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12、封じられた想い

 


 「本日、王宮へお出かけとのことですね。お支度はこちらで整えておきます、レティシア様」



 控えめに声をかけたのは、いつもの侍女・マリーだった。

 何も言わずとも、ただそばにいるその姿に、不思議と心が和らぐ。



 「……ありがとう、マリー。助かるわ」



 レティシアは柔らかく微笑んだ。

 ありがとうと伝えるのは、もう特別なことではなくなっていた。

 その言葉に、マリーの表情がふっと緩んだのを見て、胸の奥が温かくなる。


 

 ***




 再び馬車に揺られて王宮へと向かう道。

 今回はリオン様からの正式な依頼として___魔導書保管庫でのさらなる調査に臨むことになっていた。


 王宮の奥深く。厳重な警護と幾重もの結界によって守られたその場所は、限られた者しか立ち入ることのできない空間だった。

 厚い扉が静かに開かれると、涼やかな空気とともに、無数の封印が施された書架が姿を現す。


 「待っていたよ、レティシア」


 静寂の中に響いた声に振り向くと、すでにリオンがそこにいた。

 金の髪に淡く差し込む魔法灯の光が重なり、その笑顔はどこか懐かしさすら感じさせる。

 その姿に、レティシアは静かに一礼した。


 「こちらこそ、呼んでくださってありがとうございます」


 重厚な扉が静かに閉まり、魔導書保管庫の中にはしんとした静寂が広がっていた。魔力を帯びた空気がわずかに肌を撫でる。

 中央の台座に置かれた黒革の書___反応を示した、あの魔導書が、再びレティシアを待っていた。


 「今回も……お願いできるかな?」

 リオンの声は柔らかく、しかしどこか期待を含んでいた。


 レティシアは無言でうなずき、一歩、また一歩と台座へ近づいていく。

 手を伸ばす指先が、魔導書の表紙に触れた瞬間____ふっと空気が震えた。



 ページが一枚、静かにめくれる。まるで、彼女の来訪を待っていたかのように。


 そこに現れたのは、文字とも魔法陣ともつかぬ淡い光の模様。

 その意味が、自然と胸に落ちてくる。


 言葉にならない想い、けれど確かに“誰か”の感情だとわかる。


(……これは)


 優しさ、喪失の痛み。

 そして、祈りのように静かな、ひとつの願い。


 それはあまりに強く、純粋すぎた。

 だからこそ、魔力と結びついたとき、均衡を失いかけたのだ。


 (この想いが暴走すれば……)


 “ただ一度でいい。大切な誰かに、もう一度会いたい”

 その切実な願いが、やがて制御を超える危険をはらんだ瞬間___


 魔導書は、己の意志でそれを察知し、

 力を封じ、感情の奔流を自らの奥へと封じ込めたのだ。


 世界に混乱をもたらさぬために。

 誰の手にも渡らぬように、誰の目にも触れぬように、ただ静かに。


 レティシアは、そっと手を引く。

 その瞬間、魔導書はひとりでにページを閉じた。まるで「これ以上は語らぬ」とでも言うように。


 

 「……今日はここまでだね」


 背後から、リオンの声が落ち着いた調子で響く。


 背後から届いたリオンの声は、いつもの柔らかさを保ちながらも、どこか慎重な色を帯びていた。

 レティシアはゆっくりと振り返り、小さく頷く。


「……中に、誰かの想いのようなものを感じました。強くて、深くて……でも、切なくて……」


 リオンは少し目を細め、閉じられた魔導書を見つめる。


 「君が感じ取ったなら、きっとそうなのだろう。……今まで沈黙していた理由にも、関わりがあるのかもしれないね」


 「……このままではいけないと、その想いが訴えているようでした。ずっと封じられていたけれど、目を背けてはいけない何かがあると……」


 レティシアの声は静かに震えていた。

 リオンはしばらく黙ったまま彼女の横顔を見つめ、ゆっくりと言葉を継ぐ。


 「……君にしか感じ取れない想いなんだね。きっと、この魔導書が君を選んだ理由も、そこにあるのかもしれない」


 レティシアがそっと目を伏せると、リオンは柔らかく微笑んで言った。


 「ありがとう、レティシア。今日わかったことは大きな一歩だ。……続きはまた次の機会にしよう。無理をさせるわけにはいかないからね」


 レティシアは小さく頷き、そっと魔導書から手を離した。

 すると、まるでその合図を受けたかのように、魔導書の光がふっと消え、再び重く閉ざされていく。


「……眠ってしまった、のですね」


 ぽつりと呟くレティシアに、リオンは静かに立ち上がり、そっと彼女の傍に歩み寄る。


「けれど、確かに目を覚ました。君の手で、少しだけ。でもそれは、大きな一歩だよ」


 彼の言葉は、優しさだけでなく、真剣な信頼の響きを持っていた。

 レティシアはほんの少し視線を伏せ、それからまた顔を上げる。


 「……また、呼んでいただけますか?」


 「もちろん。次も一緒に、続きを確かめよう」


 その約束のような言葉に、レティシアの胸の奥が少しだけ、温かくなる。

 知らず、微かな笑みが唇に浮かんでいた。


 







 ____そして、日が変わり。


 王都では間もなく、第一王子アゼルの誕生日を祝う盛大な舞踏会が開かれようとしていた。

 社交界でも屈指の注目を集めるこの催しに、レティシアも正式な招待を受けている。


 今回は、リオンのパートナーとして共に出席することがすでに決まっていた。

 その誘いは、形式以上の想いを感じさせるもので、レティシアの胸にそっと余韻を残していた。


 レティシアはまだ知らなかった。

 その夜が、思いがけぬ衝動と、眠っていた記憶をさらに揺り動かす____忘れられないひとときとなることを。



次のお話は物語の転換期となる予定です

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