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【本編完結済】前世を思い出したら恋心が冷めたのに、初恋相手が執着してくる 〜そして、本当の恋を知る〜  作者: ゆにみ
第3章

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32、愛の残響

 エリアスの冷たい指がレティシアの顎を掴み、氷のような空気が肌を刺す。唇が近づいた瞬間、レティシアは必死に声を絞り出した。



 「……これ以上は……やめて。お願い、やめて……!」



 だがエリアスの瞳は狂気に濁り、優しさのかけらも見えなかった。レティシアは瞳を閉じ、決意を込めて吐き捨てるように言い放つ。



 「……やめないなら……私、舌を噛み切って死んでやるわ……!」



 その言葉が冷たい空気を切り裂いた。氷の部屋に響いたのは、自分の命を賭けてでも抵抗しようとする決意だった。



 エリアスの瞳が大きく揺れた。狂気に支配された瞳の奥に、一瞬だけ恐怖の色が浮かぶ。

 硬直するように顔が引きつり、震える声で呟く。


 


 「……それだけは……やめてくれ……」


 かすれた声。苦悶に染まった表情。

 次の言葉は、絞り出すように続いた。


 「お前だけは……失いたくないんだ……」



 その瞳が、わずかに揺れる。

 何かを押し殺すように目を伏せ、唇を噛み締める。



 「頼む……もう、ひとりに……しないでくれ……」


 その瞬間、エリアスの瞳から涙がこぼれ落ちた。

 頬を濡らすその雫は、氷の世界で唯一の熱を持つもののように思えた。



 レティシアの心臓が、痛みとともに脈打った。

 目の前にいるのは、狂気に取り憑かれた男。

 それでも――

 かつての優しさの残響が、確かにそこにあった。



 レティシアは目を逸らそうとした。なのに、その悲痛な姿が脳裏に焼きついて、胸が痛くてたまらなかった。無意識のうちに、そっと震えるエリアスの頭に手を伸ばしていた。



 (……どうして、こんなこと……)



 自分の行動にすぐさま後悔が押し寄せる。こんなふうに触れてしまったら、もう二度と引き返せなくなるかもしれない。なのに、あの涙を見てしまった瞬間、どうしても無視できなかった。


 触れた指先に、どこか懐かしさを覚える。それが、かつてのカイルの面影を呼び覚ます。心の奥に封じ込めたはずの記憶が、強引にこじ開けられるように蘇っていく。



 (……カイルじゃないのに……どうして……)



 レティシアは必死に理性を取り戻そうとする。けれど、彼の弱さに触れてしまった自分を、嫌悪しきれなかった。どうしてこんなにも胸が痛むのか、自分でも分からない。ただ、彼の背負う孤独を、どうしても放っておけない気がしてしまう。


 エリアスはその感触に微かに目を細め、安堵するように息を吐く。だがすぐにまた怯えたように囁いた。


 


 「……触れない」


 声はかすれ、今にも消えそうだった。


 「だから……今夜は……そばにいさせてほしい」


 必死に懇願するような目が、レティシアを見上げていた。


 「お前に何もしない……」


 「ただ……そばに……」



 レティシアは息を呑んだ。彼の言葉は、悲しいほど弱々しく響いた。理性は「拒むべきだ」と叫んでいるのに、心はすでに揺らいでいた。

 エリアスの中にかつてのカイルの影を感じてしまった自分に、抗うことができなかった。



 「………わかったわ」



 短い言葉を落とすと、エリアスの表情がわずかにほころぶ。氷のように冷たい空間で、ふたりはただ同じ寝台を分け合った。


 夜は長かった。エリアスは触れようとしなかった。ただ隣に座り、レティシアの寝息を確かめるように時折目を伏せていた。


 レティシアは眠れずにいた。背中に感じる彼の存在が、かつての夫と重なってしまう。目を閉じれば、あの夜に見た優しい微笑みがよみがえる。けれど、それはすでに失った幻だと、理性は知っていた。



 (……どうして……私は……)



 混乱する心を押さえつけるように、胸元をぎゅっと握りしめる。けれど、胸に残る温度が、どうしようもなく懐かしかった。


 そして夜が明けるころ、エリアスは立ち上がり、静かに告げる。



 「……屋敷に戻る。また会いに来るよ」



 その背中は、どこか寂しげだった。レティシアは黙って見送ることしかできなかった。


 氷の部屋に残されたレティシアは、胸に残る温度をそっと確かめる。あれは幻なのか、それともかつての愛の残響か。答えは出ないまま、窓の向こうで朝日が氷を溶かすように光を放っていた。

次回、リオン視点!

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