プロローグ
レティシアは息を詰めたまま、氷の城の中で立ち尽くしていた。
この冷たさは、魔法のせいだけじゃない。
目の前にいる――この国を統べる氷の大公、エリアス・ノルベルトの眼差しが、あまりにも異様だったから。
「俺たちは愛し合っていたはずだ……そうだろう?」
その低く響く声が、空気を凍てつかせた。背筋がぞくりと震える。
___愛し合っていた……。
確かに、そうだった。
”あの頃”の私たちは、確かに愛し合っていた。
けれど──今、目の前にいるのは、”あの頃”の彼じゃない。
かつての優しさ。ぬくもり。すべてが幻だったの?
彼の微笑みに宿っていたのは、まるで──狂気。
「……そんなのは……愛じゃないわ」
かすかに震えながらも、レティシアは言葉を絞り出す。
でも、それは明らかな拒絶だった。過去ではなく、今を見据えた声。
「……ふふ。そう言うと思った」
彼の笑みが深まる。氷の瞳が、決定を下すように細められる。
「……とにかく、お前はここから出られない」
言葉は静かだった。けれど、その裏にあるものが恐ろしいほどはっきりと伝わってくる。
「……永遠にな」
その言葉が告げられた瞬間、空間全体が軋みをあげる。
氷の城は、外界との繋がりを断ち切るように音を立てて閉じていく。
レティシアの心臓が、ひときわ強く脈打った。
逃げられない。
この冷たさも、この絶望も──
どこまでも、彼の支配下なのだ。
それでも──胸の奥に、誰かの笑顔が浮かぶ。
最後に一言だけ、伝えられるなら。
……あなたに、会いたい。