33、王子の独白
リオン視点です。
レティシアのことを、最初はただの高位貴族として見ていた。
麗しく、傲然と。貴族らしさを絵に描いたような存在。下の者に視線すら向けない、高飛車なその姿は、別に嫌いではなかった。貴族とはそういうものだし、自分もまたその一人だ。だから、特別な感情を持つこともなかった。
だけど、ある日――ずっと沈黙していた闇の魔導書の核源が、微かに反応を示した。
反応を辿るうちに辿り着いたのは、レティシア。彼女に向けて、魔導書が呼吸するように反応していた。
そのときは、ただの好奇心だった。どうして彼女が――それを王族として知りたいと思っただけだった。
けれど、一緒に魔導書を調べるうちに、これまで抱いていた印象が少しずつ崩れていった。
関わってみると、あの高飛車な印象は見当たらなかった。むしろ、ささいなことにも感謝を示すような優しい心を持っていた。誰にも見せない苦しみや戸惑いが、ふとした瞬間に垣間見えることもあった。
今のレティシアは……心惹かれる存在になっていた。
一緒にいると、穏やかに微笑む自分に気づく。彼女といると、不思議なほどに心が穏やかになった。
そして決定的だったのは、あの日。魔導書の暴走に巻き込まれ、エリアス大公とともに地下へ落ちた後のふたりの様子。
あのとき、どうしようもない違和感が胸に残った。モヤモヤと渦を巻く感情。それが――嫉妬だと気づいたとき、自分の心に背筋が震えた。
お祭りの夜。レティシアが前世の話を打ち明けてくれた。守りたい、純粋にそう思った。その時にはもう、ただの興味ではなかった。
気づけば、彼女を――好きになっていたのだ。
前世の話を聞いたとき、彼女は迷いながらも口を開いた。
「信じてもらえないかもしれないけど、私には……前世の記憶があるの」
「それでね……前世で、ずっと大切だった人のことを思い出してしまったの」
その言葉を聞いた瞬間、エリアス大公と彼女との間に感じた違和感が過ぎる。
___それが、彼女の口から語られた“前世”の真実に繋がったような気がした。
だから、つい聞かずにはいられなかった。
「……ちなみに、それは……エリアス大公と……関係があるのかな?」
あの二人には、僕が入り込めない何かがあるのかもしれない。そんな気がして、胸の奥がざわめいた。
その後、再び彼女と一緒に魔導書を調べるうちに、やはりレティシアと深い関わりがあると確信した。
魔導書が暴走を抑えた存在と、前世のレティシアは何か深い繋がりがあるように思えた。
だから、また別の気持ちで言葉を零してしまった。
「……その人物と君には、何か深い繋がりがある気がする。前世の縁かもしれない。……それが、少しだけ……複雑な気持ちになるけど」
本当は……彼女の気持ちが整理できるまで、待つつもりだった。無理に答えを迫るのは、間違っているってわかってたから。
でも……僕には、もうできそうになかった。気づいてしまったんだ。彼女を想う気持ちを......これ以上隠せないってことに。
彼女の心の奥には、まだ迷いがあるのかもしれない。それでも……
今、繋ぎ止めないと、彼女が遠くに行ってしまう気がした。
そうして、僕は……婚約を申し込んだ。
王子という立場を使った、卑怯なやり方だったと思う。
けれど、彼女は……僕の申し出を受け入れてくれた。
嬉しかった。今度こそ、僕が彼女を守ろうと決めた。
……それなのに。
彼女が襲われた? そして何者かに連れ去られた……?
その報告を受けた瞬間、血の気が引いた。
引き続きリオン視点で話が進みます。