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40、そして目覚める

 お互いに別の道を選ぶしかないと告げ合った後、二人の間に一瞬、深い沈黙が落ちた。


 氷の城に満ちる冷たい空気は変わらないはずなのに、どこか柔らかい温度を帯びているように感じられた。

 それは、二人が心の奥でようやく互いを赦し、受け入れられたからかもしれない。



 レティシアはそっと視線を落とす。

 胸の奥を締めつける寂しさは確かにあった。

 けれどそれ以上に、エリアスが前を向いて生きていこうとしている姿に、静かな誇らしさを覚えていた。



 エリアスもまた、レティシアを見つめている。

 言葉にしなくても、その瞳に映るのは後悔ではなく、わずかな微笑みと、決意の色。


 氷の城の窓から差し込む月明かりが、二人の足元に淡い光の道を作る。

 まるでそれぞれの未来へと続く道を、そっと示すかのように。



 二人はもう、同じ道を歩むことはできない。

 けれど、この瞬間だけは、互いの想いを確かめ合えた。

 そしてそれだけで、胸の奥にぽっと灯るような温かさがあった。



 レティシアはそっと目を閉じ、エリアスの言葉と、胸に去来する想いを静かに受け止めていた。


 

 指先が自然と胸元へと動き、そこに触れる。

 リオンから預かったネックレス。


 小さな温もりが、冷たい空気の中で微かに脈打つように感じられる。

 それは、過去に別れを告げ、未来を選ぶための、心の灯火だった。



 ふと、手が動いた。

 理由はわからない。ただ――彼の痛みが少しでも和らげばと、そう願った。


 そっと、彼の頬に触れる。

 その瞬間、指先から淡く温かな光がにじみ出た。



 (……これは)



 無意識だったけれど、内側から魔力が溢れる感覚があった。



 そして、エリアスの瞳がわずかに揺れる。

 その光が届いたのは、彼の頬ではなく――心の奥、長い間凍てついていた感情の深淵だった。



 「……この光……」


 「……これは、癒しの魔法。前世から受け継いだ、私のもうひとつの力なの」


 レティシアの声は、囁くように優しく、けれど確かだった。


 「あなたの傷を……少しでも癒すことができたのなら、それだけで、この力も報われるわ」




  ――その時だった。



 氷の城を満たす静寂の中、突然、二人の間にまばゆい光が差し込んだ。

 それは月明かりではない、温かく力強い光。

 レティシアとエリアスは、思わず目を見張る。


 光の中心から現れたのは、見覚えのある古い魔導書だった。



 「これは......魔導書......?」



 そうレティシアが呟くと、魔導書は、より一層強い光を放つ。

 そして、その光に包まれるようにして、静かに魔導書が目覚めていく。


 氷の城に漂う冷たさを、まるで溶かすような温かな輝きが辺りを照らし、魔導書の表紙が静かに開く。

 そこから淡く白い光が溢れ、長い間閉ざされていた力が解放されていく気配がした。


 エリアスは目を見開き、その光景を息を呑んで見つめていた。


 「……目覚めたのか……?」



 魔導書は長い夢から目覚めるように、静かに空気を震わせた。

 その光は、まるでエリアスの心に語りかけるように、柔らかく満ちていく。



 レティシアは、そっとエリアスに向き直り、言葉を紡ぐ。


 「……あなたが前を向いてくれたから、魔導書ももう役目を終えたのかもしれないわ」


 レティシアの言葉に、エリアスは小さく息を吐く。


 「……そうかもしれないな」


 そう呟く声には、どこか晴れやかな響きがあった。


 淡い光に照らされる二人の姿は、静かな余韻を残していた。





 ***




 ___同じ頃、王都にて。


 リオンは執務室で、手の中の魔導書を見つめていた。

 無言のまま、氷の城で別れを告げたレティシアの姿を思い出す。


 不安はあった。

 愛しい人が、別の男のもとに残ると言ったのだから。

 不安じゃないはずがなかった。


 けれど、彼女は自分の想いをまっすぐに伝えてくれた。

 だから、今できるのは、信じて待つことだけだった。





 そのとき、リオンの手の中の魔導書が、突如まばゆい光を放った。

 眩しさに目を細めながらも、リオンはそれが何を意味するのか、はっきりと悟った。


 魔導書は――彼女の元へ行ったのだと。



 (レティシア……)


 そう呟きながら、リオンは窓の向こうに広がる夜空を仰いだ。

 胸の奥に残る願いをそっと抱きしめるように。


 

 今はただ――

 

 彼女の未来がどうか幸せでありますように。


 たとえその未来に、自分がいなくても……彼女が微笑んでいられるなら、それでいい。


残り2話です。

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