22、花火の下で告げる記憶
お祭りの夜、レティシアとリオンは賑わう通りを歩いていた。
屋台から漂う甘い蜜菓子や香ばしい焼き菓子の香りが、夜風に混ざって心をくすぐる。
音楽隊が奏でる楽しげな旋律に、街全体が浮き立つようにきらめいていた。
リオンは屋台の串焼きを二つ買って、無邪気な笑顔を見せた。
「熱いから気をつけてね」
串を渡されて、レティシアは思わず頬を染める。
甘い蜜菓子を口に運ぶと、少しだけ顔がほころんだ。
そんな時間は、ほんのひととき。
やがてリオンは、祭りの喧騒を離れるようにレティシアの手を取った。
お祭りの賑わいから少し離れた路地を、二人は歩いていく。
灯りの届かない夜の静けさに、足音だけが優しく響く。
「こっちだよ」
リオンが小さく微笑んで手を差し出す。
王子らしさを隠した庶民服姿の彼は、どこか無防備な青年のようで___
けれどその瞳だけは夜の明かりを映して深く澄んでいた。
やがて開けた小さな広場に出ると、遠くで花火が打ち上がる音が響いた。
木々の影に隠れたこの場所は、二人だけの秘密の場所のように感じられる。
「ここなら、ゆっくり花火が見られるから」
リオンがそっと言いながら、レティシアの手を優しく包む。
その温かさに、胸の奥が小さく震えた。
見上げれば、夜空に大輪の花がゆっくりと咲いては散っていく。
その光の残滓に、二人の横顔がやわらかく照らされていた。
花火の儚い輝きに、レティシアは思わず目を奪われる。
「……綺麗……」
無意識にこぼれた声は、夜空の静寂に溶けていく。
花火が散るたびに、その瞬間だけ世界が止まったように思えた。
花火が終わると、祭りの灯りだけが静かに煌めいていた。
まるで二人だけの世界に変わったかのような、あたたかい空間。
「……やっと、笑った」
不意にリオンがつぶやく。
驚いて顔を上げると、リオンが真っ直ぐに見つめていた。
「ずっと、元気がない顔をしてたよ」
少しだけ伏し目がちに、けれど優しく微笑んで。
「だから……今の君の笑顔が、見たかった」
その穏やかな声に、胸の奥が熱くなる。
目の前のリオンの瞳は、優しさと切なさを湛えていた。
レティシアはふと、張り詰めていた心がほぐれていくのを感じた。
「……私……」
声が震えそうになるのを必死に抑えながら、それでも言葉を紡ぐ。
「ありがとう、リオン様……」
小さな声だったけれど、その想いは確かに届いた。
リオンはそっと微笑んで、もう一度手を強く握る。
夜空に咲いた花火は、もうすっかり消えてしまった。
けれど、その光は二人の胸に___静かに灯り続けていた。
レティシアは胸の奥に残る重い想いを、どうしても隠せなくなっていた。
ずっと心の中でぐるぐると渦巻いていた不安と混乱。けれど、その隣にいるリオンの優しい瞳に触れていると……思わず打ち明けてみたくなった。
___この人なら、受け止めてくれるかもしれない。
そんな想いが、小さな勇気になって息を吸い込ませる。
小さく深呼吸をしてから、レティシアはリオンを見上げる。
「……最近、ずっと考え込んでしまうことがあって……」
声が少し震えているのを自覚しながらも、瞳の奥にはどうしても譲れない強い思いが宿っている気がした。
「信じてもらえないかもしれないけど……」
リオン様の目をじっと見つめながら、言葉を続ける。
「私には……前世の記憶があるの」
言葉にすると、胸の奥に重く沈んでいたものが少しずつほどけていく。
リオンは驚いたように一瞬目を見張ったが、すぐに穏やかに頷いた。
まるで全てを受け止めるかのように、その瞳は柔らかく揺れていた。
「それでね……」
言葉を選ぶように、少しだけ間を置いた。
「前世で、ずっと大切だった人のことを思い出してしまったの」
声はかすかに震えていた。
自分でも掴みきれない想いを口にすると、胸の奥が痛む。
けれど、リオン様の優しい瞳が、そっと全てを受け止めてくれているように感じた。
「でも……その記憶があまりに鮮やかで、まるで自分とは別の人格のように感じて……」
「怖くなるの」
「……自分でも、どこまでが本当の私なのか分からなくなって……」
「それで……自分でも、どうしていいか分からなくなって……」
言葉が途切れ、涙が零れそうになる。
リオンはそっと、レティシアの肩に手を置いた。
「……大丈夫」
優しく微笑んで、彼は静かに言葉を紡ぐ。
「君の中にあるどんな記憶も、全部が君なんだよ」
「前世の想いも、今の君の気持ちも……」
「どちらも、レティシアだ」
その声に、レティシアは胸の奥に温かい光がともるのを感じた。
張り詰めていた糸が、そっとほどけていくように___。
けれど、その時、リオンはほんの僅かに目を伏せた。
それから、ゆっくりと視線を戻し、躊躇いがちに口を開く。
「……ちなみに、それは……」
一呼吸置いて、リオンは優しく問いかける。
「エリアス大公と……関係があるのかな?」
声には真剣さと、隠せない不安が滲んでいた。
レティシアは一瞬だけ息を呑む。けれど、目を逸らさずにゆっくりと頷いた。
「……うん。多分」
その先の言葉はまだ形にならないけれど、二人の間にあたたかく、そして切ない沈黙が広がった。
夜空には、遠くで再び小さな花火が弾ける音がした。
遠くで響いた小さな花火の音が、二人の間に残る想いをそっと照らすようだった。
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