氷の記憶と、春の光
会場に響く音楽と笑い声。煌びやかなドレスの波の中、レティシアはリオンの腕にそっと手を添えていた。
春の祝宴。王宮主催の式典は、王族をはじめとする貴族たちが一堂に会する華やかな舞台だ。
けれど――
(……あ)
ふと、視線の先に見覚えのある影を見つけた。
氷のように整った白銀の髪。
夜の湖を思わせる、深い蒼の瞳。
……思わず、息を飲んだ。
エリアス・ノルベルト。
前世で“夫”だった人。
彼もまた、こちらに気づいたのだろう。わずかに歩みを緩め、そして。
「……エリアス大公、久しぶりだね」
リオンが穏やかな声で口を開く。
「……お久しぶりです、お二人とも。……お元気そうで」
あくまで形式的な挨拶。けれどその声の奥に、ほんのかすかに揺れる何かが見えた気がした。
「……ごきげんよう、大公閣下」
レティシアもまた、短く礼を添える。
エリアスは何も言わず、軽く頭を下げて――
そのまま、静かに背を向けた。
「…………」
胸に、少しだけ冷たい風が吹いた気がした。
彼は、前世で私の夫だった。
病に倒れ、その生涯を閉じた前世で、最後まで私を想い続けてくれた人。
その事実は、変わらない。
かつて愛していた大切な人だ。
(でも、今は......)
今、隣にいたいのは――リオン様。
あたたかくて、やさしくて、私の全てを受け入れてくれる人。
この先も、彼と共に生きていきたい。
そう思ってる。心から。
……なのに。
エリアス様の背中が遠ざかっていくのを見ていたら、
どうしようもなく、胸が締めつけられた。
恋愛ではない。未練でもない。
けれどきっと、**“忘れられない存在”**なのだと思う。
(……それって、リオン様に対して失礼かな?)
心のどこかに、まだエリアス様がいる。
そのことが、彼への罪悪感になって、そっと胸を刺す。
でも――
(……幸せを祈るくらい、いいよね?)
もう私が、彼の隣に立つことはないけれど。
幸せでいてほしい。
いつか、あの冷たい城の記憶を越えて、
誰かと笑える日が来てほしい。
(......心から、そう思うわ)
たとえそれが、自己満足や偽善だったとしても。
きっと、私は彼の存在を心の片隅に抱いたまま、生きていくのだと思う。
”レティシア”としては、もう彼の想いに応えることはできない。
それでも――過去が消える訳じゃないから。
隣で、リオン様が微笑んでいた。
あたたかな春の光のようなその笑顔に、レティシアはそっと手を重ねる。
「......リオン様、大好きです」
あなたと過ごす未来を、私は選びたい。
その言葉に、リオンはそっと手に力をこめた。
言葉はなかったけれど――それで、十分だった。
レティシアは微笑んで、その手を握り返す。
大丈夫。私の未来はここにある。
だから、過去には――
せめて、やさしい祈りだけを贈ろう。
あなたの未来が、どうか幸せなものでありますように。
お読みいただきありがとうございます♪
レティシア→エリアスのお話でした。
次回は時系列を少し進めてみようと思います。




