37、もう一度、君を知るために
張り詰めた沈黙が、二人の間に重く横たわる。
まるで氷の城そのものが、息を潜めて見守っているかのようだった。
レティシアの胸は、小さく波打つ。けれどその揺れは、恐れや迷いではない。
これまで目を逸らし続けた自分を、そして彼を正面から見据える強さを確かめるように。
対するエリアスの瞳は、どこか怯えたように揺れていた。
理性の奥に巣食う狂気と、愛を乞う切実さ。その相反する感情がせめぎ合い、彼の表情を曇らせる。
それでも。
今ここで語らねば、何も進まない。
レティシアは小さく息を吸い込み、言葉を紡ごうとする。
過去の痛みも、心を裂いた後悔も、全てを抱きしめる覚悟を胸に宿して。
けれどその一瞬を先に切り裂いたのは、エリアスの声だった。
「……続けてくれ」
かすかに震えるその声は、どこか怯えたようでもあった。
声を絞り出す彼の唇が微かに震え、胸の内で押し殺してきた想いが滲み出していた。
レティシアは深く息を吸い、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「まずは……あなたをひとりにしてしまったことを、ごめんなさい」
その言葉に、彼の瞳に影が落ちる。
かつて一緒に歩んだ日々を思い出しているかのように、エリアスの目がわずかに揺らいだ。
レティシアには、その目に自責と憤り、そしてどこか赦されたいと願う祈りのようなものが滲んでいるように思えた。
「仕方のないことだったとはいえ、私はあなたを傷つけた……でも……それでも……これだけは伝えさせて」
目を伏せ、そして再び彼を見つめる。
「……最期にあなたと過ごした日々は……私にとって、大切な記憶。宝物だった。いつも寄り添ってくれて……そばにいてくれてありがとう。カイル……あなたのことをとても愛していたわ」
その瞬間、エリアスの顔がくしゃりと歪む。
「……アリア……」
ぼろぼろと涙が零れ落ちる。
それはまるで、長い冬を閉じ込めた氷がひび割れ、静かに溶けていくかのようだった。
氷の城の無機質な空気に、彼の嗚咽だけが静かに響く。
レティシアはそっと手を伸ばす。
震える彼の頬に触れ、その熱を確かめるように指先を添える。
その温もりが、二人の間の冷え切った空気をほんの少し和らげた。
「……もう一度言うわ。私はあなたの優しさを忘れない。前世であなたがくれた温もりを、今も心に刻んでる」
その言葉は、二人の間の緊張をそっと解いていくようだった。
まだ約束ではない。けれど今は、それだけで十分だった。
エリアスはただ目を伏せ、唇を噛む。
震える肩を抱え込むように、感情を必死に抑え込んでいた。
その姿に、レティシアの胸が締めつけられた。
彼の背負うものの重さを、まだ知らない。
それでも、その痛みや孤独が、氷の城の冷たさよりもずっと鋭く、切なく胸に迫るのを感じた。
この瞬間だけは、目を逸らさずに向き合おうと心に誓う。
「……でも……今のあなたは……私の知っているカイルとは違う。私が知らない、あなたの想いがある……その全てを……私は、知りたい」
小さく、けれど力強く告げるレティシアの声は、氷の城に満ちる冷たさの中で、ひとつの灯火のように柔らかく瞬いていた。
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