僕のことで泣いてもいいのに
「幸せを祈っていたはずなのに」の続きです。
花が咲き誇る中庭。
春の香りがほんのりと風に乗って運ばれてくる。
いつもなら、微笑みながら手を繋いで歩ける場所なのに。
今日の私は、どうしてかちょっぴり落ち着かない。
先ほどの出来事が、まだ胸の奥でくすぶっている。
――エリアス様の婚約の話。
リオン様は、優しく、何も責めずに受け止めてくれた。
それが、逆に苦しくなるほどで。
そんな私の隣で、リオン様がふっと小さく笑った。
「ねえ、レティシア」
「はい……?」
「さっきはああ言ったけど……ほんの少しだけ、拗ねてもいい?」
思わず見上げると、リオン様は少しだけ眉尻を下げて、
でもどこか悪戯っぽい光を宿した瞳で、私を見つめていた。
「君って、僕のことで……泣いたこと、ないよね?」
「……え……?」
「ずるいなぁって。エリアス大公のことで涙をこぼしたのに、僕のことでは、まだ……」
そう言いながら、リオン様はすっと私の髪に指を滑らせ、
ふわりと額にキスを落とした。
「君が僕を愛してくれてるのは、ちゃんと伝わってるよ。……でも、ちょっとだけ寂しくなるんだ」
「……そんな……リオン様……」
動揺して視線を逸らした瞬間、頬に、優しいキス。
そのまま耳元に唇が寄せられる。
「……僕のことで、少しくらい泣いてくれても、いいのに」
吐息混じりの声がくすぐったくて、胸がきゅっと締めつけられる。
そして――それは始まりだった。
手の甲に、
鎖骨のすぐ下に、
首筋に、
指先に。
まるで“好き”を数えるみたいに、キスが降り注ぐ。
「ここは、君が僕を初めて見つめてくれた場所」
「ここは、僕の名を呼んでくれた声が響いたところ」
言葉の一つ一つが、胸に染みる。
優しいはずなのに、心の奥まで甘く痺れるようで、まともに呼吸ができない。
「リオン様……ちょ、ちょっと……落ち着いて……」
精一杯訴えたのに、リオン様はニコッと微笑んで、
「だめ。君が可愛すぎて、止まらなくなった」
甘えるような声音に、身体がふるえる。
「……触れるだけで、顔を赤くしてくれるのが嬉しくて。
でも、欲張りな僕は……その先が見たくなる」
言葉が、喉の奥で凍りついた。
体温が上がる。心臓が跳ねる。
「レティシア。泣いてもいい。僕のために。
でも、できれば……“僕で乱れてほしい”」
そう言って、リオン様は私の手を取り、自分の胸元にそっと添えた。
「……ここ。
君のことを想うと、苦しくなるくらい、ぎゅっと締めつけられる」
手のひら越しに感じる心音。
早く、強く、震えるように響いている。
「……リオン様……」
目が合う。
その瞬間、優しく囁かれる。
「君が“求めたら”、止まれないかもしれない」
理性と、愛と、欲と――
全てが溶け合った声だった。
……でも、それでも。
彼の手は、私の肩にすら触れていない。
「でも、怖がらないで。……僕は、君が“その気”になるまで、待てるから」
そして、笑った。
あのいつもの、優しくて、温かくて、誰よりも私を大事にしてくれる笑顔で。
「それまでの間は……たくさん、キスさせて」
その言葉に、胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。
リオン様はいつだって、私の心を優しく包んでくれる。
だからこそ、時々、苦しくなるくらいに愛しくなる。
私を、こんなに大切にしてくれる。
……どうして、そんなに優しいんですか。
「……私だって……泣きそうなんですから……」
気づけば、そんな言葉が零れていた。
リオン様が優しく目を細める。
そしてそっと唇を重ねた。
「……君が“今、僕を選んでくれてる”って思えるだけで、幸せなんだ。
でも、もうちょっとだけ――僕に夢中になって」
その言葉に、もう、勝てるわけがなかった。
私は目を閉じて、彼の胸に顔を埋めた。
聞こえる鼓動が、心地よくて、確かで。
――エリアス様には、終わった気持ち。
だけどリオン様には、これからずっと続いていく想いがある。
好きで、好きで、仕方ない。
「……もう、とっくに夢中です」
それから少し間を置いて、静かに微笑んで――
「……私、もう戻れませんよ?」
耳元で囁くと、彼は満足そうに笑って、もう一度、唇を重ねてきた。
そして私は――
もう二度と、誰かの過去に迷わない。
だって、こんなにも甘くて優しい未来が、私のすぐ隣にあるのだから。
ここまでお読みくださって、ありがとうございました。
リオンとレティシアの物語は、
「過去の痛み」から「未来の約束」へと移り変わっていく部分も、私自身とても大切にしています。
本編では描ききれなかったリオン視点や、他キャラ視点も、今後書けたらいいなと思っています。
もし「こんな話が読みたい!」などあれば、気軽に教えてくださいね。




