スカーレット・フレア
――何もかもが急展開だった。
今朝、目覚めたときには想像もしなかった。夏実といつものように公園で踊って、笑って、それで一日が終わるはずだったのに。
気づけば美咲は、行ったこともない赤井寺球場を訪れ、しかもチアリーディングチームの一員として舞台に立たされようとしている。今朝の私に話したら「くだらない夢」と笑い飛ばすだろう。
でも、夢じゃない。
だって今、美咲は『スカーレット・フレア』のユニフォームに袖を通し、夏実と一緒に球場の関係者通路を駆けているのだから。
試合はすでに9回表。あと10分もすればレッドブルズの勝利が決まり、私たちがダンスに加わる番になる。時間は、砂時計の砂のように容赦なく落ちていく。
その前に――どうしても避けられない儀式があった。
『スカーレット・フレア』のメンバーと顔を合わせること。
球団職員の吉田さんが立ち止まり、息を少し荒げながら振り返る。
「ここです。この部屋で『スカーレット・フレア』のメンバーが待機しています」
ライトスタンドの下、関係者以外立ち入り禁止の区域。そこにぽつんと並んだクリーム色の鉄製扉。
掲げられたプレートには「スカーレット・フレア控室」と黒々とした文字。
その瞬間、美咲の心臓は跳ねあがった。脂汗が額をつたう。ここから先には、夢の人たちがいる。けれど同時に、彼女たちの集中を乱す侵入者になるかもしれない。
――本当に歓迎されるだろうか?
見知らぬ高校生が「一緒に踊らせてください」と頼んで、いい顔をされるはずがない。プロ意識が高ければ高いほど、きっと私たちは「異物」だ。
頭の中で最悪の光景が浮かぶ。
「ふざけるな!」
「子どものお遊戯と一緒にするな!」
そんな怒号が浴びせられる。私は昔から、人の怒りに耐えられなかった。矛先が自分でなくても、心臓をぎゅっとつかまれるように萎縮してしまう。ましてや今、自分に向けられるかもしれないなんて。想像だけで頭痛がして、鼓動は早鐘を打ち鳴らした。
そのとき、不意に手を取られる。
夏実の掌だ。温かくて、力強い。
「大丈夫だって。心配事の9割は実際には起こんねーから」
その声に、ほんの少しだけ息が吸えるような気がした。
ガチャリ、と吉田が扉を押し開ける。
8畳ほどの控室。壁のペンキは剥げ、天井の蛍光灯は1本がちらちらと点滅している。壁際のベンチにはペットボトルやリュックが無造作に投げ出され、反対側には灰色のロッカーがずらりと並ぶ。球場の他の施設と同じく、どこか薄暗く古びた空気。
そして、その空気の中心に4人の女性が立っていた。
見間違えるはずがない。――鏡花。
あの日、公園で踊っていた、美咲が心を奪われた人。
彼女が立つその一角だけ、蛍光灯の光がひときわ白く降り注いでいるように見えた。いや、違う。きっと同じ光のはずなのに、鏡花だけが眩しく輝いているのだ。美咲の瞳が、そう錯覚してしまうほどに。