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【本編完結済】前世を思い出したら恋心が冷めたのに、初恋相手が執着してくる 〜そして、本当の恋を知る〜  作者: ゆにみ
最終章

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37/50

36、最愛の名を呼んで

最終章です。

 夜の帳が城を覆い尽くし、氷の城の廊下は冷たく静まり返っていた。

 けれど不思議と、肌に刺すような寒さはない。

 まるで時間さえ凍りついたかのように、無機質な空気が漂うだけだった。


 レティシアは自室の椅子に腰かけ、窓の外に広がる白銀の世界を見つめていた。

 氷でできた窓枠には、月明かりが淡く反射し、まるで夢幻の光景のように煌めいている。

 

 どこまでも透き通った氷の壁。静けさが支配する部屋。

 その美しさの中に潜む、底知れぬ孤独に、彼女の胸はかすかに軋んだ。


 この部屋に満ちるのは、ただ寂しさだけ。

 冷たさに似た空虚さが、時折心を覆い尽くしそうになる。

 それでも、レティシアは目を伏せ、心を奮い立たせるように深く息を吐いた。


 リオン様のことを思う。

 あの温かな瞳、微笑みを向けてくれる声。


 本当は、あの腕の中に帰りたかった。

 あの優しさに包まれて、全てを忘れてしまいたかった。

 ……どんなに弱い自分でも、彼なら許してくれる。そんな気がしてしまうほどに。


 けれど、レティシアはゆっくりと目を閉じ、首を振った。

 ___でも、それはできない。




 胸の奥に、忘れがたい光景がよみがえる。


 前世のアリアとして、病に伏し、もう戻れない旅路を歩き始める前夜。

 苦しむ体を支えてくれた、夫のカイルの瞳。

 その瞳は、最後まで深い愛で満ちていた。

 

 ……弱くて泣いてばかりだった私を、カイルはずっと優しく支えてくれた。

 最期のときまで、そっと手を握り、微笑んでいてくれた。

 

 私にとって、最愛の夫だった。


 だからこそ、今のエリアスの狂気を目にしても、心のどこかで信じてしまう。

 あの優しかったカイルが、理由もなく壊れてしまうはずがない。


 きっと……何か理由がある。

 私の知らない、彼だけの苦しみと絶望が。


 前世で旅立った後の彼のことは、何も知らない。

 私を残し、彼がどんな痛みを抱えたのかも。

 でも、それを知りたい。

 そして受け止めたい。


 前に進むために。

 私自身が後悔しないために。

 

 リオン様の隣に立ちたいなら。

 彼のそばで胸を張って笑える自分でいたいなら。

 この想いから目を逸らすわけにはいかない。


 エリアス様を見捨てることは、きっと私の心を蝕むだろう。

 それは、リオン様への想いをも裏切ることになる。

 私が私でいられなくなってしまう。


 だから、レティシアは目を開く。

 氷の月光に照らされた自分の瞳を、窓に映して確かめる。


 ___私は決めたの。

 エリアス様と向き合う。

 カイルの想いと向き合って、受け止めて。

 そして必ず……自信を持って、リオン様の元へ帰るのだ、と。


 その決意が、静かに胸に根を下ろす。

 氷の城に満ちる無機質な冷たさの中で、レティシアの心だけが、確かに熱を宿していた。



 ふと、扉の向こうから足音が近づいてくる。

 ゆっくりと重く響くその音に、レティシアは小さく息を呑んだ。


 扉が軋む音と共に、エリアスが部屋へ戻ってくる。

 彼の鋭い瞳が部屋の空気を舐めるように探り、低く呟いた。


 「……ここに誰か来たな。使用人じゃない……誰かが」


 レティシアはまっすぐにエリアスを見据えた。

 彼の声には苛立ちと、怯えに似たものが滲んでいる。


 「俺を裏切るのか? また……ひとりにするのか?」


 一瞬の沈黙の後、彼の声は震え、さらに小さく、切実に続く。

 「なぁ、アリア……愛していると言ってくれ……」


 その言葉には、過去の痛みと絶望が絡みついていて、まるで彼の心が粉々に砕けそうなほどに、必死で掴もうとしている響きがあった。


 部屋の空気が一瞬、凍りつくように静まる。


 けれど、レティシアは揺らぐことなく、冷静に、確かな足取りで彼の前へと歩み寄った。


 その瞳は悲しみと哀願を越え、深い理解と覚悟を湛えていた。


 「……エリアス様。いえ……今はカイルと呼びましょうか」


 その一言に、彼の目がかすかに揺れた。疑念と恐れ、そして一瞬の希望が交錯するように。


 「少し……話をしましょう」

 その声は穏やかで、揺るがぬ意志を帯びていた。


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