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13、運命が静かに動き出す

 夜空に煌めく星々の下、王宮の大広間にはすでに華やかな音楽と笑い声が満ちていた。

 第一王子アゼルの誕生日を祝うこの舞踏会は、王都の社交界の中でも屈指の一大行事だ。


 貴族たちはそれぞれに着飾り、誰とともに現れるかでさえ、噂の種になる。


 そして、その夜___

 一際注目を集める扉が、ゆっくりと開かれた。


 

 「……うん、すごく似合ってる。思わず見惚れたよ」

 そう言って、リオンはふわりと笑う。


 その言葉にレティシアが目を見開くと、彼は軽く片手を差し出した。


 「じゃあ、行こうか。___きっと、みんな驚くよ」


 レティシアは静かに頷き、迷いなくその手を取る。


 白銀の刺繍が施された深い青のドレスが、彼女の白い肌をより引き立てる。

 一歩ごとに揺れる裾と、凛とした立ち姿。

 それはかつて、傲慢と噂された公爵令嬢とはまるで別人だった。


 その傍らには、火の魔力を内に秘めた第二王子___リオン。

 金髪に碧眼、穏やかな微笑みを湛えながら、レティシアをエスコートするその姿に、会場が一瞬静まり返った。


 「……えっ? リオン殿下とレティシア様が……?」


 「彼女って、ずっとエリアス大公に____」


 「まさか……乗り換えたってこと?」


 ざわめきが、波紋のように広がっていく。

 だが二人は、まるで何事もなかったかのように優雅に歩を進めた。


 レティシアは正面を見据えたまま、わずかに視線を落とす。

 胸の奥には、少しの緊張と、それでも揺るがない意志。


 そのとき__隣を歩くリオンが、そっと声を潜めて言った。


 「……大丈夫。みんな君に目を奪われてるだけさ」


 レティシアは小さく瞬きをし、横目で彼を見る。

 リオンはいつもの穏やかな笑みを浮かべたまま、前を向いて歩いていた。


 「堂々としてればいい。......僕も、そばにいるから」


 その言葉に、レティシアの胸の奥が、ほんの少しほぐれていく。

 周囲の好奇の視線を正面から受けながらも、彼女の歩みに乱れはない。

 リオンもまた、何も言わずにその手を優しく支え続ける。


 やがて二人は、会場の中央へと歩み寄り、形式に則って一礼を交わす。


 ほんの少しだけ、二人の距離が近づいた。


 その様子を、会場の隅から静かに見つめるひとつの影があった。

 黒衣に身を包み、氷のように冷たい双眸で。

 ____エリアス・ノルベルト、大公その人。


 手にしたグラスを持つ指が、僅かに震えていた。

 けれど、その揺れを知る者は、まだいない。





 やがてレティシアとリオンは、会場の中央を抜け、正面の玉座へと歩を進める。

 そこに座すのは___この舞踏会の主役であり、次代の王たる男。


 第一王子、アゼル・ヴァルトハイム。


 リオンと同じく金髪に碧眼。だが、その印象は大きく異なる。

 柔らかな雰囲気を纏うリオンとは対照的に、アゼルは凛とした鋭さを宿していた。

 きりっと引き締まった面差しに、言葉より先に「覚悟」が滲む。


 民を導くに相応しい、王の器。

 それはただの生まれによるものではなく、彼が日々選び取ってきた姿だった。


 「今宵はご招待、誠にありがとうございます。アゼル殿下」


 レティシアが深く礼をとると、アゼルはわずかに微笑んだ。

 だがその瞳は鋭く、まっすぐに二人を見据えている。


 「ようこそ、リオン。そして……レティシア嬢。君が来てくれたことを、心から嬉しく思う」


 その声音には王族としての威厳と、個人としての礼節が同居していた。


 「……光栄に存じます」


 「兄上、こうしてレティシア嬢とご一緒できて、嬉しく思います。......ね?」


 冗談めかした口調に、けれどどこか本気の色が混じっていた。

 ふと向けられたリオンのまっすぐな視線に、レティシアの胸が小さく跳ねる。


 「……っ、そんなふうに言われると……」


 視線を逸らしながら、思わず言葉を濁す。

 熱を帯びた頬を隠すように、レティシアは手袋の指先をそっと摘んだ。


 リオンはその様子を見て、口元だけで笑う。

 けれど、それ以上は何も言わず___自然な仕草で、そっとレティシアの背を支える。


 その様子を見守っていた第一王子アゼルが、柔らかく声をかけた。


 「……そうか。それなら安心したよ。どうか、今夜を存分に楽しんでくれ」


 アゼルはそう言って、二人に柔らかな笑みを向けた。


 リオンは小さく頷き、レティシアへと視線を移す。

 「……少し、外の空気でも吸わない?」

 静かに差し出された手に、レティシアは戸惑いながらも応じた。


 煌びやかな室内から一歩外へ出ると、夜風がふわりと頬を撫でた。

 バルコニーには他に誰の姿もなく、月明かりが静かに二人を照らしている。





 ____そんな二人の様子を、遠くから見つめる視線があった。


 人々の喧騒の向こう、重厚な柱の陰に身を潜めるようにして立つのは、黒衣の青年。

 氷のように冷たい双眸が、まっすぐにバルコニーの先を見つめている。

 エリアス・ノルベルト、大公その人。


 先ほどまで手にしていたグラスは、すでに空。

 だが、そんなことにも気づかぬほど、彼の思考はぐちゃぐちゃに乱れていた。


 あの笑顔。

 あの距離。

 ___そして、レティシアが誰かに心を開いていく様子。


 「……なぜだ」


 吐き出した声は、自分でも驚くほど掠れていた。

 胸の奥を刺すような痛み。

 これは___ただの嫉妬なのか。

 それとも、もっと深い、名前のない感情……?


 その時だった。


 彼の周囲の空気が、ふと揺れた。


 黒い霧のようなものが静かに現れ、彼の目の前に形を成す。

 それは___あの闇の魔導書。


 レティシアによって僅かに開かれたその書が、今___エリアスの想いに呼応するように、再び姿を現したのだ。

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