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16、揺れる心、確かな手

 怪我をしているエリアスに休むように伝え、石造りの通路を、レティシアはゆっくりと歩いた。

 魔力の感知も、視界に入る限りの異常もない。

 小さな扉の先に続く階段や、崩れかけた壁の奥も念入りに確認したが、危険はなさそうだった。


 「……大丈夫そうね」


 自分に言い聞かせるように小さく呟き、レティシアはエリアスの元へと戻った。


 彼は壁際に腰かけ、静かに呼吸を整えていた。先ほどより顔色も戻り、左腕をそっと握り直してみせる。


 「もう、だいぶ楽になった。あとは……時間の問題だ」


 「なら、よかったです」


 レティシアは一瞬だけ彼の顔を見たが、すぐに視線を外す。胸の奥のざわめきは、まだ収まっていない。


 「ここにいても仕方ないわ。とりあえず、外へ出ましょう。捜索隊が来てるかもしれないですし」


 「ああ、そうだな」


 そう答えたエリアスの声は静かで、どこか、彼もまた思考に沈んでいるようだった。


 二人は並んで通路を進み始める。けれど、足音だけが石の床に響き、会話はない。

 空気が、少し重たい。言葉を探そうとするたび、レティシアの頭の中では、あの出来事___そして、彼の言葉がぐるぐると繰り返された。


 (あのとき……私の名前を呼んだ。あんなふうに、まるで……)


 (まるで、あの人みたいに)


 浮かんでは否定し、また浮かぶ。魔力の共鳴か、記憶の残滓か、それともただの偶然か。

 彼が誰かと重なって見えるたび、心が軋んで苦しくなる。


 (……思い出さないで、そんな風に)


 (もう……終わったはずなのに)


 そんな思考の渦の中で、突然、外から誰かの叫ぶ声が届いた。



 

 「――レティシア!!」


 空気を切り裂くように、鋭い声が通路に響く。


 

 「リオン様……!」


 松明の灯りが、通路の先から複数現れる。急ぎ足で近づいてくる一団の中、金髪の青年が真っ先に駆け寄ってきた。


 「無事でよかった......! 遅くなってすまない......!」


 レティシアが口を開く前に、リオンは彼女の両肩をしっかりと掴んでいた。

 その目には安堵と焦燥の色が混ざっている。


 (……リオン様)


 胸の奥にこわばっていたものが、ふっと緩んでいくのがわかった。

 ぐるぐると巡っていた過去の記憶も、正体のわからないざわめきも、

 リオン様の確かな手と、揺れる青い瞳が、少しずつ遠ざけてくれる。


 (……やっと、助かった)


 それは、ただ危険から救われたという意味だけじゃない。

 エリアスの瞳の奥に見えた何かに、押しつぶされそうだった自分を、引き戻してくれる確かな現実___それが、リオンだった。


 「怪我は? どこか痛むところは……!」


 「だ、大丈夫です。私は……それより、エリアス様が......」


 レティシアの視線が後ろへ向けられる。そこには、まだ少し疲れた様子を見せつつも立っているエリアスの姿があった。


 リオンは彼にも素早く視線を移し、すぐに後ろの騎士たちに指示を出した。


 「こっちだ! エリアス大公の手当を――!」


 騎士たちが駆け寄り、エリアスを支えるようにして誘導する。その光景を見ながら、レティシアは小さく肩の力を抜いた。


 「……本当によかった。遅れてしまって、ごめんね」


 リオンの声が、そっと降り注いだ。

 彼は静かにレティシアを見る。その青い瞳が、ほんの少しだけ揺れていた。


 「……けど、目の前で君が爆発に巻き込まれるのを見た時、本気で、心臓が止まるかと思った」


 それは、王子としての言葉ではなかった。リオンという一人の青年の、素直な想いだった。


 レティシアは、小さく目を伏せた。


 「……ごめんなさい。何も考えず、飛び込んでしまって」


 「......謝らなくていい。こうして無事だったんだ」


 リオンの言葉は、どこまでも穏やかで優しかった。


 


 けれどその横で、無言のまま騎士たちに支えられるエリアスは、ちらりとレティシアに視線を送った。


 言葉にはしない。けれどその瞳には、確かに何かがあった。


 ____まだ、何かが始まったばかりだという予感。


 

次回、エリアス視点です!

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