23、決意の夜
夜の風が、花火の名残の煙をやさしく運んでいく。
小さな広場にただよう甘い煙の匂いに、少しだけ胸が締めつけられるような、そんな不思議な感覚が残る。
リオンはレティシアの言葉を静かに受け止めたまま、やわらかく微笑むと、小さく息をついた。
その声には、驚きよりも静かな納得が混じっていた。
「……なんとなく、少しだけ、納得がいく部分もあるんだ」
微笑んだ瞳には、受け止めようとしている優しさがにじんでいる。
「ずっと……レティシアの中に、何か重たいものがある気がしてた」
「――あの日から、ずっと気になってたんだよね」
その『あの日』――エリアスと共に魔導書に巻き込まれ、王宮の地下空間に落ちた出来事は、今も胸の奥に残っている。
あの時から、自分の中に何かが張り詰めたままになっている気がしていた。
レティシアがそっと息をつくと、リオンはふっと柔らかく笑った。
「でも、焦らなくていいよ」
間を置いて、そっと続ける。
「前世のことも、今の君のことも……どちらも、ちゃんと君だって分かってるから」
そして、少しだけ言葉を探すように視線を彷徨わせてから、リオンは提案する。
「……また今度、一緒に魔導書を調べようか?」
「レティシアが気になるなら、僕も協力したい」
レティシアは一瞬だけ躊躇うように目を伏せ、それでも真っ直ぐにリオンを見て、小さく息を吐いた。
「……はい。ありがとうございます」
と小さな声で返事をした。
リオンはふっと笑って、柔らかな目をして言った。
「じゃあ、この話はおしまい。お祭りの続きを楽しもうか」
その言葉に、レティシアの胸の奥が少しだけ軽くなるのを感じた。
ふと見上げた夜空には、花火がもう一度小さく咲いていた。
***
祭りの賑わいから帰り着いた屋敷は、静かでどこかひんやりとしていた。
部屋の扉を閉めると、余韻のように遠くで響く祭りの音がかすかに届く。
窓辺に立ち、夜風に揺れるレースのカーテンをそっと触れると、心に残る甘い蜜菓子の香りが思い出されて胸が切なくなる。
……前世の記憶。エリアス様の面影。リオン様の優しい瞳。
お祭りの夜、私は無理に笑顔を作っていた気がする。
本当はまだ、心の奥に重たいものが残っている。
どこまでが自分で、どこからが過去の記憶なのか。
考えれば考えるほど、迷路の中を彷徨うように苦しくなる。
でも、あの夜、リオン様が言ってくれた言葉を思い出す。
「焦らなくていい。前世も今も、どちらも君だ」
その優しい声が胸の奥に残って、少しだけ支えになる。
けれど……もしエリアス様と向き合う日が来たら、私はちゃんと自分の答えを見つけられるのだろうか。
窓から見上げた夜空は静かに澄んでいて、遠くの星が小さく瞬いている。
その光の下で、レティシアは目を閉じて小さく息をついた。
……けれど。
それでも、進まなければいけない気がする。
胸の奥で小さく灯る熱に、そっと手を添えて、レティシアは目を伏せた。
あの闇の魔導書。
全ては、あの日あの魔導書に触れた瞬間から始まった。
あの謎を解くことが、きっと自分の迷いを晴らす鍵になる。
___もう一度、確かめなくては。
自分が誰で、何を見つけたいのか。
そして、エリアス様と向き合うために。
小さく、でも確かに胸の奥で決意が芽生えるのを感じる。
夜空に浮かぶ星たちは、遠く静かに瞬いていた。
次回、急展開!




