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【本編完結済】前世を思い出したら恋心が冷めたのに、初恋相手が執着してくる 〜そして、本当の恋を知る〜  作者: ゆにみ
第3章

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30/50

29、氷の影

 華やかな婚約パーティーは、最後まで夢のような時間だった。リオンの腕の中で交わした甘い言葉や、夜の庭園で感じた温もり___すべてが胸の奥に刻み込まれ、帰りの馬車の中でもレティシアの頬はほのかに紅く染まっていた。


 「……まだドキドキしてる……落ち着かなくちゃ……」


 馬車の揺れに合わせてそっと目を閉じ、深呼吸をする。けれど胸に広がる甘い記憶の余韻は消えず、むしろ心をかき乱すように熱を帯びていた。そんなとき、ふいに脳裏をかすめたのはエリアスの視線。まるで全てを見透かすような、あの冷たい青い瞳___。


 (エリアス様......でも、カイルを裏切っているようで......)


 そんな思いが心を締めつける。けど___


 (でも……私は今、レティシアとして生きている。リオン様に惹かれている気持ちに......もう嘘はつけない)


 震える指先をきゅっと握りしめる。自分に言い聞かせるように、確かめるように。

 ___この選択は、きっと間違っていないはずだと。


 けれど、その決意を胸に刻んだ瞬間だった。



 ―――ドンッ!


 馬車が急に大きく揺れ、車体がぎしりと軋む。揺れに思わず身体を支えようとした次の瞬間、馬車の扉が乱暴に開かれた。夜風とは違う、ひどく冷たい空気が一瞬で車内に吹き込む。氷のように冷たい気配に、レティシアは息を詰めた。


 「……誰?」


 呟いた瞬間、ふわりと甘い香りが鼻をかすめる。何かが口元に押し当てられ、息をするより早く、視界が暗く落ちていった。

 誰かが入ってきた――その一瞬の記憶を最後に、意識が急激に遠のいていく。倒れるように瞼を閉じ、冷たい空気と花のような香りだけが肌に残された。






 ***





 ―――次に目を覚ましたとき、レティシアは思わず息を呑んだ。

 

 そこはまるで氷の城のような空間。淡い光を帯びた氷の壁が、冷たくも美しい輝きを放っている。天井から吊り下がる氷柱はまるで宝石のように光を屈折させ、青白い光が床にゆらゆらと揺れていた。

 音もなく澄んだ空気が広がり、氷が奏でるかすかなきらめきが耳を打つ。その不思議な音色はまるで遠い記憶の囁きのようで、胸の奥をくすぐるように響いてくる。


 けれど、不思議なことに寒さは感じなかった。むしろ、氷に覆われたこの空間全体が、やわらかなぬくもりを含んでいるように思えた。まるで、誰かの想いがこの場所を満たしているかのように。



 「……ここは……?」



 声を出すと、天井に反射した光が震えるように煌めいた。その眩しさに目を細めた次の瞬間――背筋にひやりとした気配が走った。

 氷の静寂を割るように、足音が一歩ずつ近づいてくる。その音はやわらかでありながら、胸の奥にまで響くように重い。



 心臓が強く脈打ち、呼吸が乱れる。緊張と恐怖に細い肩が震え、思わず唇を噛んだ。

 「……だ、誰……?」



 氷の光を浴びながら、ゆっくりとその姿が現れる。青い瞳が氷の輝きと同じ冷たさを帯び、けれどその奥に隠された激情を感じさせる。

 エリアス様___否、前世の夫、カイルの面影を宿すその男が、確かにそこにいた。


 胸の奥が恐怖に震え、冷たい空気に喉がひりつく。レティシアはただ、その瞳を見つめるしかなかった。凍りつくような空気の中、彼の視線だけが熱を孕んでいるように思えたのだ。


 「……目が覚めたようだな、レティシア」


 その声が響いた瞬間、氷の城の空気すら震えたように感じられた。足音と共に近づく気配に、レティシアは息を呑み、身体を強ばらせる。


 それでも___その瞳に映る自分を、ただ確かめるように見つめ返すしかできなかった。



ここまで読んでくださりありがとうございます!

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