振りながら、ゆっくりとグラウンドを後にした。胸の奥で鳴り響く心臓の鼓動が、まだパフォーマンスの余韻を伝えている。
通路に入り、完全に観客からの視線が届かない場所にたどり着いた瞬間だった。
「やったじゃん、美咲!」
夏実が弾む声とともに、飛びつくように美咲に抱きついてきた。その体温が、緊張で冷えていた私の体をじんわりと温める。
「……うん。ありがとう」
そう返したものの、瞳には熱いものが込み上げてきていた。必死に抑えようとしても、涙は勝手に滲んでくる。
夏実の声は明るかったけれど、その奥に隠された願いを美咲は知っていた。――美咲にもう一度、華やかな舞台を目指してほしい。彼女はきっとそう思っている。その気持ちを理解しているからこそ、美咲はこれまで逃げてきたのだ。けれど今日、逃げずに踊れた。だからこそ、涙が止まらなかった。
あまりの美咲たちの喜びように、紅子が首をかしげる。
「なあなあ、どういうことや? なんでそんな泣くほどのことなん?」
「あー、じつは……」
夏実が事情を説明してくれた。美咲のトラウマ、人前で踊れなかった過去、そして今日が初めてだったことを。
「ほな、人前で踊るん自体、今回が初めてやったんか?」
紅子が目を丸くする。美咲は小さくうなずき、涙を拭った。
「……おめでとう」
そのとき、鏡花が静かにハンカチを差し出してきた。柔らかな微笑みを浮かべるその姿に、胸の奥がざわつく。
どうしてだろう。彼女は、パフォーマンスの前からも美咲に優しかった。なぜ見ず知らずの美咲に、ここまで温かくしてくれるのだろう。疑問を抑えきれず、口に出してしまった。
鏡花は少しだけ目を伏せ、それからゆっくりと答える。
「あなた、今日の朝、天王寺公園で踊っていたでしょ?」
「……え?」
心臓が跳ねた。確かに、夏実と待ち合わせる前、私はあの公園で体を動かしていた。人前で踊るのは怖い。でも、どうしても抑えきれなくて、誰もいないと思って踊っていたのだ。
「偶然通りかかって……見てしまったの。そして、あなたのダンスを見終わって、しばらくは駅に向かって歩いてた。でも、気づいたら私も踊っていた。なんだか、あの瞬間、心が熱くなって……」
鏡花は言葉を探すように、小さく息を吐いた。
「その時から、名前も知らないあなたと一緒に踊ってみたいって、漠然とだけど思ってたの」
運命――そんな言葉が頭に浮かんだ。
美咲も、公園と球場で彼女のダンスを見て胸が震えた。どうしても目が離せなくて、同じ舞台で踊ってみたいと、心の底から思ってしまった。でも、朝、あの時見たダンスは、美咲が踊っていたのを見た後だったんだ。
「……私も同じ。鏡花さんのダンスを見て、そう思ったの」
まるで神様がいたずらに糸を結んだみたいだ。朝の公園で、互いに気づかぬまま想いを抱き、そして同じ日に再会するなんて。偶然と呼ぶにはあまりに出来すぎていて、けれど確かに美咲たちは、同じ衝動に突き動かされていた。
そうして美咲は夏実と共に、スカーレット・フレアの一員となった。逃げていた過去を少しずつ乗り越えて。仲間とともに、新しい道を歩み始めたのだった。