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プロローグ
朝の少し冷たい風が木々を揺らし、淡く光る芝生の上を滑っていく。
誰もいない公園の広場の片隅で、ひとりの女性が踊っていた。
音楽は聞こえない。けれど、確かにそこにはリズムがあった。
長い手足が空を描くたびに光が跳ね、影が揺れる。
風と、己の内なるささやきのみに身を任せたような静かな踊り。
その姿には誇示も飾りもなく、ただまっすぐな美しさだけがあった。
なぜだろう。音楽も衣装も舞台もないのに、唇がふるえる。胸が熱くなる。あんなふうに踊れたら、わたしとそれを取り巻く世界も変わるかもしれない――。そんな想いがあふれでる。
やがて、踊り終えた女性はハンドタオルで汗をぬぐい、ペットボトルの水をひとくち飲んだ後、公園の外へと歩き出す。わたしはその背中をただ見送っていた。名も知らない誰かの朝のひとときを。
けれど、その時間だけが、わたしの心に静かに焼きついていた。
――それが始まりだった。
なにが、とはまだ言えないけど、風の中で『なにか』が生まれ始めていた。