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31、逃げられぬ執着

 エリアスが氷の扉の向こうに消えた後、部屋に残されたのは、冷たい静寂だけだった。白い吐息がわずかに揺らぎ、レティシアはその場に立ち尽くす。


 ___永遠に。

 彼の最後の言葉が、耳の奥で何度も響いて離れない。


 呆然としたまま、ゆっくりと視線を巡らせる。見渡す限り、氷でできた城のような部屋。天井まで届く大きな窓には、白いカーテンがかかっているが、少しの隙間から外の光がわずかに差し込んでいた。


 震える手でカーテンをめくる。目の前に広がったのは、柔らかい緑に覆われた穏やかな草原。小さな花が風に揺れ、木々が遠くでざわめいている。

 けれど、その穏やかな景色は、この氷の部屋にいる自分にとって、どこか遠い異国のように思えた。


 「……なんで、こんなことに……」


 声が震え、唇がかすかに引きつる。何度も深呼吸を繰り返して、気を落ち着けようとするが、冷たい空気は肺を満たすだけで、恐怖は消えない。


 ___どうして……カイルが……。


 信じられない気持ちで、部屋を一つ一つ探りながら歩いた。扉は分厚い氷でできていて、取っ手も鍵穴も見えない。壁にはわずかな装飾があるだけで、隠し扉のような仕掛けもない。出口など、どこにもなかった。


 そのとき、扉の向こうから小さなノックの音がした。


 「……失礼いたします」


 そっと扉が開き、メイド服を着た女性が現れた。氷の世界に似つかわしくない温かなティーセットを手にしている。


 「お世話係として参りました。どうぞお召し上がりくださいませ」


 淡々とした口調に、レティシアは苛立ちを抑えきれずに声を荒げる。


 「……こんなことに加担して、平気なの? 私、閉じ込められているのよ……!」


 けれど、メイドはほんのわずかに瞳を伏せただけだった。


 「……仕事ですので」


 その言葉以上は語ろうとしない。代わりに、そっと頭を下げて静かに告げる。


 「誠心誠意、お仕えいたします。どうかご安心ください」


 それだけを告げると、メイドはティーセットをテーブルに置き、音を立てずに部屋を出ていった。


 再び一人になった部屋に、冷たい空気が重くのしかかる。熱いお茶の香りがかすかに立ち上るのに、心まで温めてはくれなかった。


 「……カイル……。あなたが……こんなことを……」


 小さくつぶやき、頭を抱える。彼の瞳にあったのは、優しさじゃない。狂気と執着に支配された、恐ろしいほどの欲望だけ。





 それから数時間。レティシアは出された食事をほとんど口にできなかった。温かいスープや焼きたてのパンが並ぶが、喉を通る気がしない。どれだけ豪華でも、ここは牢獄だと感じるばかりだった。


 夜が近づくころ、再びメイドがやってきた。


 「お湯をお持ちいたしました。どうぞお身体をお休めくださいませ」


 氷の部屋とは思えないほどの湯気が立ち上り、レティシアは思わず体を震わせる。暖かな湯に浸かりながら、少しだけ心が落ち着く気がした。けれど、すぐにまた、冷たい現実が戻ってくる。


 服を着替え、与えられたナイトガウンに身を包むと、部屋は夜の静寂に支配された。外の草原には星が瞬き、月明かりが氷の壁を淡く照らしている。


 


 レティシアは窓辺に立ち、目を閉じる。あの優しい金の髪と、柔らかな瞳。リオンの顔が、浮かんでは消えた。



 ___リオン様……。

 会いたい。あの微笑みを、もう一度見たい……。

 こうなって気がついた…私、リオン様が……好き。


 けれどここからは何も届かない。目を開けると、月明かりに照らされた氷の壁が、冷たい現実を突きつけていた。


 そのときだった。

 重い氷の扉が、ゆっくりと軋む音を立てて開いた。


 ___エリアス様……。


 振り返ると、そこには再び現れたその瞳。冷たい狂気と執着を隠さない、その視線に、レティシアは息を呑むしかなかった。


 エリアスは静かに足を踏み入れると、ゆっくりと近づいてくる。氷の城の冷たい空気すら、彼の存在に満ちる狂気にかき消されるように思えた。


 「夜は長い。寂しくなかったか?」


 低く甘い声が耳元を撫でる。けれどその響きには、どこか切り裂くような鋭さが滲んでいた。


 「……エリアス様、お願い……やめて……」


 レティシアは震える声で訴えかける。だがエリアスは優しく微笑むと、まるで恋人を愛撫するように頬へ手を伸ばした。


 冷たい指先が、そっとレティシアの肌を撫でる。氷のような感触に背筋が震えた。


 「お前は……俺のものだ。逃がさない。永遠にだ」


 レティシアはその言葉に、必死に首を振った。けれどエリアスの手は頬を滑り、顎を掴むようにして彼女を見つめる。


 「……もうやめて! これは……愛なんかじゃない……!」


 レティシアの声は切実で、怒りと恐怖に震えていた。だがエリアスはわずかに目を細め、狂気の底で輝くように微笑む。


 「……愛だよ。お前がどう否定しようと、俺の心は決して揺らがない」


 その声は穏やかで、けれど背筋を凍らせるような確信に満ちていた。


 レティシアは息を呑み、必死に反抗の色を瞳に宿す。


 「こんなもの……認めない……!」


 それでもエリアスは、狂気に満ちた瞳で彼女を見つめ続ける。微笑みを崩さぬまま、静かに囁くように言葉を落とす。


 「……それでいい。抗うお前が、一層愛おしい……」


 その声に、レティシアの心は凍りつく。逃げ場のない空間で、ただ一層深く彼の執着に囚われていくのを感じた。

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