24、告白と翳り
急展開!
翌日。
レティシアは、リオンとの約束のため、再び王宮へと向かっていた。
柔らかな春の陽射しが白い石畳を照らし、足取りは自然と落ち着いているようで、心の奥は小さく波立っている。
王宮の門前に立つと、リオンがにこやかに出迎えてくれた。
「体調、大丈夫? 昨日のお祭りもあったし、無理はしないでね」
その穏やかな声に、レティシアは小さく笑みを返す。
「本当は、エリアス大公にもお願いしようと思っていたんだ。あの魔導書は、彼の前でも反応していたから……でも、残念ながら今は魔物退治の任務中で不在なんだ」
少し残念そうにそう告げるリオンの瞳には、それでも期待を隠せない光があった。
「だから、今日は僕と君の二人きりになっちゃうけど……よろしくね」
王宮の重厚な扉を背に、二人だけの調査が始まろうとしていた。
***
レティシアとリオンは、王宮の薄暗い魔導書保管庫に並んで立っていた。
わずかな光だけが差し込む部屋には灯りが揺らめき、重い空気がどこか緊張を帯びている。
目の前の魔導書は、レティシアに反応するように微かな光を帯びている。
そっと手を伸ばすと、ページが勝手に開かれ、いくつかの記憶の断片が映し出される。
“……誰かの、苦しむような声”
“止まらない力……周囲を巻き込もうとする強大な魔力”
“その中心にいる、黒い影のような存在”
レティシアの胸の奥がずきりと痛む。
でも、誰の記憶かはわからない。
目の前の映像は、まるで過去の断片のようにぼんやりとしていて、はっきりとした輪郭を持たない。
(……何……これは……)
息を呑むレティシアの横で、リオンがそっと声をかける。
「……どうしたの? レティシア。苦しそうな顔をしてる」
レティシアは息を呑むと、震える声で口を開いた。
「……私、見えたの。黒い影のようなものが……まるで、誰かが暴走しているみたいで……」
レティシアの声は震えていた。けれど、その奥には確かな確信があった。
「魔導書が……その暴走を止めようとしていた……そんな風に感じたの」
リオンはゆっくりと頷く。
「……なるほど。魔導書が、暴走を止めようとした……、ね」
彼の声は静かだったが、そこには優しい共感と確かな思索が滲んでいた。
「それなら……君が見た“映像”は、魔導書の記憶なのかもしれない。魔力を暴走させて、周囲を巻き込もうとする力……その力を、魔導書が封じようとしていたのかもね」
リオンの瞳は真剣そのもので、そこに偽りの色はなかった。
「……そう……かも」
レティシアは小さく頷く。
胸の奥に広がるざわめきが、少しずつ静まっていくのを感じた。
リオンは腕を組み、しばらく黙って考え込んでいた。
そして、ゆっくりと口を開く。
「魔導書が暴走を抑えた……それだけならまだ理解できるけど、問題は誰がその暴走を起こしたかだよね」
「記憶の断片はぼんやりしていて、正確なことはわからない。だけど、黒い影のような存在……もしかすると、その人物は特別な力を持っていたのかも」
リオンの目は真剣そのものだった。だが、その視線の奥に、わずかに切なさが宿るのをレティシアは感じた。
「……その人物と君には、何か深い繋がりがある気がする。……前世の縁かもしれない、ね」
リオンはふっと視線を落とし、少しだけ目を伏せる。
「……それが、少しだけ……複雑な気持ちになるけど」
淡く苦笑するリオンの表情は、一瞬だけ心の奥を覗かせるようで。
レティシアは小さく息を呑んだ。
その笑みは、ほんの一瞬で消えてしまう。
その後に残ったのは、言葉にできないような切なさだった。
リオンはそっと息を吐くと、視線を落とした。揺れる瞳に、苦悩の色がにじむ。
まるで、心の奥に隠していた思いが溢れそうになるのを、必死で抑えているかのように。
「本当は……君の気持ちが整理できるまで、待つつもりだったんだ」
リオンの声が、かすかに震えていた。
「無理に答えを迫るのは、間違っているって……わかってたから」
窓の外から差し込む淡い光が、彼の横顔をそっと照らす。
その表情は、どこか寂しげで、それでも静かな決意を宿しているようだった。
「でも……僕には、もうできそうにない」
リオンは小さく唇を引き結び、言葉を探すように続けた。
「気づいてしまったんだ。君を想う気持ちを……」
「これ以上隠せないってことに」
その目に宿る想いが、レティシアの胸を強く揺さぶる。
真剣さと、ほんの少しの不安――そんな感情が、静かに彼の瞳に浮かんでいるように思えた。
けれど、それ以上に……諦めたくないという強い意志が、そこには確かに感じられた。
「レティシア……君の心の奥には、まだ迷いがあるのかもしれない。それでも……」
言葉を紡ぐリオンの声に、レティシアは思わず小さく息を呑む。胸の奥が熱くなり、息が詰まるように感じられた。
リオンは一度、深く息を吸い込む。
言葉を選ぶように視線を伏せ、けれどすぐにレティシアを真っ直ぐに見つめた。
「僕は……君と一緒にいたい。君を守りたい」
その声は静かだったが、そこには揺るぎない想いが込められていた。
一瞬の沈黙のあと、唇がかすかに震える。
「……それが、僕の我儘だって……わかっているけど……」
彼の瞳には、切なさと恐れ、そして必死な願いが滲んでいる。
レティシアの心臓が、ドクンと強く脈打つ。
そして――
「……だから……レティシア」
リオンの声が震える。
「僕と、婚約してくれないかな」
その一言のあと、リオンは小さく息を吐いて、ふいに視線を逸らした。
「……王子である僕が言ったら、断れないよね」
苦笑めいた声はどこか自嘲気味で、それでも――どこまでも優しかった。
「ずるくて……ごめん。でも……この気持ちは、本物なんだ」
言葉の最後にかすかな震えが混じる。
その声には、強がりと不安と、どうしようもない願いが滲んでいた。
「……リオン様……」
レティシアは視線を下ろす。
胸の奥には、答えの出ない想いが渦巻いていた。エリアス様の面影、前世の記憶、そしてリオン様の優しさと真剣な瞳。
___全部を、すぐに答えにするのは難しい。
けれど。
(……この人は、今の私を見てくれている)
それだけは確かだった。
小さく頷き、震える声で言う。
「……ずるくなんか……ありません......」
心の奥でまだ整理しきれない想いはあったけれど、リオン様の言葉は確かに温かくて。
小さく、けれど確かに、微笑むことができた。
***
任務を終え、疲れを押して重い足取りで大公邸へ向かうエリアス。
心の中では、ただ一つ___レティシアに会いたい、その一念だけが揺るがなかった。
(……やっと会いに、行ける……)
微かに口元を緩めながら、あの温かな瞳を思い浮かべる。
___だが、その思いはあっけなく断ち切られた。
門前で配られる号外に目が留まる。
「リオン第二王子殿下とレティシア公爵令嬢の婚約、正式に発表___」
目を疑う。何度も何度もその文字を読み返すが、現実は変わらない。
「……は?」
声が掠れ、呟きにもならない。
心臓が冷たい手に鷲掴みにされたように、音を立てて軋む。
世界から色が奪われていくように、視界さえ霞んでいく。
胸の奥が冷たく沈んでいくのを感じた。
次回、エリアス視点!




