パ・リーグのお荷物
目の前に広がるのは、ぽつぽつと人のまばらな観客席と、そこに漂う倦怠の空気だった。おまけに試合展開は寒いを通り越して氷点下。夏実は心の中で盛大にため息をついた。
〝……こりゃ想像以上にヒデェな〟
もちろん、大鉄レッドブルズと、そのファンに対してである。
まずチームが弱い。いや、弱いなんてもんじゃない。70年以上の歴史を背負っていながら、ただの一度もリーグ優勝を経験していない。記録にも記憶にも残らない、正真正銘の球界の負債だ。去年も堂々の最下位で、「パ・リーグのお荷物」だの「球界の排泄物」だの、口に出すのもためらうような不名誉な二つ名を欲しいままにしている。関西圏には他に2球団あるけれど、その中でファンの数も実績も底辺なのがレッドブルズ。もう泣けてくる。
そしてファン。これがまた輪をかけてヒドい。外野席の中年どもは、応援というより大声で罵倒したいだけ。日々の鬱憤を球場で発散してるだけの安酒くさいオヤジの巣窟だ。正直、駅ガード下の立ち飲み屋のほうがまだ上品だと思えるくらい。
選手はといえば、その罵声を奮起の糧にしてるわけでもなく、ただヘラヘラ。リードされている状況で、イニングの合間に談笑しながらチンタラ歩いてる姿なんて、見てるこっちが胃に穴あきそうだ。おいおまえら、若手だろ? ポジション奪い取らなきゃいけない立場だろ! なんでレジャー気分で散歩してんだよ。
……いや、こんな惨状だってことは事前に知っていた。知ってはいたけど、さすがにここまでとは思ってなかった。
それでも私が吉田のスカウトに応じた理由。それは、他ならぬ美咲のためだった。
歌とダンスが大好きで、夕方になっても踊り続け、夜になっても歌い続ける。あいつは本当に、心からアイドルに憧れていた。けれど、生来のあがり症でオーディションに落ち続けたせいで、夢に蓋をしてしまった。
「アイドルはもういいの。わたしはね、夏実と休日に踊ったりカラオケで歌えれば、それで満足だから――」
何度そう言われたことか。そのたびに、胸の奥がチクッとする。もし本当に吹っ切れているなら、夏実は何も言わない。だけど、美咲の目は嘘をつけない。テレビでアイドルのライブを見ているときの、あのかつての恋人に恋い焦がれるような瞳――忘れられるわけがない。
だからこそ、夏実は吉田と結託した。半ば騙し討ちのように美咲を球場に連れてきた。スカウトの本命は美咲だって最初からわかっていた。でも、置いていけるわけがない。夏実は「二人一緒」を絶対条件にした。
〝でもよ……よりによって、こんな球団かよ〟
チアが慢性的に人手不足? そりゃそうだろう。他球団のセレクションに落ちた子、タレント志望で行き場を失った子――片っ端からかき集めただけの寄せ鍋チームに決まってる。実際、夏実たちの前にスカウトされた子たち、全員逃げ出してるし。
〝うん、これは逃げてもしゃあないわ〟
そう思いつつも、ただ飯を食わせてもらった手前、せめて1度くらいはチアのパフォーマンスを見届けてからトンズラしよう、そう考えていた。どうせ「ラッキーセブン」の7回ウラが最初で最後の見せ場だろうし。
試合は案の定、3回オモテで四点リードされて負け確。そこから両軍淡々とゼロ更新。観客席の空気も、諦めとヤジが入り混じった灰色のスープみたいになっていた。
そして7回オモテが終わる。ファルコンズの攻撃が終わった瞬間、球場スピーカーからレッドブルズ応援歌のイントロが大音量で流れ出した。
そのときだ。赤と白を基調にしたチア衣装の女性たちが、ドドドッとグラウンドに飛び出してきたのは。
「……お、おいおい、マジかよ」
その瞬間、夏実は思わず席から立ち上がり、歓喜と驚きが入り混じった呟きをもらすのだった。
これは、なかなか面白いことになりそうだ。