最終話:選んだ未来
あの氷の城を出てから、数ヶ月が経った。
あの時、静かに光を鎮めた魔導書は、やがて静かに目を覚まし──
長く閉ざされていた力が、やわらかな光となって、世界に染みわたっていく。
これまで魔法を持たなかった者たちに、微かな魔力の兆しが現れはじめ、
新しく生まれた子どもたちの中にも、魔法の素質を宿す者が現れたという。
王国は、忘れかけていた魔法とともに、静かに呼吸を取り戻していた。
それは、希望の兆し。
そして、新たな運命が動き出す、静かな予兆だった。
***
春の陽射しが、王宮の庭園をやさしく包んでいた。
色とりどりの花が咲き、木々の新芽が風に揺れている。
「……もう春だね」
リオンが隣でつぶやいたその声に、レティシアは顔を上げた。
「ええ、こんなにあたたかい春……久しぶり」
彼の歩幅に合わせながら、そっと笑う。その笑顔は、どこか穏やかで、やさしい。
しばらく歩いたあと、リオンはふと立ち止まった。
「……ねぇ、レティシア」
少し照れたように、でも真っ直ぐな目でこちらを見つめてくる。
「正直に言うとね、僕は――嫉妬してるんだ。
君と、彼の“過去の絆”に」
その言葉に、レティシアは少しだけ目を見開き、それからふっと微笑んだ。
「……リオン様」
彼女の声は、あたたかくやわらかい。
「でも、私が“今”隣を歩きたいと思っているのは――リオン様ですよ?」
「……うん、わかってるよ」
リオンはそう言いながら、ほんの少しだけ、むくれたように目をそらす。
レティシアはくすりと笑い、彼の手にそっと指を絡めた。
「ねぇ、リオン様」
「……ん?」
「これからも、ずっと……こうしていたいの」
その言葉に、リオンは瞳を見開き――そして、優しく笑った。
「じゃあ、ずっとそうして。
君が離さない限り、僕も、絶対に離さないから」
その言葉に、レティシアの頬がほんのり赤く染まる。
ふたりの手は、しっかりと結ばれたまま。
レティシアは、そっとリオンの手を見つめた。
──あの日。
自分の心に、ひとひらの光が差し込んだ瞬間を、ふと思い出す。
そして、アリアとしての過去を思う。
前世の自分と、今の自分。
どちらが本当の「自分」なのか――
わからなくなっていた、あのとき。
リオン様は、こう言ってくれた。
「君の中にあるどんな記憶も、全部が君なんだよ」
「前世の想いも、今の君の気持ちも……どちらも、レティシアだ」
過去を知っても、比べたりはしない。
ただ“今”の私を見てくれた。
――それが、どれほど心を救ってくれたことか。
「......ありがとう、リオン様」
小さく、でもしっかりと紡がれたその声に、リオンは不思議そうに首をかしげる。
けれど、彼女が見せた笑みを見て、何も聞かず、そっと手を握り返してくれた。
やわらかな風が吹き抜ける。
春は、終わりではない。
過去を越えて、自分で選んだ未来が、ここからはじまっていく。
だからきっと、もう迷わない。
そしてレティシアは――
この手を、もう二度と離さないと誓った。
最後まで読んで頂きありがとうございました!
今は次回作を執筆中です。
一旦この物語は幕を下ろしますが、番外編をしばらくしたら書くと思います。
その時はまた、よろしくお願いします!