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マリーゴールド  作者: かかと
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第6話

 バス停から降りて周りを見てみる。少し良くなったのか風景が明るくなったような気がするし、音がちゃんと入ってくるようになった。iPhoneにBluetoothに接続しイヤフォンを耳に入れる。iPhoneから音楽が流れてくる。その音楽を聴きながら「もう嫌だって疲れたんだって」の歌詞に共感できた。本当に体が疲れている。いや、心が疲れているのか。もう何が疲れているのかよくわからなかった。



 朝起きてみると体が重かった。頭も酷く重い。部屋の引き出しを開けて温度計を探す。時間がかかるものの三分で体温が測ることができる。少しぼーっとしながら音が鳴るのを待つ。音が鳴り、体温計を見ると36.5。熱はない。ただ、頭を押さえると熱があるように感じる。冷蔵庫の中からお茶を取り出してコップに注ぎ飲む。少し体のほてりが冷める。外はまだ暗く時間は五時半。昨日寝たのは一時なので四時間ほどしか眠っていない。


 もう一度布団に入る。アラームが設定されているのをもう一度確認する。…、iPhoneが無性に気になってしまう。何もないはずだが何か連絡があるような気がする。でも、それは気のせいである。何も予定が入っていないし、そもそも何の用事もないからあるとすれば病院以外にない。


 遠くの方で救急車のサイレンが響く。サイレンを聞きながらいつかああなるのかと感じる。嫌な思考である。少し枕の位置を変えてうつぶせになる。そのまま何も考えず布団の中でじっとする。少し足指が痒くなり指を掻いた。ガリと何が取れる感触がある。ベッドから起きて足を見る。少し血が付いている。…、瘡蓋が取れたようだ。ティッシュを取り出し、右足指を抑える。一分ほど経って血は止まった。もう一度ベッドに入る。冷蔵庫の音が聞こえる。何かが作られる音。氷か。昨日の夜、水を入れているから作られているのだろう。


 ベッドで再度目を瞑る。…寝ることができるのだろうか。そんな不安が頭の中を叩いている。目を瞑っても病院の中のソファーの感触を体が覚えている。ベッドの硬さや弾力、冷たさ。横になっているのは今の自分のソファーとはまるっきり変わらない。尿意を覚えてトイレに行こうと、手元のライトをつける。僅かな光だが、周りの物の位置を把握するには十分な明るさ。トイレの電気をつけてそのままトイレをする。徐々にお腹から水が出ている感触を感じつつ、肌寒さに震える。トイレを流して手を洗い、ベッドへ戻った。


 ベッドに潜り目を瞑る。碓井の顔が浮かんできたが、すぐにかき消す。深呼吸をして頭の中を無にする。枕の位置を変えて横向きに寝てみる。首からゴキッと音が聞こえて首が少し楽になる。同時に肩も少し楽になった。肩を触ってみるとかなり凝っている。ベッドにはいる。肩を触りながら凝りを探す。凝りは血流が悪くなっている部分があるのでわかりやすい。…あった。中指と人差し指で凝りを押して緩める。少しずつ凝りが少なくなっていく。肩を回してみる。随分と軽くなった。


 なかなか眠れないな。…何かが目の前を通りすぎていく。何かを拾った。お金だ。1万円札が空から降ってきている。みんな拾っているが、碓井は拾っていない。特にお金が欲しいと思ったことはない。その紙切れを地面に置く。多くの人が拾っている中で空からお金が降ってこなくなった。そうすると多く持っている人に他の人間が群がっている。本来、落ちているお金を拾ったら交番に届けなくてはいけないが、すでに自分の物にしようとしている時点でモラルが歪になっている。結局、全てのお金を取られた彼は怪我をして終わった。その様子を誰かが見ている。…碓井もその人に木が付いたらしい。彼は立ちあがりファイティングポーズをとっている。ボクサーが人を殴るときはよほどのことがあった時。隣に落ちているドライバーを手にした。何もないよりはマシだ。碓氷が俺を止めている。目の前が暗転した。衝撃とともに地面へ叩きつけられる。顔を地面につけられた。


「武器を取ったということはやられる可能性もあるということだ。彼は油断していなかったが、お前は素人だな。何も考えなければこんなことになる。」


 碓井の声が遠のいていく。ベッドから起きた。首筋には多くの汗が滴っている。体もすでにびちょびちょだ。時計を見ると八時となっている。少し早い。九時に起きる予定だったから一時間も早い。しかし、この状態で寝ることもできない。とりあえずシャワーを浴びることにする。もう目が覚めてしまうが仕方ない。こういう日もあっていいと思う。机の上にアロマディフューザーを起動させる。ほんのりみかんの香りがする。パジャマを脱ぎながら体を拭く。大量の汗が出ている。何が怖かったのだろうか。死ぬこともそれとも誰かに殺されるという可能性。二つとも意味がないことだ。死ぬときは死ぬし、殺されたとしても同じだ。死後はこの世に存在していないのだから。


 浴槽に入らず、シャワーを浴びる。シャワーを浴びながら体が弛緩していくのを感じる。どうしても寝ている時の体は一定で固まってしまう。…、ただ、どうしてここまでなるほどに恐れているのか自分で分からないのがすごく気持ち悪い。うがいをしながら自分の顔を見てみる。寝ているはずなのにかなりひどい顔している。目の下には隈ができている。


 体を拭きながらラジオをつける。パーソナリティーの笑う声が聞こえる。少し安心する。人が笑っている声が聞こえるとまだこの世界に絶望しなくていいのだと思えるから。聞こえなくなるのでBluetoothのイヤフォンに切り替える。冷蔵庫からパンを取り出し、カップスープを準備する。水をやかんに入れてコンロの上に置く。電気を入れると下の明かりが少し点り最小の位置を示している。プラスのマークを押して火力を上げる。夜間に熱が伝わる音が聞こえる。同時にパンを焼く。トースターは持っていないのでフライパンにパンを乗せる。音がしないのでよくわからないのだが、なんとなく熱の伝わり方で焼き加減が分かるようになった。ちょうどよくやかんから音が聞こえる。カップスープの蓋を開いてそのままお湯を入れる。カップスープの中でお湯が弾けている。パンを皿の上に乗せる。そのフライパンはそのままキッチンの中に入れる。シンクの中で水が弾ける音が聞こえる。


 テーブルの上にカップスープとパンを置く。何気なく聞いているラジオの中の世界観にいつも心が少し楽になる。パーソナリティーの笑い声を聞きながらパンをかじる。Bluetoothの接続を切って、音声にスピーカーに繋ぎなおす。ラジオの閉鎖的な空間の声が部屋全体に響き渡る。カップスープの蓋を全て剝がし、スープを啜る。コーンの味がして濃厚になっている。ただ、この味は知っている。全て食べ終わるとiPhoneの電源を点ける。特にLINEニュースにも何も入っていない。インスタも特に気になるものはない。


 少しため息を吐いて上を見た。何もない空間だ。バスの時間は十時半。今は八時五十分。時間に余裕があるわけではない。時間を見ながら服を出す。今日の温度はiPhoneで調べる。18度。最高気温だから割と寒い。パーカーまではいらないか。バスは時間通りに来ないことも多いから、少し厚着をした方がいいのかもしれない。準備をした後、そのままラジオを聞く。…、…。


 今の今まで本当に何をしているのだろうなと思う。人間として何も生産的なことをしていない。単純にiPhoneを見てラジオを聞いて、ご飯を食べるだけ。何もしていないな。カーテンを開けて窓から光を浴びる。…。外は明るいな。下を見ると多くの人が歩いている。みんなすごいなと思う。少し外を見ながらパーソナリティーの声を聞いていた。


 エレベーターに乗ると女性が乗ってきた。


「おはようございます。」

「おはようございます。」


 女性から挨拶された。久々の挨拶だと思う。咄嗟に声が出てよかった。朝は声が非常に出にくい。今日はまだマシだけど。少し頭痛がするな。一階を押し、エレベーターが少し揺れる。僅かに浮遊するあの感覚があまり好きではない。彼女はそのまま髪をいじっている。焦ってきたから乱れているのだろう。彼女からほんのりと香る匂いは良い匂いがする。女性特有の匂いではなく別の匂いだ。香水かな。一階に着き、開ボタンを押す。


「ありがとうございます。」


 彼女は走って駅の方へ向かっていく。良くヒールで走ることができるな。こけなければいいけど。俺はバスの方へ歩いていく。


 バスに乗る。後ろを見たが碓井はいない。意識すると言うのは相当依存しているのだな。碓井は俺のことを本当に心配してくれていたから頼ってしまうのかもしれない。椅子に座って本を開く。不思議と文章を読んで気持ち悪くなることは今までにない。流石に自家用車で前の席に座っていたら駄目だけど。平日の昼間だからか人が少ない。全部で三人。バスはこんなものなのかな…。…どんどん乗ってくる。おそらく全員が病院に行く人だろう。年寄りが結構多いな。


 バスを降りると昨日見た建物が見える。少しため息を吐きながら中に入っていく。こんな病院に通わなくなるようになった方がいいに決まっている。



 待合まで行くとファイルを出す。受付の女性の方は変わっている。前の人は休みかな。そのまま本を読むことにした。…、そういえばネットの小説が更新されているかもしれない。


「東条さん。」


 受付の女性が呼んでいる。女性の右胸には名札がある。四葉さんというらしい。


「えっとどうかしましたか?」

「いえ、四葉という名前が珍しかったもので。」

「ああ、そうですね。でも、個人的には気に入っているのですよ。四葉のクローバーって縁起がいいですし。」


 別に避難しているわけではないのだけど。でも、名前を語る彼女は本当に縁起がいいと思っているようだ。彼女はファイルを取り出した。


「先日…、いや、昨日診察を受けられたと思いますが、もう一度診察を受けていただきます。今回のCTでは造影剤を使います。造影剤はご存じですか?」


 造影剤を使用する用途として血流の流れを見る。特に脳の血管をはっきりと映し出すために造影剤を投与する。脳の血管は数が多いため血管が切れていることも見逃すことがあるらしい。


「詳しくは先生からお聞きください。」

「わかりました。」

「順番でお呼びしますのでお待ちください。」


 四葉さんから番号を受け取ると48と書いてある。今日は48なのかと思う。理由も特になくただ単純に48という番号を割り振られただけか。待合の席に座りながら肩を少し動かす。最近、肩こりがかなりひどい。肩を揉みながら本を開く。


 目の前が森へと切り替わる。その森を歩いていく。木に印が付いている。助かりたいなら右へ、死にたいなら左へ。看板に指示も書いてある。この世界は本の中であるため、自分の意志とは違い、助かりたい方へ歩いていく。長い間歩くと広大な草原が広がっている。そこには多くの動物がいるようだ。あれはハイエナか。走る速度もそこまで速くないが、全力で逃げなくてはいけないだろう。この道が助かりたいという道か…。これでは死ぬ可能性がある。とりあえず、看板のところまで戻ろう。看板のところまで戻る。死にたい方へ歩いていく。歩いていくとそこには沼地がある。…近くにあった石を投げる。沈んでいきそのまま何も音が聞こえない。足を入れてみるとそのまま足が入っていく。慌てて足を引き抜く。危ないところだった。何かいる気配がしてズボンをまくってみると多くのヒルが付いている。急いで引きはがすが、一匹だけ取れないヒルがいる。ポケットに入っていたライターでヒルをあぶる。ヒルが落ちた途端に血が出た。…少しすると血が止まる。この道は通れない。後ろから何かが迫ってくる。大きな蛇だ。木よりも大きな胴体が見える。すでに木がバキバキと音をたてて倒れていく。すでにもう道には戻れない。


「東条さん、東条さん。」

「はい。」


 本の中に意識が入っていた。しかし、何の作品だろうか。そういえば前の話を覚えていない。以前、本を読んでいれば読んだところは覚えているのだけど。急いでリュックに本を入れる。


「今行きます。」


 受付の女性はファイルを渡してきた。ファイルを持つ。


「受付には必要ですので忘れないでくださいね。」

「わかりました。」


 すぐに診察室へ向かう。二番の診察室が開いている。入っていくが誰もいなかった。


「東条さんですね。」


 男の人が座る。昨日は女の人だったよな…。


「ああ、昨日は女の人でしたけど、今日は私です。」


 大学病院はこういった形になっているのか…。しかし、これではレセプトや引継ぎの書類が需要であるというのはよくわかる。だから、書類に時間がかかるのか。個人で診察をしてない分休むことはできるが、こういう面倒もあるのか。患者からしても担当医を変えられるのは好きなことではない。反対に変えたいという患者もいるのだろうけど。


「まずは診察します。昨日、ソファーで倒れたと聞いています。整形外科の医者からも念を押されていますので。」


 話に聞いていた以上に危険な倒れ方をしたのだろうか。それでも心配しすぎな気がする。目の前の医者はもう一度パソコンに戻って確認して一人で頷いている。触診をはじめて、昨日と同じことを一通り行う。


「大丈夫そうですね。帰った後や今日の朝は何もなかったですか?」

「少し気持ちが乗らないなと思った程度でそれ以外のことは何も。」

「わかりました。今日はCT検査をします。今回は造影剤を投与しますのでサインをお願いいたします。」

「はい。」


 東条匠と記入する。その紙は直ぐに回収されていく。なんでも同意しなくてはいけない。危険が全くないわけではない以上はこういった書類も必要になる。しかし、何でも同意を求めるのは少しおかしい。別にCTを取りたいですと主張したわけでもない。医者が必要だけどどうすると聞いたので受けますと言うのだ。同意を取るのは医者も同じだと思う。


「はい。では、診察室を出ていきますが、CTの場所は分かりますか?」

「いえ。」

「じゃあ、説明は看護師に任せますので。また、後程。」

「CTの場所を案内します。」


 受付まで行って看護師の女性は地図を出す。


「レントゲン室まで行きましたね?」

「はい。」

「その先にあります。」

「わかりました。」


 すごくざっくりとした説明である。すぐに行くことができるものかな。ファイルを看護師からもらい歩いていく。…。レントゲン室まで行くのに結構時間があるのだよな。…あれ、まっすぐと思っていたけど。


「どうかしましたか?」

「はい、CT…」


 碓井とどうにかなりたい看護師が目の前に立っている。


「CTですね。ご案内します。」


 彼女は姿勢を正して歩いていく。何もしゃべっていない後ろ姿が不気味である。しかし、彼女は俺を頼らないと決めているようだから普通か。女性は一度嫌いと決めたらずっと嫌いだものな。仕方ない。


「昨日はごめんね。あんなに悪い感じにはしたくなかったのだけど。」


 フーンとしか思わない。あれが彼女の素だろうと分かっているから。碓井に彼女を紹介しようとは全く考えていないし、問題は彼に悪いことが起きないかどうかである。彼女がストーカーになるほどの女性か分からないけど危険な匂いはする。彼女には何も教えないほうがいいだろう。


「彼は何か変わったところなかった?」

「えっとどういうことですか?」

「帰りは普通だった?」


 記憶を辿っても彼が何か変わったような雰囲気はなかった。


「ありませんけど。」

「そう。分かったわ。彼が辛そうにしていたら声をかけてあげてね。CTはここで受付をしていますので。」

「ありがとうございます。」

「では。」


 彼女は会釈をして去っていく。彼女の言い方だと彼に何かあったということだが、何かあったのだろうか。流石に看護師に話を聞いたというわけにはいかない。碓井は言葉尻からどういうニュアンスで聞いてきたのか考えるのかうまいように感じる。だから、俺が病気で言葉足らずでも彼は汲み取ってくれていた。看護師の言うことを聞いてしまえばすぐにばれてしまう。


 CTの前に行くと技師の人が受け取った。


「東条さんですね。お待ちしていました。」


 案内しながら、すぐに造影剤の準備をしているのだろう。


「ここまで迷いませんでしたか?」

「迷いましたが、看護師に聞きました。」

「良かったです。ここ結構迷いやすくて、なかなか来られないことも多いのですよね。」


 彼女はその間も造影剤の準備をしている。


「この造影剤ですけど投与してから若干、体温が上がったように感じられる方もいます。気分が悪くなったらすぐに手を挙げてください。稀にアナフィラキシーショックを起こす方もいらっしゃいます。その場合は投与を中止して体調を見ます。」

「わかりました。」


 だから同意書がいるのだろう。どの薬にも副作用という物はつきものだ。副作用を考えて薬を飲んでいる人は少ないだろう。アナフィラキシーショックが起きればCTどころの話ではない。


「では、造影剤を入れていきます。」


 透明な液体が自分の体に入っていく。入ってすぐ体は熱くなかったが、血管に入っていく左腕から熱を持ち始める。その熱が頭に入っていく感触がかなり気持ち悪い上に何かに侵食されていく感じが好きではない。そして、頭に熱が入り込むため気分も悪い。


「特に痺れや震えはなさそうですね。すぐにCTに行きます。」


 そして、CT室に入りそのままCTを受ける。機械が動く音が聞こえて体を中心に機械が回っていく。少し体が熱いまま横になっている。


 CTが終わり、少し休んでいる。


「これでCTは終わりです。あとは診察になります。」


 技師の方がファイルを渡してくれる。そのファイルを受け取り、CT室を後にする。CTを受ける人は少ないのか二人しか待っていない。CTを後にして内科の方へ歩いていく。昨日よりも若干患者が少ないと思う。周りを見ても患者が思った以上に歩いていない。受付にファイルを出す。受付の女性はいなかった。四葉さんといったと思うけど。そのまま再度、本を開く。蛇のところで終わっていた。


 蛇は俺がここにいることに気が付いていない。沼地を進むしかない。周りを見て沼地を避けながら進んでいく。しかし、行き止まりに行きついた。そのまま沼地を進んでいく。体の半分まで沼地に浸かるがそのようなことを気にしている余裕はない。進んでいく中で何か音が後ろから聞こえる。蛇の顔がそこにはあった…。

 目を開くと分岐点に立っている。先ほどの助かりたいなら右へ、死にたいなら左へ。この看板がある。…ならば右へ行ってみよう。歩きながら再度、ハイエナが多くいる草原へ出た。…かなり怖いな。しかし、いずれ蛇が来る。俺だけがおそらくあの時間に戻っているだけだから。ハイエナの草原を走っていく。動物は人間よりも匂いに敏感。だったら、俺がいることもいずれ気が付く。走っていると後ろから複数のハイエナが走ってくる。スピードは同じくらいだが、ハイエナの方は体が軽く余裕がある。すでに息も上がっている俺とは雲泥の差である。しかも、周りからも多くのハイエナが走ってくる。横から一匹のハイエナに襲われた。再度気が付くと先ほどの看板が目の前にある。俺はその場に座った。


「東条さん、診察室へ入ってください。」


 ちょうどきりが良かったな。本を閉じてリュックの中に入れる。僅かによれて表紙が折れ曲がったような気がするけどそのままリュックを閉じた。診察室へ行くと先程の男性の医者が画像を見ていた。


「ふむ。東条さん、おかけください。」


 椅子に腰を下ろす。彼は画像を動かしながら時々止めて見ている。


「東条さん、特に異常は見えませんね。」

「そうですか。」

「大きな疾患が見えないということかもしれませんが、今の段階で何かあることはまずありません。それに以前に比べて体調が悪い。でも、悪さが安定してきたような気がしませんか?」

「確かにその通りです。」

「以前のレントゲンを見ましたが、首がストレートになりつつあります。どうしても今は電子機器を見ることが多いですし、あなたは本や漫画をよく読みますよね?」

「はい。」

「ストレートネックと言うのは現代病と言われていますが、そうとも言い切れません。昔はテレビが主流でストレートネックになる方は少なかったのですが、一定程度いました。それが本を読む方です。どうしても本を読むと姿勢が固定されます。話にも集中して入っていきますから姿勢が固定されやすいのです。そして、本も重さが軽い物であれば大丈夫ですが、重い本であればどうしても何かに置いて読みますので姿勢が前かがみになります。」


 現代病というわけではないのか。


「これだけが不調の原因というわけではありません。ただ、姿勢を正しくして読むことは健康のためにも良いと思います。注意して見て下さい。まだ、若いですから良くなるかもしれません。これで診察を終わります。明日までに診療所へメールしておきます。午後になるでしょうから、診察を受けてください。血液検査はまだ少し先になります。今日はお疲れ様でした。」

「診察は以上となります。受付でお待ちください。」

「わかりました。」


 診察室を出て待合にリュックを下す。体から力が抜けていく。何もなかったという安堵と何が原因で調子が悪いのか分からない不安がごちゃ混ぜになっている。天井を見ながらどうしてこんなにも調子が悪いのだと思う。体が重いのは本当に十日ほど前から。それ以前は悪いことはなかったのに。


「東条さん。」

「はい。」


 四葉さんが呼んでいる。リュックを背負い直し受付まで行く。彼女はファイルを再度確認しながら俺にファイルを手渡した。


「本日で検査は全て終わりです。会計の場所はわかりますか?」

「はい。」

「では、お大事になさって下さい。」

「ありがとうございます。」


 これでようやく診察が終わった。会計を待ちながら肩を揉む。すごく凝っているな。どうしてもこういった人が多いところは緊張するようになった。体がうまく動かないことも多い。でも、以前みたいに道端で気分が悪くなることや大量の汗をかくことはなくなった。それだけでも大きな進歩だ。


 大きなディスプレイに番号が表示される。その番号48を入力し、会計をする。金額は一万円。これが安いかどうかも分からない。しかし、金額がかかっているので一万円を入れる。会計機に吸い込まれていき、勝手に会計が行われる。会計機から領収書が出てくる。領収書を取って病院を後にする。


「ありがとうございます。」


 その声が聞こえた。そのありがとうございますは何のありがとう何だろうか。


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