散歩
「おし、悠太アイスクリーム食べに行こう。奢ってあげるよ。」
唐突に食べたくなったが、彼氏もいないし、呼び出せる友達もいない。
「なんで僕なの?ゆみ姉友達ゼロ?」
「うるさい。子供は黙って喜びなさいよ。可愛くないわ。」
最近の小学生はこんな感じなのだろうか。全くもってうちの弟は大人びていて甘やかし甲斐がない。
「行かないっていっても、無理やり連れてくからね。準備して。」
悠太は「勝手なんだから」とつぶやき、洗濯物をたたむ手を止めて、ドタドタと階段を駆け上がった。
「うんとおしゃれな服にしなさいよ。」
今日は暑い。窓から入ってくる夕日は午後だというのに、弱ることを知らない。遊びに行く気力を容赦なく奪ってくる。午前中はぐったりしていたが、なんだか負けた気がして急に外に出ようと思い立ったのだ。
蝉の声がよく聞こえる。
家の中は二人暮らしだから、静かだ。
母と父は2年前に交通事故で他界した。突然の出来事だったので葬式の最中、親戚に愛想を振り撒く余裕があるほど、何もわかっていなかった。寂しさと責任感に気付いたのは、数日後に生活音が減ったと気付いた時だった。
近くに親戚も住んでおらず、私が高校三年生だというのもあり、金銭的なサポート以外は支え合って生活することになった。
「なかなかイカした服のセンスね。悪くないわ。」
「僕はお小遣い持って行かなくていいんだよね、奢ってくれるんだよね。」
「安心しなさい。食い逃げなんてさせないわ。家族を犯罪者にする予定はないからね。」
涼しい格好を選択したが、外に出た瞬間に汗が吹き出してくる。駅前のアイスクリームの屋台を目指して歩き出した。
屋台には数人並ぶ人がいたが、5分ほどで私たちの番が来た。
「バニラ一つと、レモン一つお願いします。」
「ゆみ姉の注文も慣れたものだね。」
なんせ、私たちが生まれたときから、通い続けている。小学生のころは、色々味わっていたがここ一年は、ずっとバニラを食べている。
「ずっと同じ味、飽きないの?」
「飽きるも何も、これを食べたいから、食べに来てるのよ。」
「ふぅん。」
悠太は知らない。
これは母親との思い出の味なのだ。両親が亡くなる前日、私は母親に連れられて、ここに来ていた。
「明日は1日、家を空けるから悠太のこと、よろしくね、ゆみ。」
なんで、そんなことで私にアイスを奢ってくれるのかと、母親に言うと、笑って「ご褒美よー」と言った。
これが気まぐれな母親の、思いがけない最後の記憶だ。
家までの帰り道。日が傾いてきて、影が長く伸びる。
「悠太。夏休みの宿題終わったの?」
「バカにしないでよ。もう8月の下旬でしょ。僕、8月の上旬に終わらせたよ。そういうゆみ姉は宿題終わったの?」
「高校には宿題は存在しないのよ。」
ジトッとした目で私の顔を見て深いため息をついた。小さい声で「まったく」と呟いていたが私は聞かなかったことにした。
私と違って悠太は計画的でしっかりした子に育った。学校でもその大人っぽさに魅せられる子は多いらしく、毎年バレンタインに大量のチョコレートを貰ってくる。
でも、こんな風に育ったのはきっと頼れる人がいなかったからだ。私が悠太にしてあげることはあるだろうか。そんなことを思うたびに、あの日のバニラアイスクリームの味を思い出す。
「ごめんね。」
「何が?」
「いろいろと、よ。」
悠太は白い歯を見せつけながら、ニカっと笑った。
「今日、大雨かもね。」
大げさにため息をついて言った。
「やっぱり、あんた可愛くないわよ。」