初陣
グラウンドに音楽が流れた瞬間、美咲の体は反射するように動き出していた。
自分でも驚くほど自然に、腕が伸び、足がステップを刻む。かつて幾度となく挑戦してきたアイドルのオーディションでは、緊張に押しつぶされるように体が強張り、思うように動けなかった。審査員の視線に晒されるたび、心は縮こまり、声も出なくなった。けれど――今は違う。
もちろん緊張はあった。胸の奥がぎゅっと掴まれるような感覚も、手足の先が冷たくなる感覚も消えてはいない。だがそれは「自分を縛る枷」ではなく、「集中を研ぎ澄ませるための刃」だった。ほんの少しの震えさえも、リズムに乗せれば力に変わっていく。
なによりも――憧れの鏡花と並んで踊っている。その事実が、全てを照らし出していた。
振り付けの合間にふと視界に入る鏡花の横顔。凛とした姿勢、指先まで研ぎ澄まされた動き。美咲が夢見て追いかけてきた「理想」が、今はすぐ隣にある。その隣で自分も同じステップを踏んでいる――ただそれだけで、胸の奥が熱くなり、涙がにじみそうになる。
観客は少なかった。野球の勝利に沸くスタンドの多くは、グラウンドの中央で踊る彼女たちに注目してはいない。ちらりと見やる人もいれば、帰路を急ぐ観客もいる。歓声も、アイドルのステージのように自分だけに向けられたものではない。
それでも――構わなかった。
芝の上に響く自分のステップ音、腕を振るたびに感じる風の抵抗、照明に照らされてできる影の輪郭。そのすべてが「舞台」であり、そこに自分は確かに存在していた。
〝わたしは今、人前で踊っている〟
その実感が、胸を満たしていった。
時間の感覚は曖昧だった。客観的に見れば、数分にすぎなかっただろう。けれど美咲にとっては、永遠のように長く、同時に刹那のように短かった。気づけば音楽は終わり、決めのポーズのまま静止している自分がいた。
観客の拍手はまばらだった。けれど、その拍手は確かに届いた。少なくとも数人は、自分たちのダンスを見てくれていた。
――それで充分だ。
肩で息をしながら、美咲は胸の奥にじんわりと広がる温かさを噛みしめた。
今までの自分なら考えられなかった。あがり症で、人前に立つと足がすくんでしまう自分が、こうして踊りきったのだ。
〝わたし、人前で踊れたんだ〟
その確かな感慨と達成感は、観客の数や声援の大きさに左右されるものではなかった。
舞台の恐怖を乗り越え、初めて「舞台の喜び」に触れた瞬間――美咲は心の奥で、そっとその事実を抱きしめるのだった。