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クソみたいに弱くていい加減なチーム

 赤と白のユニフォームに身を包んだ四人の女性たち。もちろん、7回ウラの攻撃前にフィールドで華やかに舞っていた『スカーレット・フレア』のメンバーだ。


 今まさに出番を控えた彼女たちは、戦場に向かう兵士のように集中した面持ちをしていたが、突然現れた吉田と美咲たちを見て、ぽかんと口を開けてしまった。驚きが揃って四人の表情に浮かぶ。


「ちょい、なんなん? 吉田さん。うちら、これから本番やで。用があるんなら後にしてぇや」


 真っ先に声を上げたのは、ショートカットの女性だった。20代前半ほどだろうか、張りのある声と歯切れのいい関西弁が、部屋の空気を明るく変えてしまう。

 その立ち位置や周囲の空気を握る自然さから、美咲は「あ、この人がリーダーだ」と直感した。


 吉田は申し訳なさそうに頭を下げながら切り出す。

「急で申し訳ありません。じつは、かねてから皆さんが希望していた新規メンバーの加入が決まったので、紹介させてください」


「今ここでぇ?」とショートカットの女性が呆れたように眉をあげる。

「はい。紹介します。こちら、水原美咲さん。そして岩田夏実さん。同じ高校の同級生です」


 紹介された途端、リーダーらしき女性の瞳がじろりと動いた。まるで怪しい壺を鑑定するかのように、美咲たちを値踏みする。

 その圧に思わず背筋が硬直する。胸の奥で「やっぱりダメなのかも……」と弱気な声がささやいた。


「あんたら、『スカーレット・フレア』に入ってくれるん?」

「は、はい……」声が震え、情けないほど小さくなってしまう。


「ホンマにええんか? うちの球団はファンも少ないし、おっさんたちはガラ悪いし、華やかさなんて欠片もない最悪な環境やで」


 ぐさりと胸に刺さる現実。けれど、ここで怯んだらすべてが無駄になる。美咲は必死に唇を結び、なんとか返す。

「……もう、決めましたから」


 その瞬間、女性の顔がぱっと花のように開いた。

「そうか、そうか! 嬉しいことを言ってくれるなぁ!」


 彼女は満面の笑みで、美咲と夏実の身体を力いっぱい抱きしめた。想像していた冷たい拒絶ではなく、予想外の温かさ。美咲は目を丸くする。


「うちら、4人やと寂しいねん。若くてイキのいい子がほしいってずっと言ってたんやけど、このクソみたいな球団やろ? スカウトしてきても球場やファンのガラの悪さ見たら、みんな逃げ出してしまうねん。いや~、ホンマにありがとう」


 どうやら、心配は杞憂だったらしい。拍子抜けするほどあっさりと受け入れてくれる彼女たちに、美咲はようやく胸を撫で下ろした。


「ちなみに、うちの名前は浅川(あさかわ)紅子(こうこ)。一応、この『スカーレット・フレア』でリーダーやらせてもらっとる。よろしくな」

「水原美咲です……」

「岩田夏実でーす。よろしくお願いしまーす!」


 夏実の元気な声が弾んで響く。対照的に、美咲の声は控えめで頼りない。それでも紅子は「うん、うん。元気があってええな」と笑いながらポケットから飴玉を取り出し、「飴ちゃん舐めるか?」と差し出してくれる。


 その飴を口に含むと、緊張でカラカラに乾いていた喉に、ほんの少し甘さが広がった気がした。


 だが安堵も束の間、紅子の目が鋭く吉田に向けられる。

「ところで吉田さん。なんでこの子ら、もう『スカーレット・フレア』のユニフォーム着てるん? いくらなんでも気が早すぎへん?」


 吉田は咳払いをして、これまでの経緯を説明する。

「……というわけで、急な話で申し訳ないのですが、試合後のダンス・パフォーマンスにこのふたりを参加させてほしいのです」


 その言葉に、紅子の目が点になる。鏡花を含む他の3人も、ぽかんと固まっていた。

 次の瞬間──紅子は腹を抱えて爆笑した。


「マジかぁ! いや、ええ加減な球団やと思っとったけど、入団初日からぶっつけ本番て! いやあ、まいった!」


 笑いすぎて涙がにじむ紅子の横で、美咲は恐る恐る声を出す。

「あの……でも、本当にいいんですか? わたしたち、顔合わせもしてないのに……」


「まあ、オープン戦やしええんちゃう? それとも踊りたくないん?」

「いえ……わたしたちが志願したんです」


「吉田さんが許可したんやったら、うちらがどうこう言うことちゃうし。なあ?」

 紅子が仲間に問いかけると、3人もこくりと頷いた。


〝……軽い。〟

 拍子抜けするほどのあっさり承認に、美咲は呆然とする。球団もファンもチアも、みんな揃って緩すぎる。


「でも、一緒に踊るんはええけど、自分ら振り付け覚えとるんか? さすがに覚えてへんかったら無理やろ」


 紅子が当然の疑問を投げかけた瞬間、夏実が待ってましたと言わんばかりに割って入る。

「大丈夫! あたしたち今日初めて見たけど、さっきのダンスは完璧に踊れるから。な? 美咲」


 いきなり同意を求められ、美咲は口ごもる。けれど夏実の勢いに押され、「う、うん」と頷くしかなかった。


「よし。それじゃあ自己紹介代わりに、『ラッキー・セブン』の時のダンスを踊ってみぃ」


 ドン、と夏実に背中を押され、美咲はよろけながら前に出る。

 頭の中で応援歌のメロディーを再生し、先ほど見た鏡花の躍動を思い出す。足が動き、腕が弾む。身体が記憶をなぞるように勝手に動いていく。


「……こら、すごいわ」


 紅子が目を見開き、唇をまん丸く開けて感嘆する。

「うちらのダンス、ほぼ完璧やん! いつのまに覚えたん?」

「いえ……さっきの『ラッキーセブン』で見たのが初めてです」


「はあ? それやったら、わずか1時間足らずで?」

「……まあ、一応」

「凄すぎるやろ、自分!」


 紅子は美咲の手をがっちり握り、涙ぐむほどに感激している。

「まさか1時間足らずで完コピできるなんて……吉田さん、とんでもない子を拾ってきたな! これなら一緒に踊っても問題ないわ」


 場が盛り上がりかけたその時──。

「あの~紅子さん」すると、スカーレット・フレアの3人のうちのひとりが、おずおずと声を上げた。「盛り上がってるところ悪いんですけど……うちらのチーム、なんか負けそうになってます」


「なにーーっ!」


 紅子の怒声が控室を揺らす。鼓膜がびりびり震え、美咲は思わず身を縮めた。

 紅子は控室の角にあるモニターに視線を跳ね上げる。そこには、逆転されかけている大鉄レッドブルズの姿が映っていた──。

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