3度目の体験
最後に体験する動物はすでに決めていました。
ウミガメです。
ウミガメの鼻にストローが刺さっていたというニュースを以前に見たことを思い出したからです。
ウミガメにも、プラスチックのことを教えてあげないといけないと思いました。
それにユタカ君は海水浴に行ったことはありましたが、お父さんに浅瀬で泳ぐように言われていたため、海を満喫したことがありませんでした。
一度海で自由自在に泳いでみたいと思っていたこともあって、海にいるの動物を体験したかったのです。
翌日も休日だったので、ユタカ君は早速秘密基地に向かいました。
切り株に座り、ポケットから玉を取り出して強く握ります。
「ウミガメになりたい!」
すると玉を握りしめていた手のひらから光がほとばしり、ユタカ君は目をギュっとつむりました。
少ししてそっと目を開けると、水の中でした。
―溺れるっ!
ユタカ君は慌てて手で水をかき、水面に顔を出しました。
息を吸って冷静になると、何もしなくても自分がプカプカ浮いていることに気づきました。
―そうだった。僕は今、ウミガメなんだから溺れないや。
ユタカ君は大きく息を吸うと、水中にもぐりました。
小さな魚が群れをなして通り過ぎていきます。
海底を見ると色とりどりのサンゴがいて、まるで花が咲いたようです。
ストライプ柄の魚やビタミンカラーの派手な魚、ドレスを着たような魚等、様々な種類の魚がいて、まるで宝石箱みたいだとユタカ君は思いました。
海中の景色に夢中で泳いでいると、いきなり後左脚が重くなりました。
ユタカ君は何が起きたのかと、首をひねって何とか確認すると、網のようなものが脚にからまっているのが見えました。
そのためにうまく泳げなくなっていたのです。
慌てて脚をばたつかせ、からまった網を振り払おうとしましたが、後左脚はさらに網を絡めて重くなり、やがて動かなくなってしまいました。
どんどん海底に沈んでいき、ユタカ君は真っ青になりました。
―もうすぐ呼吸をしに海面に上がらないといけないのに、これじゃあ泳げないよ。誰か助けて!
心の中でそう叫んだ時、後左脚がグイっと引っ張られました。
―動かないで。
後ろから声がして、さらに強く引っ張られたと思うと、動かなかった後左脚が自由に動くようになっていました。
ユタカ君は慌てて海面に浮上し、呼吸することができました。
―良かった。もうだめなのかと思ったよ。
大きく息を吸って、元いた場所に戻ると、そこには、イルカがいました。
―君が助けてくれたの?
―そうだよ。アレが脚にからまってたんだ。
あちこちにアレが漂ってるから、泳ぐ時は気をつけろよな。
イルカが『アレ』といった視線の先には、漁網がありました。
あんなものが脚に絡まってたのかと思うと、ゾッとしました。
―あんなものがからまってたんだ。
助けてくれて本当にありがとう。
僕の短い手足じゃ、自分では絶対に取れなかったよ。
―おーい、行くぞ。
少し離れたところで複数のイルカ達がこちらを見ていました。
―仲間が呼んでるから、そろそろ行くね。これからは気をつけろよ。
そう言ってイルカは仲間のところに帰って行きました。
―漁の網もゴミになってるんだ。危ないな。
動物達がプラスチックを餌と間違えて食べないかばかり気にしていたユタカ君は、別の危険があると身をもって知ってさらに不安になりました。
―そういえば、他のウミガメに会ってないな。
イルカが仲間達と去っていく姿を見て、ユタカ君は仲間のウミガメに会いたくなりました。
泳いでいたらそのうち会えるだろうと沖に進んでいきました。
水深が深くなるにつれ、浅瀬では出会えなかったサメ等の大型の魚も多く見かけるようになりましたが、一向に仲間には出会えませんでした。
自分だけで探すのはあきらめて、話せる魚達に尋ねながら探すことにしました。
するとジンベイザメから、クラゲの集まる海域で見かけたという有力な情報を得ることができました。
早速ユタカ君はその海域に向かいました。
そこには、無数のクラゲがプカプカと浮かんでいました。
その奥の方にクラゲをパクパク食べているウミガメを見つけました。
―こんにちは。
ユタカ君が挨拶すると、そのウミガメはちらりとこちらを見ました。
―あら珍しい。男の子じゃない。
―珍しいですか?
―ええ。少なくとも私は初めてオスのウミガメに出会ったわ。
よほどお腹が空いているのか、話しながらもウミガメはむしゃむしゃとクラゲを捕まえては食べています。
―そんなにクラゲおいしいですか?
―あら、あなた食べたことないの?案外いけるわよ。食べてみなさいよ。
自分が食べても大丈夫なのかと、ユタカ君はクラゲを見ました。
するとクラゲに交じってプカプカと漂う白い物が目に入ってきました。
それは白いポリ袋でした。
それを見たユタカ君は嫌な予感がして、出会ったウミガメを止めようとした瞬間、パクっとそのポリ袋を捕まえたのでした。
―だめっ!
ウミガメがくわえたポリ袋をユタカ君も慌ててくわえて、奪い取りました。
―何するのよ!横取りなんてひどいわ。クラゲなんて周りにたくさんいるでしょ!
ウミガメは怒りました。
―これはクラゲじゃないし、プラスチックでできてるから食べ物でもないんだ。もう一度よく見てみて。クラゲじゃないでしょ?
ユタカ君は、奪い取ったポリ袋をウミガメに見せました。
半信半疑で聞いていたウミガメはじっとポリ袋を見ました。
そして少しだけ噛みました。
―確かにクラゲとは違うようね。
でも、こんなにクラゲに似てるのに、食べたらだめだなんてわからないわ。
プラスチックなんて言われても、私はそんなの知らないもの。
突然ピカッと視界が光に包まれたので、ユタカ君は眩しくて目を閉じました。
少ししてそっと目を開くと、そこは元の秘密基地でした。
今回はウミガメがポリ袋を食べるのを事前に止められたので少し安堵しましたが、網に絡まった時にはあわや死んでしまうのではないかという恐怖を思い出して、震えました。
少しして握りしめていた手を開くと、玉は消えていました。
落としたのかと思って周りを探しましたが、どこにも見当たりませんでした。
3度の体験を終えて、玉は消えてしまったようでした。
秘密基地を後にしたユタカ君は、神社の脇に石像が一体立っていることに気づきました。
よく見るとそれは、秘密基地で出会ったおじいさんによく似ていました。
完
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。