39、それぞれの道
エリアスの告白が終わると、氷の城を満たす冷たい静寂が、ひときわ深く二人を包んだ。
レティシアは瞳を閉じて、その言葉を胸の奥に刻み込むようにゆっくりと呼吸を整えた。
心が痛んだ。けれど同時に、ようやく触れることのできた彼の本音に、安堵にも似た想いが芽生えていた。
「……今まで、本当に……辛かったのね」
その声は、氷の城の壁を優しく溶かすように、穏やかで柔らかかった。
レティシアはエリアスの頬に手を伸ばし、そっと触れる。
「ごめんなさい……あなたがそんな思いを一人で抱え続けていたなんて……。
……でも、話してくれてありがとう。ようやくあなたの心に触れられた気がするわ」
エリアスは目を伏せ、震える唇で微かに言葉を呟いた。
「……君が……私はレティシアだと、言い切ったあの時のこと……今でも……心に残ってる」
そして、かすかに笑みを浮かべる。
「あの時の俺は、アリアが……君が……離れるんじゃないかって、怖くて……焦っていたんだ。だから……強引な真似をしてしまった。今は……反省している。君を困らせることをしてしまったって、わかってる」
レティシアはそっと頷く。
「ええ……確かにエリアス様、あなたは許されないことをしたわ。……でも……許すわ。あなたの想いを知った今、責める気にならないもの」
「……ありがとう、レティシア……」
エリアスの声は弱く、けれど確かな温かさを帯びていた。
一瞬、二人の間に静けさが降りる。
けれど、レティシアは目を伏せ、そっと言葉を重ねる。
「でも……もう、私たちは別の道を歩くしかないのだと思う」
エリアスはゆっくり顔を上げ、苦しそうに笑う。
「……わかってる。君が誰かに選ばれるのを……見守れるほど、俺は強くない......、でも……君が前を向いて生きていくのなら……それでいい」
かすれた声は、震えながらも真っ直ぐだった。
レティシアは小さく頷き、そっと言葉を置く。
「私は……あなたのすべてを、受け止めることはできないかもしれない。……でも、過去のあなたも、今のあなたも……ありがとう。大切な人だったわ」
氷の城に響いた二人の声は、静かな余韻を残しながら、まるで遠い夢のように溶けていった。
レティシアは、エリアスの瞳を見つめたまま、ゆっくりと小さく息を吸い込む。
胸の奥をぎゅっと締めつける痛みと同時に、それでもやわらかな温かさが広がっていくのを感じていた。
「……でも、あなたのことを……忘れることはないわ」
小さな声で紡がれたその言葉は、氷の冷たさをも優しく溶かすように響いた。
「たとえ道は別でも……私の心のどこかには、きっと、ずっとあなたがいる。……それだけは、信じてほしいの」
エリアスの瞳が微かに揺れた。けれどその瞳には、もう悲しみだけではなく、穏やかな光が宿っていた。
「……ありがとう。君にそう言ってもらえただけで……救われるよ」
レティシアは、彼のその微笑みをそっと心に刻む。
きっと、もう同じ未来を歩むことはないのだろう。
今世では、きっとそれぞれの道を歩んでいく。
けれど、前世で夫婦だった二人が、今は別の道を選ぶとしても——
カイルとの日々も、ここまでたどり着いた想いも、決して無駄にはならないと信じていた。
アリアではなく、レティシアとして隣に立ちたいと心から願う人は、彼ではない。
でも、彼が私の中で大切な人だったことは変わらない。
氷の城の窓の向こうに、淡い月光が降り注いでいた。
その光に照らされながら、レティシアはそっと微笑みを返し、心の中でそっと祈る。
「……どうか、あなたも、あなたの道を見つけて。あなたが幸せでありますように……」
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