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第2話 もう一歩

「ただいまー」


 カンタリラが自宅の扉を開ければ、すぐに甘い香りと紅茶の香りが鼻についた。

 またお茶をしていたのか。


「おかえり。お姉ちゃん」


 それを証明するかのように、妹であるキャンディがテーブルでメレンゲクッキーとティーカップを並べていた。

 すっかり空になっているティーカップの前で、こちらを見上げる鳥と黒猫は、キャンディ曰く、友人らしい。


「またその辺の動物にお菓子あげて……ダメって言ってるでしょ」


 しっしっと、あっち行けと鳥と黒猫を手で払えば、どうやら利口らしい彼らは、のそのそと開いた窓の方へ歩いて行った。


「ただでさえ、私たちは狙われやすいんだから」

「ごめんなさい」


 かつて、シュガーウィッチの料理を求め、人が列を為した。


 だが、ある日、シュガーウィッチの《《肉体そのもの》》が極上のスイーツであることに気が付いた者が現れた。

 それからというもの、人間はシュガーウィッチを狩り、肉のスポンジケーキの土台に、骨のビスケットを砕き乗せ、仕上げは血のシロップ。そうして、シュガーウィッチを余すことなく、食材として貪った。


 国王はその事態を重く捉え、シュガーウィッチを保護する法律を整備した。

 おかげで、白昼堂々と行われるシュガーウィッチ狩りは収まったが、裏では今でも高額で取引されている。


「それで、どうだったの?」


 だからこそ、カンタレラは宮廷料理人という安全な場所へ、一刻も早く身を置く必要があった。そのための料理大会への出場だ。

 たとえ、自分がシュガーウィッチであることが公に知られることとなっても、自分たちへ魔の手が迫る前に、宮廷へ逃げ込めれば勝ちだ。


「ふっふっふーんっ! もっちろん、優勝ッ!!」


 自慢気に、王都行きの汽車のチケットが入った封筒をキャンディへ見せつければ、キャンディのはちみつ色の目が大きく見開かれた。


「すごい!! じゃあ、宮廷料理人になれるの?」

「それは、宮廷料理人に認められたら」


 町で行われる大会よりも、ずっと難易度が高い試験。

 しかし、あと一歩なのだ。


「でも、すごいよ! おめでとう!!」


 あと一歩で、安全が保障されない、この片田舎の家から出ることができる。


「ありがとう」


 気を抜いたら、両親のように突然帰ってこないなんてことも平然とあり得る。こんな日常から、ようやく解放される。

 そのために、好きでもない料理をずっと練習してきたのだから。


「明日の朝には出発だから、あんたも早く準備して寝なさいね」

「……え?」


 カンタリラの予想外の言葉に、キャンディは何を言われたのか理解できなかった。


「一緒に行くのよ。ちゃんと伝えてあるから大丈夫」

「で、でも、私、お姉ちゃんほど料理上手じゃないし……」

「私のアシスタントとしてよ。朝作ってたメレンゲクッキーも渡したし、腕前はわかったでしょ」


 珍しく、キャンディのお菓子をいくつか持って行ったと思っていたが、どうやら視察に来ていた審査員の宮廷関係者に食べさせるためだったらしい。


「アンタひとりでここに残すわけないじゃない」


 料理を必死に学んできたカンタレラですら、安全な場所を勝ち取るために数年かかった。ぼんやりとしたキャンディでは、どれほどの時間がかかるか分かったものではない。


「一緒に宮廷に行くの」


 これは、彼女の生き残るための手段だ。


「だから、さっきの二匹とも、今日でお別れ」

「え……」

「使い魔でもないんだから。アンタが特例なの」

「……」

「……今夜中にお別れ、済ませなさいね」


 少しだけ眉を下げ微笑むカンタリラは、ポットに残っていたすっかり冷めたお茶を飲み干すと、荷物をまとめるために部屋に戻った。


 キャンディは濡れた皿を拭きながら、窓辺に腰掛ける二匹に先程の話をしていた。


「ふたりと、もう会えなくなっちゃうね」

「一緒に行こうか?」

「でも、バレたらふたりが危ないから……」

「バレないと思うけど……じゃあ、アイツじゃなくて、俺らと一緒にいる?」


 乾いた皿を受けとりながら、ハコビヤはじっとキャンディを見上げる。


「…………」


 キャンディは少しだけ考えを巡らせると、首を横に振った。

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