38、失われた想い
城を包む氷の冷たさが、どこか遠い世界のように感じられた。
それは、二人がようやく向き合い、過去を語る時が訪れたからなのかもしれない。
静寂の中、私は真剣な眼差しでエリアスを見つめる。
彼の言葉を一言も逃さないように、胸の奥に覚悟を宿していた。
やがて、エリアスは口を開く。
その声には、これまでと違う、どこか懐かしい響きがあった。
「僕は……大好きな君を最後まで支えようと必死だった。……最期の時が近いことも理解していたつもりだった。だけど……君を看取った後……あまりのショックに、魔力が暴走してしまったんだ」
その言葉が胸に刺さり、私の呼吸が一瞬止まる。
震える手で胸を押さえながら、カイルの面影とエリアスの言葉が頭の中で絡み合って、混乱と痛みが押し寄せてきた。
(......そんなことが、あったなんて)
まるで、心の奥底が震えながら崩れていく音が聞こえるようだった。
エリアスは、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
「僕は……闇の魔法師で……精神魔法を扱えたから……多分、精神的なショックが引き金になったんだと思う。それは他の人にまで影響を及ぼすほどで……自分自身でも制御できなくて……焦っていた」
思わず絶句した。
その時の彼の様子を想像するだけで、胸が苦しくなる。
苦しげに目を閉じるエリアスを見て、思わず手を伸ばしかけるが、胸の前で止まる。
「そんな時、あの魔導書が僕の目の前に現れた」
エリアスは一瞬、言葉を飲み込むように沈黙した。
瞳の奥で、何かを必死に堪えているのが見えた。
「僕は……君への想いを、そのまま魔導書に閉じ込めるしかなかったんだ。……けれどそれと引き換えに……僕は、君を想う気持ちそのものを……失ってしまった。残ったのは、空っぽな自分だけだった」
「......カイル.........」
彼の言葉が、胸の奥で鈍く響く。
“空っぽ”──その孤独の深さに、言葉を失う。
脳裏に、彼を置いていってしまった過去が思い起こされる。
彼がどれほどの代償を払って、あの日を乗り越えようとしていたのか。
その想いの重さに、胸が締めつけられ、涙がこぼれそうになる。
けれど、ただ静かに、彼の瞳を見返す。
そこには痛みと共に、まだ希望の灯が揺らめいているのを感じたから。
彼の失ったものの大きさを受け止めながら、そっと彼の痛みを抱きしめたいと思ったのだ。
「それからの僕は……ただの抜け殻だった。君の記憶は確かにあったのに……君を愛していたはずなのに……その想いが思い出せなくなって……ただ……生きているだけだった」
エリアスの声が震え、こぼれる涙は止まらなかった。
その涙のひとつひとつが、彼の苦しみと孤独を物語っているようだった。
「だから……レティシア……アリアのことを思い出した瞬間から、もう……抑えきれなくなったんだ。本当に……ごめん。結局、僕はアリアの死を……君の死を……受け入れられていなかっただけなんだと思う」
深く頭を垂れるその姿に、言葉が詰まる。
けれど、彼の罪悪感の深さを前に、私はただ黙ってそっとその手を握った。
その手の震えが痛いほどに伝わってくる。
「本当にごめん……君には……迷惑をかけた……」
その静かな言葉に、レティシアの胸の奥に温かな感情がゆっくりと広がっていった。
確かに彼は、私を閉じ込め、許されないことをした。
けれど、その行動の裏に隠された感情を知ってしまった私は、もう彼を責める気にはならなかった。
それ以上に、彼にそうさせてしまった申し訳なさが込み上げてくる。
でも今はただ、彼の抱える苦しさを分かち合いたいと思った。
レティシアは、そっと息を吐き、決意する。
次に彼にかける言葉は、もう決まっていた。
残り4話です!




