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会津遊一 ホラー短編集

誰よりも優しい私達

作者: 会津遊一
掲載日:2009/08/13

私は仕事の関係で、引っ越す羽目(はめ)になった。

なんでもGHQからの申請により、職員を整理しなければならないんだとか。

しがない薬剤師を簡単に飛ばしたぐらいで満足するなんて、彼等は帝銀事件から何も学んでないのだろう。

等と、私がビーカーを相手に鬱積(うっせき)を吐露(とろ)していた所、背後から他の職員に声をかけられた。

 「道楽者は何処に行っても同じだよ。暖簾(のれん)を軒下に似でも並べときな」

そう揶揄(やゆ)されては、苦笑いを浮かべるしかなかった。

私は元々、1人で研究するぐらいが好きなのだ。

どうやら自分でも意識していない内に、嬉々(きき)として荷物を纏(まと)めていた様である。



冷えた蝋(ろう)とニスの臭いが充満した列車に揺られること一昼夜(いっちゅうや)。

私が辿り着いた土地は、家と廃屋が交互に列を作っている様な、朽(く)ち果てた農村だった。

土返しの時期でもないのに、屋根から下ろした藁(わら)が道ばたに積み上げられている。

通例(つうれい)ならこの後、焼いて肥料にでもするのだろう。

だが、踏みつけると泡が吹き出すほど水浸(みずびた)しになっていた。

用水路の土嚢(どのう)も乾燥した土を乗せているだけだし、田も草木が生え放題である。

土公神に見つかったらえらい事になるな、私は暢気にそう考えていた。



私が新しい家に届いた荷を解いていると、誰かに声をかけられた。

 「お前さん、街の人かい」

見れば、庭先から正装をしている男が此方を覗き込んでいた。

彼のお上りさんが伊豆の踊子でも相手にしていそうな服装に、私はつい吹き出してしまう。

 「おいおい、白い表六玉(ひょうろくだま)が何を笑ってやがるんだよ」

男は、汚く口にするものの、本気で怒ってはいないようだった。

堅い笑みを浮かべている。

そして狐の内臓を取り出し乾燥させた肉を、私に膝元に投げ渡してきた。

話を聞けば、なんでもご近所の誼(よし)みで引越祝いを持ってきてくれたのだとか。

だが本来なら持って行くのは私の方ですよ、と言ったのだが、男はそれを頑(かたく)なに断った。

 「なーに、私ら仲間じゃないですか。そういう野暮(やぼ)は無しにしましょうや、先生」



就寝前、蚊帳(かや)を吊す糸を天井に通していると、縁側(えんがわ)から忍び寄る人の気配がした。

どなたですかー、と私は尋(たず)ねる。

すると、白く化粧した女が勝手に上がり込んできたのである。

その、薄着を纏(まと)っただけのあだっぽい姿に、私はつい見惚(みほ)れてしまう。

 「ああ、噂通りのいい男だ。こりゃ、天神様(てんじんさま)に差し出すわけにはいかないね」

と、彼女は言うと襖を閉めて、私を布団に押し倒してき。

咄嗟(とっさ)のことに反応できず、そのまま倒れ込んでしまった。

彼女の首元から蓮(はす)を煎(せん)じたお香の匂いが漂う。

私は、ゴクリと唾を飲み干した。

薄い布地の上からでも、身体が火照(ほて)っているのが伝わってくる。

下腹部を私の足に押しつけ、又の間に誘い込むように腰を揺らしている。

もしかして、村を訪れた人を夜這(よば)いして出迎える、古い習わしでも残っているのだろうか。

私が驚いていると、風鈴が鳴るような声で女は囁いた。

 「そう堅くなるでないよ、先生。私達は同じ村の仲間じゃないか。何なら祭りの日まで、ずっと側に居てあげても良いんだよ?」

そう言われ、私は自然と彼女を抱きしめた。

恥ずかしながら近頃は、川辺に立っている紫頭巾(むらさきずきん)の売り女ぐらいしか相手にしていなかったのだ。

朝方、私と女は泥酔(でいすい)する様に深い眠りについた。



翌る日、村長の男が煤(すす)で洗った大根を持って訪ねてきてくれた。

 「先生、引っ越したばかりで、何かと入用だろう」

私はそれを苦笑いで受け取った。

この所、昼は誰かがやってきて、必ず食料や酒を置いていく。

そして夜になると毎回違う女人が、するりと布団の中に戻り込んでくるのだ。

私も男なので、初めの内は足を向けて眠れないと感じていた。

だが、こうまで持て囃(もてはや)されると少し意味が変わる。

私は村長に差し入れありがとうございます、と頭を下げた。

だが同時に、得体の知れない薄気味悪(うすきみわる)さを抱くようになっていたのだ。

帰宅する村長が引き戸に手をかけた時、白内障(はくないしょう)になっている黄色い瞳が此方を見た。

 「そういや、そろそろ神祭の時期ですよって。何か処分したいモノがありましたら、どうぞお気軽に」



数日後。

祭りには顔を出す程度で、私は直ぐに帰るつもりだった。

この所、近隣の挨拶が忙しくて、満足に研究もしていなかったというのもある。

だが、初日に一夜を共にした女が旦那を連れて歩いている姿を見掛けてしまったので、私は何気なしに足を止めていた。

向こうも気が付いたらしいが、顔を見ても会釈する程度。

別段、此方から話しかるとか、そういうのも無い。

ここは下世話(げせわ)な事を考える場所ではなかった。

落ち着いて辺りを見渡せば、布団の中で顔を合わした女性が沢山いる。

だが、私が鈍いだけで、皆それぞれに落ち着く家庭があり、睦まじそうな家族と今日は祭りに参加しているのだった。


唐突(とうとつ)に、その中の1人が酒を勧めてきた。

私は慌ててコップを差し出す。

注がれている最中、まるで閻魔様(えんまさま)の膝元で酌をして貰っているかのような居心地(いごこち)の悪さが常に付きまとっていた。



やがて、祭りが始まった。

真っ暗い闇の中、畑の廻りに植えられた松明(たいまつ)が轟々(ごうごう)と輝いてる。

ドンと、鼓膜が振るえるほど大きな音で太鼓が叩かれた。

その音は矢継(やつ)ぎ早に増していき、最後は村全体を飲み込んでいく。

道端で吠えていた野良犬の鳴き声すらも聞こえなくなっていた。

暗いので全てを見通すことは出来ないが、相当な人数が参加しているようだった。

普段は閑散(かんさん)としているのに、村の何処に隠れていたというのだろうか。

その内、祭り囃子(ばやし)と掛け声に合わせ、全員が田の土を返し、冷えた肥を撒き始めていた。



最初、私は彼等を冷ややかに眺めていた。

道祖神(どうそじん)に朝晩と供え物をする人が多い土地柄(とちがら)では、よくある田園(でんえん)の祭りにしか見えなかったからだ。

どうせ神社産業をありがたがっている連中と、同じ事でもするのだろうと高を括っていた。

だが、白い筒状の棒が、黄土色の大地から顔を出しているのに気が付いた時、私は掴んでいたコップを落としてしまった。

ガラスが激しく砕け散るも、誰も気にもとめない。

いや、聞こえてすらいない。

村人達は狂犬病にかかった犬のように涎を垂れ流し、荒い呼吸で田圃を耕していた。



私は軍隊にいた時、警官上がりの仲間から聞いた話を思い出していた。

戦後、農村で人が消えてしまった時、手始めに探すのは肥溜(こえだ)めだったらしい。

酔っ払いや子供が落ちて死ぬ事も屡々だったが、死体の隠し場所に最適だったのだとか。

警察にも、肥溜めの中を捜す専用の棒が置かれていた。

例え死体が沈められていたとしても、腹部を突き刺した時の衝撃で気泡が出る。

もしくは、油の抜けた人体はスポンジのように軽くなっているので、脆くなった欠片が浮かび上がってくるか。

兎に角、同種族が腐った臭は強烈で、人によって一生魘(うな)され続けるとも言われていた。

人間の体から出た糞尿は、それを隠すのに最も適しているとの事だった。



道理(どうり)で農村なのに田圃が手入れされていない筈(はず)である。

目の前の光景は、村人達が祭りを楽しんでいる姿ではない。

集団で死体や物証を畑に埋めている姿なのだ。

よく見れば、肥料と一緒に血だらけの衣服や刃物を投げ入れている奴もいる。

彼等は、その習慣を祭りと揶揄(やゆ)したのだ。

先程まで楽しそうにしていた家族達の姿が、今は餌に群がる餓鬼にしか見えなかった。

恐怖に駆(か)られた私は、逃げ出すようにその場を後にしたのだった。




本来なら、この時点で警察に通報するべきだろう。

それが市民の義務であり、戦後に作り上げられた正しい人としてのお手本だ。

だが、私はそうしなかった。

それどころか今も怯え乍(なが)ら、あの村に住み続けている。

 「先生、何気むずかしい顔をしているんだい?」

蛍火(ほたるび)のように白い肌の女が、団扇(うちわ)で私を扇(あお)ぎつつ顔をのぞき込んでいた。

しっとりと生暖かい吐息(といき)が胸元を擽るのが心地よい。

私は、何でもないですよと答え、再び彼女の膝に顔を埋めたのだった。



普段は道楽者(どうらくもの)を気取っていても、独り寝の夜は寂しいものだ。

一度でも、日々変わる女達の味を知ってしまえば、尚更そう感じる事だろう。

その上、働かずとも誰かが食べ物を用意してくれるのだ。

こんな生活を手放すのは、お釈迦様でも文句を言ってくるに違いない。

代わりと言ってはなんだが、死体の腐臭が無くなる薬を煎(せん)じてやった。

それを村長に手渡すと、無言で頷いていた。



もしかしたらこの村は、自分のような人間が集まって出来ているのではないか。

艶美(えんび)な女の太股を撫でながら、私はそう思ったのだった。

 

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 小説を拝見さしていただきました。 が、これまた驚いた。 昔はあんな所に死体や凶器などを隠していたとは、知らなかった。
[一言] これはまた、ずいぶんと雰囲気のあるホラーですね。 時代を特定せず、しかし同時に時代を明確に感じさせる描写は相変わらず見事です。読み進める内に自然と、急速に背景が変わりますね。文体や漢字の使い…
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