人の世界には『豚も煽てれば木に登る』という諺があるらしい。
ある日、私の偉大なる主が何やら頭を悩ませていた。
「どうされたのですか?」
私が尋ねると主は答えた。
「あぁ、いや。一つ悩んでおってな」
「一体何を?」
すると主は少し間を置いて答えた。
「人間が死後に行く場所についてな」
滑稽なことだと思った。
それは既に答えが出ているではないか。
「一体何を……生き物は死ねば土に還る。他ならぬ、あなた様がそう創ったのでしょう?」
そのつもりはなかったのに詰問するような感じになってしまい、私は思わず息を止めると主は軽く頭をかきながら答えた。
「その通りだ。だが、あれを見てくれ」
そう言って主が指した方を眺めると遥か下界で人間たちの一団が泣いていた。
どうやら仲間が死んだのを嘆いているらしい。
耳を澄ませるとその声までもが聞こえてくる。
『安心して。私達は必ず死後の世界で……神様の下で再会できるから……』
概ねそのような言葉が行き交う。
どうやら彼らは死んだあとに生き物が土に還るのを知らないらしい。
全てを知っている身からすれば滑稽なことこの上ない。
いや、むしろ何故、他の動物が土に還るのを見ていながらもそのような考えが浮かぶのか理解に苦しむ。
そして、その直後。
私は主が何を悩んでいるのかを悟った。
「まさか……」
「あぁ、叶えてやりたいのだ」
私の偉大なる主はそう答えた。
思わず頭を抱えてしまう。
「何故、そんなことを?」
「あんなにも泣いているのに唯一の慰みが嘘だなんてあまりにも哀れではないか」
その言葉に呆れてしまう。
私は反論をしようとして……諦める。
この方は一度言い出したら決して自分の意志を曲げたりしないから。
「しかし、どのように創ったものか……人間だけが死後に再会するなど……」
そう言って主は再び頭を悩ませる。
きっと、この方のことだ。
すぐに良い案を浮かばせることだろう。
しかし、今この時においては必死に頭を捻っている。
だからこそ、皮肉の一つを私は投げかけた。
「人間の世界には『豚も煽てれば木に登る』なんて諺があるそうですよ」
すると主は苦笑いをしながら私に尋ねた。
「私は豚だと?」
「いいえ、あなたは偉大なる神様です」
分かりきった事を改めて伝え、そしてその後に言葉を付け加える。
「ただ豚さんよりも単純かもしれませんがね」
願われれば叶えずにはいられない。
この偉大なる方は誰にだって慈悲深い。
故にこそ、護り手が必要なのだ。
「さて。それでは考えを詰めていきましょうか。まず、死後に再会出来る人間には制限を設けましょう」
「制限?」
「はい。例えば善人である……とか。蘇った場所に悪人がいたら悲惨ですからね」
「なるほど。それはその通りだ」
「善悪の判断は私がいたします。神様の手を煩わせるわけにはいきませんから」
子供のような危うさを持つ主に対して、私は今日も知恵を貸す。
それが、神様の下僕である天使の役目だから。
子供のように目を輝かせながら、善人の国『天国』の構想を練る神様を私は今日もまた支え続けるのだった。