俺の周りにはやばい女しかいない
「久良くぅぅぅぅぅん! 私と、付き合ってくださぁぁぁぁぁぁぁぁいいいい!!!」
やや舌っ足らずで甘くて、でも声量だけはバカみたいにでかい声が響き渡った。
これは学生生活における超レアイベント、告白……なんかではない。
いや、やってることは確かに告白なんだが、ここは放課後の教室でもなければ人気のない旧校舎でもないし、屋上へと続く階段の踊り場でもない。
俺、久良充は校庭のど真ん中に立っていた。
しかし告白相手の姿は見えない。
いや見えてるけど、俺の0.3かそこらの視力じゃほぼ見えないのと同義だ。
だって彼女は――校舎の屋上にいるのだから。
「久良くぅぅぅぅん!!? 聞こえてますかぁぁぁぁぁぁ???」
周りの生徒がざわざわと騒ぎ出す。
何人かの先生がバタバタと慌ただしく校舎へと入って行った。
今は避難訓練の真っ最中だ。
俺達は先生の誘導に従い、校庭に出た。そのはずだ。
ここには全校生徒が集まっている。そのはずだ。
なんであいつは屋上にいる?
そしてなんで今このタイミングで告白してきた?
理解不能だ。やはりあいつは俺にとって未知の生物。一生分かり合うことのできない異星人に他ならない。
「おい、あれ……2組の三葉穏音だよな」
「なんで屋上にいるんだ……?」
周りの生徒も彼女の正体に気が付いたようだ。
やはりその悪名は留まる所を知らないらしい。
「やっぱ可愛いなぁ、あの子」
「誰だよ久良って。羨ましい」
(くそっ!! 見た目だけに囚われたルッキズム共がッ!!)
何が羨ましいだ。ふざけるな。
あいつが一体どんな所業を今まで俺にしてきたか、お前ら知っているのか?
授業中に乱入してきて、何食わぬ顔で俺の席の隣に陣取ったり(隣の席の山田君は強制的にどかされていた)。
頼んでもいないのにお弁当を作ってきたり。
当然のように一緒に帰ろうとしてきたり。
「消しゴム欲しかったでしょ? はいこれあげる!」とか言ってMONO消し押し付けてきたり(嫌な予感がしてカバー外したら相合傘が書いてあった)。
三葉のやばいエピソードには事欠かないのだ。
確かに顔は可愛いさ。
ふわふわと揺れるセミロングの髪は艶やかだし、とろんとした垂れ目がちの目もとても女性的で可愛らしい。
おっぱいも大きくてスタイルもいい。
見た目だけなら100点満点だろう。
見た目だけなら。
「おい久良……あれ呼んでるぞ」
隣にいたクラスメイトの一人が小声で話しかけてくる。
クラスの連中は三葉のやばさを知っている数少ない理解者だ。だからこその『あれ』呼ばわり。
「あぁ、呼ばれてるな」
「なんか返事しなくていいのか? めっちゃ騒いでるけど」
「俺が返事したいって言うと思うか?」
「いや……思わないな……」
三葉は全く引く気はないのか、「久良くぅぅぅぅん!! 大好きでぇぇぇす!!」と未だに声を荒げていた。
その声を聞くだけで胃痛がしてくる。
正露丸は鞄の中だ。今度からはポケットに忍ばせておこう。身が持たん。
「…………はぁ、仕方ないか」
返事なんかしたくない。このままやり過ごしたいに決まってる。
だが、このままでは周りに迷惑がかかる。
先生方は露骨に困惑と怒りを露わにしているし、このまま三葉に騒がれたままなのも都合が悪い。
それに屋上は危ないからな。三葉は恐らく噛り付くようにフェンスに張り付いているだろう。見えないけど分かる。そういう鬼気迫る何かを感じる声をしている。
このままフェンスが外れて全校生徒の前でスプラッタ的な展開だけは御免被りたい。
俺はたっぷり深呼吸を3回挟んで、
「三葉ぁぁぁぁぁぁ!!」
あいつの名前を呼んでやった。
「あーーーーー!! 久良くんだぁぁぁぁ!! おはよーーーーーー!」
「おはよー!!! それでー! 付き合ってって話なんだけどー!」
「――!! もしかしてー! おーけーしてくれるのー!!?」
周囲の視線が俺に集中する。中にはきゃあきゃあと黄色い声を上げる女子もいた。
くそっ、俺は平穏無事に普通の学校生活が送りたいだけなのに……こんな衆人環視の中で何をやってるんだ俺は。
一瞬冷静になりかけた頭を振り払って、俺は勢いのままに続ける。
「もちろん!!」
「え、うそぉぉぉぉ!!? ほんとに――」
「お断りしまぁぁぁぁぁぁぁす!!!!!」
唐突に静まり返る校庭。
全校生徒が集まっているとは思えないほどの静寂がこの場を支配した。
だが、俺だけはその緊張を微塵も緩めない。
この程度であいつが引くはずがないからだ。
キッと三葉を見つめる。目が合ったような気がした。
「いやでーーーーーーーす!!!」
三葉は弾むような朗らかな声音のまま、高らかに宣言した。
ほらな。この唯我独尊っぷりを見てくれよ。
告白失敗して嫌ですって何?
「私が久良くんを好きなのは私の自由だからー! これからも好きで居続けるし、何回でも告白するからー! よろしくねー!」
何がよろしくだ。ふざけるな。
と言いたいのを我慢して、俺は拳を固く握り込む。
「あ、分かったぁ! ここからだと私の本気度が伝わらなかったんだねぇー! 今そっち行くからー! 待っててねー!」
一方的にそう言い切ると、三葉は屋上から姿を消す。
あぁ、皆さんの視線が痛い。
ちくちく、ぐさぐさと俺の心に突き刺さる。
「久良。後で話がある。逃げるなよ?」
担任の先生が俺に一際冷たい視線をよこした。
なんたる理不尽。俺は何も悪くないのに、何もしてないのに、これから先生の事情聴取を受けなければならない。
どうして俺の周りにはやばい女しかいないんだ。
平穏無事に暮らしたいのに、周りの子達がそうさせてくれない。
俺はもう普通には戻れないのかもしれない。
だって、そうだろう。
三葉だけでも厄介なのに、俺の周りにはまだ他にもやばい女がいるのだから。
***
「ねぇねぇ久良くん。私の告白どうだった? 胸に響いた? きゅんってなった?」
「ええい鬱陶しい。お断りしますってさっき言っただろうが」
避難訓練が終わり担任教師からこってりと絞られて(俺は全く悪くないのに)、その上で俺に降りかかるのはこのやばい女の執拗な攻撃だ。
今はお昼休み。
俺はお昼開始のチャイムと同時に学食へと駆け出したが、こいつはそれを予期していたかのような素早さで追いかけてきた。
そして告白に失敗した事実をなかったことにしているみたいに、こうして執拗に俺に擦り寄ってきている。
「いやですって、私言ったでしょ?」
「告白した側に嫌ですとか言う権利ないんだよ。分かるだろ?」
「……? 分かんないけど」
もうだめだこいつ。全く常識が通用しない。やっぱり宇宙人だ。
「もういい。分かった。お前には何を言っても無駄だったな。忘れてくれ」
「ふふ、そんな褒めてもなんもでないよ?」
「褒めてない。というかいい加減離れろ! くっつくな!」
俺は腕に頬をすりすりしようとしてくる三葉の頭を抑え込む。三葉は「ふぎぎぎぎ」と奇声を発しながら食らいついていた。
そんな俺達を、廊下ですれ違う生徒達が一様に見ている。
くそっ、頼むから変な噂だけは立てるなよ。三葉と付き合ってるなんて噂が流れたらこいつは調子に乗るに決まってる。
鬱陶しさが倍増……いや十倍増になることは間違いない。
今なお抵抗を続ける三葉にそろそろ頭突きでもお見舞いしようかと考えていると――
「や、やっと見つけた……!」
後方から聞き覚えのある声が響いた。
あぁもう、最悪だ。
これ以上登場人物を増やさないでくれ。俺の人生は俺と俺の家族と一部の友達と、あと通学路で見かける可愛い野良猫だけで十分なんだ。お前らの出る幕なんてないんだよ。
そんな俺の願いを、いるかも分からん神様は聞き入れてはくれなかったようだ。
「心じゃん。なんか用?」
三葉が敵対心丸出しでそこにいた女生徒――綾瀬心を睨み付けた。
うっすらと金色に色付いた長い髪が極細の金糸みたいにさらさらと流れる。
日本人とイタリア人のハーフらしいその顔立ちは西洋人形のように整っている。それでいて真っ白な肌は柔らかそうで、そのプロポーションは西洋人形というよりどっちかというとまるでアニメのフィギュアのようにぼん、きゅ、ぼん、だ。
そんな特上の美貌が、今は若干汗ばんで頬も蒸気していた。
「ふぅ……はぁ……なんか用とは、随分な挨拶ね。穏音」
「ねぇ久良くーん。一緒にご飯食べない? 私奢ってあげるよー」
「ちょ、ちょっと!?」
自分から話しを振っておいてガン無視とはやはり唯我独尊。しかしそれで俺にひっつくのはやめろ。頭をすりすりするな、歩きづらい!
「私は、充の正妻よ! 勝手に充を取らないで!」
「はぁぁ??? いつどこでだれが久良くんの正妻になったって? 私の久良くんに余計なこと吹き込まないでくれる?」
「あなたこそ離れなさいよ! 充が嫌がってるじゃない!」
そうして綾瀬は空いている方の俺の隣にきて、ぐいぐいと腕を引っ張ってきた。
「全然嫌じゃないよねー? 久良くんそんなこと言ってないもんねー?」
「いや、全然嫌だが」
「ほら心、嫌だって。さっさと離れたら?」
「今のどう考えてもあなたへの発言でしょ!?」
ぎゃいぎゃい言いながら俺は右へ左へ引っ張られる。
周りの生徒が珍獣を見るかのように俺達を見ていた。
「もういい。もういいから大人しくしてくれ。さっさと飯食うぞ」
「あ、ごめんね久良くん、お腹空いてるもんね。早く並ぼ」
「充は今日なに食べるの? 私も同じのにしようかな」
驚天動地の変わり身の早さを見せた宇宙人共を無視して俺は食堂に入り、食券購入の列に並ぶ。
さっきまでラーメンの気分だったが最早飯を食う気力も沸かない。こいつらはどうせ俺と同じものを頼むに違いない。それが凄く嫌だ。何を頼んでも、いつも、絶対に、必ず、こいつらは同じものを頼むのだ。
はぁ、学食のメニューに誰も食えないような超々激辛メニューとかできないかな。そしたらこの二人をノックアウトさせてやれるのに。当然辛い物がそんなに得意ではない俺もノックアウトされるだろうが、それは覚悟の上だ。俺はこいつらから逃れられるのなら自分の舌と喉と胃を捧げる覚悟がある。
しかしそんなことを考えても状況は何一つ好転しないので、俺は大人しく醤油ラーメンの食券を購入した。
「あ、私奢るって言ったのに」
「なに抜け駆けしようとしてるのよ。私が充に奢ってあげるつもりだったの」
「あとから来た癖になに偉そうなこと言ってんの? 私は久良くんにならどんなことでもしてあげられる自信があるんだから、正妻(笑)さんは引っ込んでたら?」
「私だって充にならなんでも許すわよ! この心も体も、全部充のものなんだから」
「だぁかぁらぁ、それは全部私が先! 私の方が上! 私の勝ち!」
「告白盛大に断られたのに何言ってんだか」
「あー! そういうこと言う!? 別に断られてないし!」
「断られてたでしょう。現実見たら?」
すまん、もう我慢の限界だ。
もういいか? 俺はもうキレちまいそうだよ。
頭の中にいる天使的な俺が囁いた。
『平穏無事な生活を望むなら、短絡的な行動は慎むべきだ』
確かに最もだ。
頭の中にいる悪魔的な俺が囁いた。
『我慢してても状況は変わらない。もうめちゃくちゃに暴れて全部ぶっ壊そう』
確かに最もだ。
しかしよく考えて欲しい。そんな程度のことで、こいつらが俺を解放すると思うか?
『……………………』
悪魔的な俺は沈黙した。結論は出た。現状維持。
しかしそれだと流石に俺の気が収まらないので、ささやかな抵抗はしよう。
俺は綾瀬に顔を向ける。
「なんでもって、本当になんでもか?」
「もちろんよ。充になら、私はなんだってしてあげられる」
「じゃあ俺から離れてくれ」
「それは無理」
なんでもじゃねぇじゃん!!
自分の言ったことくらい自分で守ろうよ!? もう高校生なんだからさぁ!!
「だって私は、充のこと心の底から愛してるから。誰よりも、何よりも、この世界よりも」
綾瀬のハーフ特有の青い瞳が俺を覗く。普段なら綺麗な色をしているな、なんて思ったのかもしれないが、俺はその瞳を見てゾッとした。暗い暗い海の中、日の光も届かない深海の底の底、真っ黒な海に飲み込まれそうな錯覚。
寒気がした。
「私は充の正妻よ? どんなことだってしてあげられる。どんな要求も飲んであげられる。どんなことが起きても、どんな状況になっても、充を一生涯……ううん、死んでもずっとずっとずっとずっと愛し続ける。それはね、もう運命なのよ。決まってるの。私は充を愛するために生まれてきたんだから。だから充も私だけを見て? 私だけを愛して? 充のこと、本当に、大大大大大大大大大大大大大大大大――」
「すみません、醤油ラーメンお願いします」
俺は大大言っている綾瀬を見て見ぬフリして、食券をおばちゃんに渡した。
だから嫌なんだ。
一人はシンプルに頭がおかしい女で。
一人はめちゃくちゃ愛が重い女で。
これだけでもお腹いっぱいなのに、でもそれだけじゃない。
俺の周りにはまだ、やばい女がいる。
あぁ一体、俺に平穏な日々はやってくるのだろうか。
***
授業中は学校における唯一安心できる時間だ。
三葉は他クラスだからここにはいないし(授業への乱入は流石に教師の怒りを買ったのか以後起きていない)、綾瀬は同じクラスだけど愛がやたらと重いだけで授業中にあからさまに何かをしてくるタイプじゃない。
俺はカリカリとペンを走らせる。授業に集中する。
あぁ、なんて至福。なんて幸せ。今この瞬間だけはやかましい宇宙人共も鳴りを潜め、心地よい静寂が俺を満たしてくれる。
登校時も休み時間も下校時も全部こうなってほしい。それが俺の切実な願いだ。
大体あいつらが俺に執着する理由は一体なんなんだ。
過去を振り返ってみても、特段あいつらに何かをしたという覚えはない。
幼馴染だった訳でも、義妹だった訳でも、幼い頃の知り合いだった訳でも、屋上から飛び降りそうな所を助けた訳でも、本の貸し借りをした訳でも、曲がり角でぶつかった訳でもない。
きっかけがない。それが逆に怖い。
一目惚れだろうか。
それくらい単純ならむしろ逆に安心する。
実はあなたと私は前世から結ばれる運命だった元夫婦なんだよ、とか言われる方が百万倍怖い。しかも割とあり得そうなのが笑えない。
はぁ……一生授業続かないかな……。
なんて現実逃避をしていたら――
視線を、感じた。
「――!?」
俺も思わず振り返る。だが、そこには誰もいない。
当然だ。俺が座っているのは最後列の窓際という隅の隅。視線を感じるとしたら隣の席か先生くらいしかいない。
だがそのどちらでもない。先生は板書しているし、隣の席の山田君は爆睡している。
まさか、綾瀬か?
いや違う。綾瀬はああ見えて授業は真面目に受けるタイプだ。あいつが座っているのは最前列の真ん中。先生の目の前。後ろから見ても真面目に授業を受けているようにしか見えない。
だとすれば、教室の外だな!
教室の扉は中が見えるように四角い窓が嵌められている。廊下から教室の中を覗いている奴がいるに違いない。
だって前にも同じことがあったから。
俺は恐る恐る扉の方を見る。だがそこには誰もいない。しばらく監視するも、誰かが覗いてくる気配もない。
ここでも、ない……?
でも他に俺を監視できる所なんて……。
その時、ポケットに入れていたスマホがぶるぶると震えた。
誰かからの通知……?
恐らくは俺を監視しているだろうあいつからの――
あー、すっげぇ無視したい。
見たら面倒なことになる気がする。
しかしそんな俺を咎めるように、またスマホが震えた。
ぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶる。
絶え間なく振動し続ける。そろそろ太ももが痒くなってきた。
あーくそ、見ればいいんだろ見れば。
スマホを開くと、一年生の後輩、佐野宮巡瑠からのLINEだ。
既に通知件数は50件を超えていた。
中身を見ると、女の子が壁からこちらを覗き見ているスタンプが大量に送られていた。なんだこのスタ爆。こえーよ。
『やっと見てくれましたね、先輩』
『私のこと一生懸命に探しててめちゃくちゃ可愛かったです』
『動画も撮ってあるので後で共有しますね』
俺はその文面を見てまたきょろきょろと辺りを見渡す。
やはりどこかから俺のことを監視しているのは間違いない。
しかしどこからだ? 佐野宮は確実に俺を見ているのに、その姿がどこにもない。
『ふふ、私がどこにいるか分からないんですね。そんな先輩に大サービスです』
そうして次に送られてきた写真を見て、俺は体中が底冷えする感覚に陥った。
教室だ。椅子に座って、辺りを見渡している俺の《《後ろ姿》》が映っていた。
見下ろすような若干高い位置からの構図。
明らかにこれは、たった今撮られた写真。
でも、おかしいだろ。こんなの。
だって俺の後ろには、誰もいないんだから。
俺はゆっくりと後ろを振り返る。当然そこには誰もいない。
あるのは掃除用具入れだけ――
掃除用具入れ……?
……………………まさか。
掃除用具入れには上部に3本の細長い穴が開いている。そこを目を凝らしてよく見る。0.3の視力を最大限駆使して、目をめちゃくちゃ細めて見る。
その穴から、スマホらしきものがこちらを覗いていた。
俺は授業中にも関わらず立ち上がり、問答無用で掃除用具入れを開け放つ。
そこには、めいっぱいつま先立ちして手を上に伸ばしてスマホを掲げている、身長150センチにも満たないような小柄な女の子がいた。
ぷるぷると震えているせいで肩から垂れた二つのおさげが揺れている。
「なにしてんだ。佐野宮」
「え、えへへ……バレちゃいました?」
頭にこつんと手を当てて、小首を傾げる佐野宮。
「先生、ここにサボり魔がいます」
「サボり魔だなんて酷いです! 私は先輩のことをずっと見ていたくてこんな狭くて汚い所に隠れる羽目になったんですよ!? もっと優しくしてください!」
「なんで、俺が、俺のことストーキングしてくる奴に優しくせにゃならんのだ!」
「な、なんでぇ!? 可愛い後輩じゃないですか!」
「お前のことを可愛い後輩だと思ったことは一度もない」
「先輩がそう思っても私は可愛い後輩なので問題ないです」
だめだ、やっぱりこいつも宇宙人だ。理屈が通じない。
助けを求めるように先生を見ると、あからさまにでかいため息をついて、手を眉間に当ててるのが見えた。
「久良……なんでお前はこう面倒事ばかり持ってくるんだ」
「え、え、な、は!? これ俺のせいなんですか!?」
「そうとしか見えんが」
「俺は被害者です!」
「分かった分かった。佐野宮。お前はさっさと自分の教室に戻れ。担任の先生にはちゃーんと報告しておくから、そのつもりでな?」
ドスの効いた声で先生が脅しをかけると、「し、失礼しましたぁ」と言って佐野宮は去って行った。
「……一度面談をした方が良さそうだな。久良」
「ぜひそうしてください」
あぁ、どうしてこうも俺の周りにはやばい女が多いんだ。
授業中という俺の桃源郷すらも破壊する暴挙。
しかし、それだけで終わらないのが人生というもの。
俺はこの後、この身をかけた一世一代の大勝負に出る羽目になるのだった。
***
もういい加減我慢の限界だ。
毎日毎日、朝から晩まで付き纏われて心安らぐ時間もない。
こんなの、俺の望んだ学校生活じゃない。
だから俺は放課後、あいつら三人を屋上に呼び出した。
「もう俺には関わらないでくれ」
俺の願いなんてこいつらは聞き入れない。それは分かってる。
でも今日の俺はひと味違う。
もう日和見は止めたんだ。流されるのは止めたんだ。
今日はどれだけ反発されようと絶対に引き下がらないという強い意志を固めたのだ。
さぁどこからでもかかってこい宇宙人共め。
俺は絶対に諦めないぞ!
しかし俺の予想と反して三人は――
「分かった。じゃあ久良くんにはもう近付かないようにする」
「充が嫌がってるのに、無理矢理というのも良くないわよね」
「先輩がそう言うなら……諦めます」
そう言ってあっさりと引き下がって屋上からいなくなった。
「……え?」
これで終わり?
何も言わないのか?
喜びと不安が入り混じる。
やけにあっさり過ぎて怖い。怖いけど――
「マジか。マジかマジかマジか。……これで、俺は、自由だあああああああ!」
そんなのどうでもいっか!
天秤はあっけなく喜びの感情へと傾いた。
これで俺の平穏無事な学校生活は約束されたのだ。
いらっしゃい平穏。さようなら宇宙人。
これで俺の物語は幕を閉じ……る訳もなく。
平穏無事な生活が3日過ぎた頃、俺は生徒会長に呼び出されていた。
屋上で相対するのはとっても美人な3年生の女の先輩。
長い黒髪とキリッとした目元が特徴的な麗人だ。
「久良君。次の生徒会長に立候補しないかい?」
「へ? 生徒会長……ですか?」
「あぁ、君は成績優秀だし素行も人望も悪くない。最近はあの問題児達とも疎遠らしいじゃないか。誘うなら今だと思ってね」
「あぁ、なるほど……」
確かにあいつらがこの話を聞いたら生徒会一緒にやるとか言い出してめちゃくちゃに荒らし回るだろうな。
あの宇宙人共と一緒だったから俺は部活や委員会などには一切参加していなかった。入れば確実に迷惑がかかるからだ。でも今はその心配もしなくていい。
生徒会長になれば大学への推薦なんかにもプラスに働くだろうし、将来のことを考えて経験しておくのも悪くないかもしれない。
うん、いいかもな。立候補するだけならタダだ。
「分かりました。それなら俺も生徒会に――」
その時。
「「「ちょっと待ったああああああああああああ!!!!」」」
三葉、綾瀬、佐野宮が屋上へと乱入してきた。
「なんでそんな話になってるの!? 私達のいない間に勝手に進めないでよ!」
「そうよ! 今は『私達がいないことでその有難みと寂しさを感じさせてより親密度を上げる作戦』の最中なのよ! 邪魔しないで!」
「先輩へのストーキングを3日も! 3日も我慢したんですよ! なのにこんな仕打ちあんまりです!」
え、おい待て。なんだその作戦。
俺は全然普通に日常を謳歌してたんだが。自意識過剰か?
というかやっぱそういう裏があったのかよ。くそっ、ぬか喜びさせやがって!
こうなってしまった以上は生徒会長云々の話もパーだ。こいつらと一緒に生徒会に入るなんてできない。迷惑かけたくないのもそうだが、俺の精神が持たない。
「……すみません会長。この話はなかったことに――」
「時に久良君。君は生徒会長が絶大な権力を有していることを知っているかな?」
「え、は? 権力……? なんの話ですか?」
生徒会長に立候補する話は宇宙人の襲来によって白紙になったはずだ。
だというのに、一体なんの話をするつもりなんだ。
「この学校は少し特殊でね。生徒の自主性を重んじるとかふざけた理由で生徒会――特に会長の裁量があり得ない程大きい。それこそ校則を自由に変えられる程だ」
「校則を……? え、それやばくないですか?」
「あぁやばい。だから会長は代々自分を律し、私利私欲のために力を振るわない人間が選ばれてきた。まぁ生徒会長の選出は選挙だから、必然的にそういう人間が人望を集めてきたとも言えるが……そんな訳で私が君を誘ったのも生徒会長に相応しいと判断したからだ」
俺は絶望した。
別に会長の話にじゃない。正確にはその話を今この場でしたことに対してだ。
だってここにいるのは、自分の欲望を全開放し私利私欲のためにしか力を振るわない宇宙人共なのだから。
「久良くんと私だけの特別クラスとか……いいかも……」
「充は毎日私に愛を囁かないといけない校則とか……ふふ、うふふふ。最高ね……」
「一日中先輩をストーキングしてもいい……ってことですか……」
恍惚とした表情を浮かべる三人。
体中が怖気立った。
「待てお前ら。落ち着け。冷静にな――」
「私、生徒会入る。生徒会長にも立候補する!」
「私もやるわ!」
「私もです!」
あ、終わった。
「だめだよ二人とも。そしたら票数が割れちゃうでしょ。ここは協力しよ? 一人が立候補して、他はサポートに回るの」
「確かにそうね……」
「流石、今作戦の立案者ですね……とってもくればーです!」
「ふふん、そうでしょ? そうでしょ?」
こうなった以上、こいつらは己が信念を貫き通すだろう。
止めるには、俺が生徒会長になるしかない。
あぁくそ、やってやるよ。
俺の平穏無事な学校生活のためにお前らの好きにはさせない。
「……分かりました。俺も生徒会に入ります。俺が生徒会長になります」
会長は嬉しそうに微笑んだ。
まるで肩の荷が降りたかのように、本当に嬉しそうに。
「そう言って貰えて嬉しいよ。それじゃあ後のことは全部任せる。これで久良君に全部押し付けられそうだ」
「……は?」
そこで俺は気付いた。気付いてしまった。
わざわざ俺を誘ったのは今生徒会にいる人達が次期会長に相応しくないからだと――
「久良くん。生徒会でもよろしくね?」
「充。これからもずっと一緒よ?」
「先輩。いつも見てますからね?」
三人の美少女が、とろんとした目つきで頬を赤らめて俺を見つめる。
ドキリと心臓が跳ねた。顔が熱い。
なんで今、そんな甘えた顔をするんだ。
あぁくそ、やっぱり――
俺の周りにはやばい女しかいない。