迷い子
夜というより深夜と言うのがふさわしい時間帯、仕事帰りの心地よい疲れを感じなから歩いていると、どこかからギーコギーコと音が聞こえる。
何の音なのか気になって辺りをキョロキョロ見回す。
いつも通る道が交通事故の処理の為に通行止めされていて普段通らない道なので、この通りに何があるのか知らなかった。
音の方に進むとそこには小さな公園があった。どうやら、ブランコが揺れる音だったようだ。
音の正体はわかったけれど、こんな深夜にブランコの音が聞こえる事に違和感を覚え揺れるブランコを見た。
目を凝らすとブランコに乗っている小さな人影が見えた。
見なかった事にしようかと一瞬考えて、やっぱり放ってはおけないと考え直し公園の入り口へ向かった。
「こんばんは」
その小さな人影に近付き声をかけると、小さな人影は不思議そうな顔をして「こんばんは」と返す。
「おチビちゃんはここで何してんの?」
「おチビちゃんじゃないもん!るりちゃんだもん!」
小さな人影るりちゃんは、おチビちゃんと呼ばれたことに対して苦情を述べた。
「あー、ごめん、ごめん、るりちゃんはここで何してるの?」
話しかけながらも俺は少女を観察する。
5歳位の活発そうな女の子だった。挨拶を返してきた事でこの子の両親はちゃんと教育しているんだろうなと予想した。
「ブランコに乗ってる」
「なんでブランコに乗ってるの?」
「……」
一瞬考えるような仕草をしたと思ったら、顔をくしゃっと歪めて今にも泣きそうな表情になる。
待て待て待て、ヤバい。泣かれるとまずい。
「ご、ごめん、落ち着いて、ゆっくり、ゆっくりで良いから話ししよう、泣かないで」
「……うん……あのね……パパとママいなくて……待ってるの……」
泣くのを必死に我慢して、なんとかここにいる理由を教えてくれた。
こんな所で1人で待つのは寂しいし、怖いだろうと思い助けてあげたいと思った。
「ここで待つの寂しくない?るりちゃんのパパとママの事お兄ちゃん一緒に探してあげるから探しに行こう?」
もしかしたらご両親も必死に探しているのかもと思い、探すことを提案してみる。
「ママが知らない人についていったらダメって言ってたから、"おじさん"と一緒に探しに行けないの」
「"お兄ちゃん"は困っている人を助けるお仕事をしてるから怪しくないよ」
自分で言ってて思うけど、怪しいな……。
「困っている人を助けるの?」
「そう」
「魔法の国のマジカルプリンセスみたいに?」
子供に大人気の魔法少女に例えられてしまった……少し考えてから
「どちらかというと、宇宙戦士アーステラの方かも……」
「うーん、じゃあ"おじさん"正義の味方なの?」
「そうだよ、"お兄ちゃん"は正義の味方だよ」
正義の味方って自分で言ってて恥ずかしいな……いや、そんな事より、まだ20代なんだから"お兄ちゃん"って呼んで欲しい、悲しくなる。
「るりちゃん、お兄ちゃんね、まだ"おじさん"じゃ無いからお兄ちゃんって呼んで欲しいなぁ」
「うーん、わかった。お兄ちゃん」
「よし、じゃあ、探しに行こうか?」
「うん」
公園から家までの道がわかるか聞いてみると、わかると答えたので、公園を出てるりちゃんの家に向かうことにした。
それにしても、なぜ公園にいたのかがやっぱり謎なのでそれまで何をしていたか聞いてみることにした。
「あのね、遊園地に言ってたの!お子さまコースター乗ったらパパがね、怖い怖いって言ってて面白かったの!でもね、ママは楽しい楽しいって笑ってたよ!」
どうやら、家族3人で遊園地に出掛けていたようだ。
「それからね、レストランに晩ごはん食べに行ったの!スペシャルお子様セットが凄く美味しかったの!」
そして、一瞬悲しそうな泣きそうな顔をして下を向いてしまった。
「ん?どうした?」
「お家帰ろうって電車乗って、駅で降りてパパとママと歩いてたけど……でも公園の前に1人だったの……パパとママいないの……」
凄く重要な事を言っていると思った。そうか、向かうべき場所はこの子の家じゃない。俺は立ち止まり逆方向へとるりちゃんの手を引いて歩きだした。
駅と公園の間ぐらいに車がギリギリすれ違えるぐらいの狭い道がある。そこは俺がいつも通る道。
俺の勘が当たっていれば、たぶんそこにこの子の両親はいると思う。
場所の検討がついたので、それからはよくわからなかったけどマジカルプリンセスの話をしながら歩いた。
公園を通りすぎ狭い道の方に曲がり、通行止めの立て看板を通りすぎ少し歩くと、人影が2つ見えてきた。
「パパ!ママ!」
るりちゃんがそう呼ぶと人影はこちらを向き驚いた顔をして、こっちに走り出した。それを見てるりちゃんも走り出し、そして2人はるりちゃんを抱き止めた。
あぁ、勘が当たっていた……。でも、両親に会えて良かった。
るりちゃんが両親に俺の説明をしたのだろう、2人は俺に向かって深々とお辞儀をした。俺もお辞儀を返し3人へと近付く。
「娘を連れて来て下さり、ありがとうございます」
父親が再び頭を下げる。
「いえ、いえ、頭を上げてください、当然の事をしたまでですから」
「"おじさん"ありがとう!」
「"おじさん"じゃなくて"お兄ちゃん"!」
「あはははっ」
るりちゃんは楽しそうに笑っている。
「それじゃあ、俺はこれで」
「ありがとうございました」
3人は手を繋ぎ揃って頭を下げる。俺はそれを見て安心して来た道を戻る。
曲がり角の手前で振り返る。
3つの白い光がふわふわと空に昇っていった。
「もう迷子になるなよ……」
楽しそうに笑うるりちゃんの顔を思い浮かべて、俺は空を眺め数珠をそっと握りしめた。