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第3話 シュガーウィッチの蜜

 それから、数ヶ月。

 カンタリラは、宮廷料理人として、忙しくなく働いていた。


「今日のプリンも最高のものだった」

「ありがとうございます」


 カラメルソースまで、きれいに空になった皿の前で、国王は名残惜しそうにスプーンを置いた。


「明日の生誕祭は特別だ。わかっているな?」


 初代国王生誕500年を祝う大規模な式典。

 国内外から客人を招く催しであり、振舞われる料理も国中の料理自慢たちが腕によりをかけた至高の一品たちが並ぶ。

 その中でも、やはりシュガーウィッチのスイーツは、注目を浴びる一品になっていた。


「もちろんです。特別なスイーツをご用意させて頂きます」


 既にその期待の言葉は、カンタリラ自身にも届いている。


 宮廷料理人としての試験と同じ、いや、それ以上に失敗が許されない料理だ。

 もし、外国から来た人間を満足させられなければ、もし、自分よりも美味しいスイーツを作る人間がいたら、命はない。


 宮廷内の広い厨房とは別の、地下に作られたカンタリラ専用の厨房。

 全身で押すように、重い扉を開ければ、すぐに甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 

「ただいま。キャンディ」


 その部屋は厨房というより、寝室に近かった。

 ベッドはひとつ。そこには、妹であり、カンタリラのアシスタントして宮廷に住むことを許されたキャンディの姿があった。


「明日は、この国の初代国王が誕生してちょうど500年の記念日で、すごく大きな式典が開かれるの」


 失敗できない日なのだと、キャンディに迫るように近づき、


「だから、()()()()()()()()()()


 縋るように、キャンディの瞳へ手を伸ばした。


*****


 絢爛豪華な食事が並ぶ中、またひとつ運び込まれてきたひとつの皿。


 そこに乗せられていたのは、黄金色に焼かれたパンケーキ。

 パンケーキ自身の重みで、クリーム色の側面が零れ落ちんとばかりに盛り上がる様は、そのパンケーキの柔らかさを示していた。


「こちら、 ”シュガーウィッチのシロップパンケーキ”となります」


 芳しい小麦の甘い香りと紹介に、会場にいた人々の注目は、カンタリラに向く。


「今回は、特別なシロップを用意させて頂きました」


 会場中の注目を浴びながら、カンタリラは、はちみつのような黄金に輝く瞳を持つ眼球をふたつ取り出す。


「シュガーウィッチの中でも、特に甘く、極上の味とされる眼球にございます」


 そして、透明な容器の中で眼球の皮をはぎ、どろりとした半固形の黄金色の砂糖を水へ溶かしていく。


「本日は、我が国の特別な日。かつて、シュガーウィッチは当時の国王が制定した法により救われました。それらの恩、加えて同族である私が調理するのであればと、今回は特別に提供して頂きました」


 ひと混ぜごとに、会場に広がっていく甘い香り。


「本来、シュガーウィッチを食することは許されませんが、今宵、この料理においては、厚意を無下にすべきではないと、陛下も許可されております。是非にお召し上がりください」


 出来上がったシロップをパンケーキへひとかけすれば、待ちきれないとばかりに、参加していた貴族たちが手を伸ばし始めた。


「あの様子では、残念ながら、我々のような者には回ってこないでしょうな」


 パンケーキへ群がる上級貴族たちを眺めている金髪の男へ声をかけるのは、下級貴族の男だった。

 ただでさえ、数の少ない貴重なものだ。自分たちのような下の者に振舞われるわけがない。


「どうです? この赤ワインは、うちの特産品でして、あのパンケーキには劣るでしょうが、良いものですよ」


 ここで最も貴重な料理は、おそらくあのパンケーキだろうが、手に入らない物をいつまでも羨ましがっているだけでは、何も手に入れることはできない。

 いつか、あそこに参加できるよう、今できることを進めるしかない。


「……赤は苦手なのです」


 男が申し訳なさそうに眉を下げる様は、同性ながら整った顔立ちに思えた。この顔ならば、女性たちが放っておかないだろう。

 しかし、一度も噂を聞いたことがない。最近、受爵したか、はたまた外国の者か。


「そうなのですか……それは残念だ」


 どちらにしろ、この式典に呼ばれるような、これから名を上げる可能性のある相手。関係は作っておいて損はない。


「代わりと言ってはなんですが、シャンパンはいかがですか?」


 相手も同じことを思ったのか、オススメだというシャンパンを、近くを歩いていたボーイに持ってくるように告げた。


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